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X3―7 ヤンデレと色敵 その7

 布団の隙間から村瀬の柔肌が見えている。直視してはまずいと思い目を逸らすが、閉め切った部屋では村瀬の息遣いまで聞こえてくるため、実質どこにも逃げ場はないのだ。


「武永くんは寒くないのか? さっきエアコンも切ったし、底冷えしてくると思うが……」


 言われてみれば寒いような気もする。もこもこのパジャマを着ているとはいえ、季節はまだ2月。

 外では六甲山から降りてくる風が冷たく吹きすさんでいるところだ。


 手足がだんだんと冷たくなってきた。ああ、あの布団の中はどれだけあったかいだろうか……


「入るだけ。入るだけだからな」


「そうこなくちゃ」


 布団の中に入った瞬間、手の甲が村瀬の肌に当たってしまった。ほのあたたかく滑らかな感触が俺の理性をかき乱す。


「やっぱり冷えてるね」


 村瀬のあたたかい両手が俺の左手を包む。それだけで心拍数が一気に跳ね上がった。

 甘い匂い、あたたかな吐息、白く滑らかな肌……ダメだもう気が狂いそうだ。


「武永くんも脱がなきゃ」


「いや、それは……」


「もこもこが肌にこすれてくすぐったいんだよ。ボクのためだと思って、ね?」


「それもそうか……」


 言われるがままにパジャマを脱いでいく。

 冷静に考えれば村瀬の言い分は無理があるような気もするが、ぼんやりした頭では抵抗する気力も湧かない。


 布が一枚取り払われていくごとに、痺れるような快感が頭を揺り動かす。

 まだ何も始まっちゃいないのに蕩けてしまいそうだ。


 ひと欠片だけ残っている理性が俺を引き留めようとするが、もはや俺自身がそこから目を逸らしている状態なのだ。

 こうなってはもうどうしようもない。




 いやいやいや、待て。今一度考えてみよう。

 ここで村瀬と睦まじくなったとして、本当に問題は起きないか?


 後で村瀬と気まずくなることは想定できるが……まあ、逆に言えば気まずくならない可能性もあるのだ。

 今後村瀬とどういう関係になるかはわからないが、今より悪化するとは限らない。


 不純な流れではあるが、純粋な人間なんていないものだ。

 順番が違っても村瀬とちゃんと付き合えば俺も悪人ではないはず。

 浅井先生にフラれた時点で俺にためらう理由は無いしな……


 付き合うかどうかだって、村瀬の機嫌次第では変わるかも。俺に全責任があるわけじゃないだろ。

 そもそも、肌を重ねたからってそれで何が確定するわけでもなし。


 よし、ならやっぱり問題無いな。一回ぐらいは、ほら、後学のためにというか……


 頭の中でくだらない言い訳を並べ立てている間も、村瀬は俺の顔をじっと見つめていた。

 その頬は紅潮し、目はわずかに潤んでいる。まぎれもない「女」の顔がそこにはあった。


「武永くん……もっとボクを見て」


 その囁きが聞こえた瞬間、もう辛抱が利かなくなった。

 強引に村瀬の身体を抱き寄せると、彼女はか細い嬌声を上げたが、お構いなしに身体を包み込む。


 甘い香りに陶酔しそうだ。頭も身体もはち切れそうなほど熱い。

 村瀬の背中から腰にかけて手を這わすと、彼女は短く呻いた。

 その声が、息が、滑らかな肌がさらに俺の頭を狂わせる。


 もっとだ。もっと先へ。


 さらに手を下へ下へ伸ばすと、俺の頭は村瀬の胸あたりに潜り込んでいた。

 異様な拍動が頭皮越しに伝わってくる。村瀬も俺と同じ気持ちなのだろうか。


 俺の右手が村瀬の太ももに到達する。互いの肌が重なった部分は燃えるように熱い。

 一撫でごとに村瀬の息が荒くなっていくのを感じる。


 もっと奥へ。もっと先へ。


 理性も悟性も超えて指先の感覚にすべてを集中する。

 もっと村瀬を感じたい。彼女の奥底に触れたい……





 しかし、ふと「あること」に気づいた俺は、思わず布団から顔を出してしまった。


「どうした? 武永くん」


「村瀬、寒いのか?」


「いや、寒いわけじゃないんだけど……」


 目のやり場を失い、困ったような表情の村瀬。彼女の目には透明な雫が浮かんでいた。


「なら、どうして」


「気にすることじゃない。さあ続きを……」


「できるわけないだろ、バカ」


 布団から這い出た俺は、さっき脱ぎ捨てたもこもこのパジャマを着直した。

 下半身に集中していた血液が、全身に戻っていく感覚。それに伴い頭も冷えていく。


「何故だい武永くん。もしかしてボクは何か無礼を……」


「違うな。無礼は俺の方だ。気づかなくて悪かった」


「どういう意味かな。ボクなら平気だから、早く続きを……」


「嘘つけ」


「嘘だなんて……武永くん、なんで」


「だってお前、ガタガタ震えてたじゃねえか」


 そこで村瀬は自らの右手を眺めた。その白い手のひらは柔い豆腐のように小刻みに震えている。今にも崩れ出してしまいそうだ。


「あれ……何故かな、ボクは別に……」


「それがお前の本音ってことだろ。無理すんなよ、まったく」


「しかし、ここまで煽っておいてこれでは……武永くんにも悪いだろう」


「こういうのは義務感でやることじゃねえよ。わかったら服着ろ」


 村瀬に背を向け、元いたソファへと向かう。

 まだ少し身体は熱いが、もうこれ以上何かする気は起きなかった。

 気持ちが萎えたというより、元々ズレていた軸が元に戻ったような感覚だ。


 ソファに横になるとだんだん眠気も強くなってきた。意識してなかっただけで、結構夜も深まっていたのかもな。


 しかし椿のやつ、珍しく邪魔しにこなかったな。間が悪いような良いような……伊坂に止められてたとか?

 それにしても伊坂の奴はなんであんな煽るような真似を……今度問い詰めてやるか。


 なんとなく背中に視線を感じたが、眠いのであえて振り向かないことにした。

 「知ってたけど……やっぱり優しいんだね」と村瀬が呟いた気がしたが、その意味も深く考えず眠ることにした。






 目を覚ますと、村瀬はすでに着替えも済ませており、朝食の準備に取りかかっていた。

 どうやら俺は寝坊してしまったらしい。ここのところ不眠気味だったしな……


「悪い村瀬、寝すぎたみたいだ」


「気にするな武永くん。疲れてただろうしね。リラックスできるよう紅茶を淹れてあげよう」


 村瀬曰く、美味しい紅茶を淹れためには


・茶葉3gに対して180ml程度のお湯を用意

・お湯は沸騰させすぎやぬるいのはダメ

・事前にポットをあたためる

・茶葉をジャンピングさせる


 というコツがあるらしい。(コーヒー派の俺としてはそんなに興味は無かったが……)


 それはともかく。


「なんか……距離近くないか?」


「そうかな? 前からこんなものだったと思うが」


 村瀬は俺の真横に腰かけ、軽くこちらにしなだれかかってくる。

 リラックスどころかむしろ落ち着かないんだが……


「いや絶対近いだろこれ」


「今朝は冷えるからね」


「寒いならブランケットを着てろ」


「つれないなあ」


 村瀬は口を尖らせながらもどこか嬉しそうな様子だった。

 押しつけたブランケットに顔を半分埋めてモジモジしている。


 何考えてんだろな、コイツ……さっぱりわからん。



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