22 奇人と対策会議
「というわけで、椿を何とかしないと浅井先生の身が危ないんだ。知恵を貸してくれ」
「いやいや、明らかに相談する相手間違ってねえか?」
「同感です。我々ほど相談事に適しない人間はそういませんよ」
「あー……まあ、お前らなら協力者ってバレても椿から逃げ切れるかなって」
「ただの道連れかよ、ウケる」
「赤信号・みんなで轢かれれば怖くない、というやつですね」
「いや怖い怖い」
今日は諸星とリーちゃんを三宮のカフェに召集して本庄椿対策会議を行っている。早速雲行きが怪しいが、他に頼れる相手もいないのだから仕方ない。
本来なら大学構内や俺の家で集合したかったが、突然椿が現れる可能性があるので避けるしかなかったのだ。まあ、奴が三宮に現れない保証も無いのだが。
「ってか、浅井さんは今のところ何の被害も受けてないんだろ?そんな怯えなくてもどうにかなるっしょ」
「お前は楽観的すぎるんだよ。現に椿は浅井先生を排除する方法を考えてるみたいだぞ」
「それだって椿ちゃんのブラフじゃねえの?武永がビビって浅井さんから距離を取ればラッキー、的な」
諸星はアイリッシュコーヒーを傾けながらヘラヘラと笑った。まったく、緊張感の無いやつだ。
そもそもコイツは、昔遊んだ女に刺されそうになった話を笑いながら語るような男だ。危機感という知覚が欠如しているのかもしれない。
「それよりパンケーキがなかなか来ませんね。由々しき事態ですよこれは」
リーちゃんがいつもの仏頂面で嘆く。こちらも緊張感の無さでは負けていない。やっぱ相談する相手間違えたか……?
いや、それでも何もしないよりはマシだろう。三人寄れば何とやらだ。
「そもそもナガさんはおりょうさんとどうなりたいんですか?」
「どうって、それは……」
実際のところ、浅井先生は魅力的な女性だとは思う。性格は真面目で世話好き、美形でスタイルもいい方だし、恋人がいないのが不思議なくらいだ。
今までの経過からすれば俺のことも憎からず思ってくれているようで、それはとても有り難いことなんだが……
「そこだよ、そこ。お前が浅井さんと一生友達でいいって断言するなら椿ちゃんも何も手出しはできねえだろ。逆に浅井さんと懇ろになりたいってんなら全面戦争だわな」
「うーん、でもなあ……」
「ハッキリしねえ男だなあ」
諸星は軽くため息をついた後、眼鏡を外して天を仰いだ。
この件については諸星に呆れられても仕方がない。俺自身、己の身の振り方を決めかねている部分があるのだ。
「おりょうさんもナガさんに気がある感じなんでしょう?」
「いや、確かにそうかもしれないが……付き合えそうだから付き合うってのも不誠実な気がして」
「そんならとりあえず、一発やることやってみたらどうだ?そっから考えりゃいい」
「やることって……お前みたいに軽い男と一緒にするなよ」
「じゃあ重い頭で悩み続けんのか?そのうち浅井さんに見切られて終わりだろうけどなあ」
「それは……」
諸星の言うことは少々過激ではあるが、実際うやむやにし続けるのも良くないのだろう。俺自身はどうしたいんだ?浅井先生のことをどう思っている?
「ところで男女でやることって何ですか?黒ひげ危機一発とかですか?」
「確かに俺か浅井先生が刺される確率は上がるけども」
「まあナガさんにスケベなことをする度胸は無いでしょうし、難しいところですね」
「意味わかってんじゃねえかよ」
不毛なやり取りを続けていると、ようやくリーちゃんの注文したパンケーキが運ばれてきた。
バターとメイプルシロップの甘い香りが鼻をつく。見るからに柔らかい生地も美味そうだ。これなら俺もパンケーキ頼んどけば良かったかな……
「物欲しそうな目ですね」
「えっ、いやそういうつもりじゃ」
「まあまあ遠慮せずに。ほら口を開けてください」
リーちゃんはパンケーキの上に乗ったバターを掬い、俺の口元まで運んでくる。香ばしい匂いだ。北海道産の無塩バターかな?
「ってバターだけ食わせるつもりか!」
「あれ?違いましたか」
「なんで?なんでバターだけ食う人だと思ったの?」
「リバタリアンかと思いまして」
「リバタリアンは別にバター食主義者とかいう意味じゃないからな?あと今時ベジタリアンって言葉使う人も少ないからな?」
ダメだ、リーちゃんと遊ぶのは正直楽しいが生産的な会話にならない。
諸星は俺たちとやり取りを見てニヤニヤしているだけで、話を戻す気も無いし……
「武永、お前もうリーちゃんと付き合っちゃえよ。そしたら浅井さんが狙われることもなくなるし、みんなハッピーだ」
「さすがボシさん。そこに気づくとは……やはり天才か?」
「オイオイ、そうなったら今度はリーちゃんの身が危ないだろうが。何も解決してねえよ」
「その辺はうまいことやっていきましょう。偽装のためにナガさんが椿の姐さんとデートしてもわたしは気にしませんよ」
「俺は気になるんだよ……」
リーちゃんの表情を見ても、彼女が諸星の提案をどれだけ本気にしているのかはわからない。相変わらず無表情で、視点もどこを見ているのかわからない。俺のいる方向を見ているものの、ずっと奥を見透かしているようにも思える。
小柄な彼女の体格と相まって、まるで邪気の無い小動物と対峙しているような気分になる。つくづく不思議な子だ。
「しかし諸星、お前リーちゃんに対して妙に甘くないか」
「そりゃあ俺だってかわいい後輩には幸せになってほしいわけよ。武永となら地味で人並みの生活が送れるだろうしな」
「誉めてるのかそれ」
「そうです、フツーであることは重要ですよ。ナガさんほど平々凡々を極めた男性はいませんしね」
「もしかして二人でバカにしてない?そろそろ怒っていい?」
忙しくツッコミに回っている間に、俺の頼んだダージリンは冷めてきていた。冷めてしまっても美味いのは紅茶のいいところだと思う。
沸騰した水がいずれ熱を失うように、椿の怒りも時間の経過で収まったりしないものだろうか。
「まあ、俺は初めから浅井さんのことは心配してねえんだよな。あの人はたぶん大丈夫だわ」
「なんでそう思うんだよ」
「俺も浅井さんにちょっかいかけようと思ったことはあるんだけどな、ありゃダメだ。しっぺ返し食らう未来が見えたね」
「どういうことだ?」
「わかるんだよ、色んな女の子ナンパしてるとさ。棘っつーのか、地雷っつーのか、触っちゃいけない相手が見えてくんの」
「えっ?実は浅井先生って危ない人だったのか?」
「いや、本人は無害なんだろうけど……まあそのうちわかるだろ」
いつの間にか諸星は自分のコーヒーを飲み終えて、リーちゃんのパンケーキを摘まもうとしてはフォークで刺されたりを繰り返していた。
こんな出鱈目な奴の言うことを真に受けるのは癪だが、不安がっていても仕方ないのは事実だ。
実際浅井先生はこれまでそれなりに椿と関わってきているが、実害を受けたことは無いはず。
そもそも椿が今まで危害を加えた相手と言えば……
俺か。俺だけだな、うん。それはそれで理不尽だなオイ。
「ハァ……」
「どうしたんですかナガさん。胃潰瘍ですか?」
「まあ似たようなもんだよ」
「そうですか。パンケーキ食べます?」
「うん……」
俺が本当に胃潰瘍だったらどうするんだよ、というツッコミすら忘れて、リーちゃんが口元まで運んでくれたパンケーキにかぶりつく。
悩みの種は尽きないが、こうして呑気にパンケーキを食べていられるうちは幸せなんだろう。たぶん。
「ニヤニヤすんな武永、キモいぞ」
「キモかわいいですね」
「お前ら……」




