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X3―4 ヤンデレと色敵 その4

「しばらく泊めろだあ? 嫌に決まってんだろ」


 ヘラヘラした笑みを浮かべながら、諸星はくもった丸眼鏡を拭いた。食堂は湿度が高くてく困るなあ、とヤツがかつて語っていたセリフを思い出す。


「そう言わずにさ。せめて二週間だけでも」


「長えって。その間俺はどこで女の子と愛を育みゃいいんだよ」


「たまには禁欲もいいだろ」


「何が虚しくて野郎と同棲しなきゃいけねえんだ。却下」


「『肺積』から助けてやったろ」


「あれは椿ちゃんと麻季ちゃんの活躍だろお。発起人はリーちゃんだしなあ」


 返す言葉も無かった。当時も諸星を助けてやりたい気持ちに嘘はなかったが、結局俺は何もしてなかったのだ。

 しかし唯一無二の親友を相手に薄情な奴だな。


「あの家にいたらヤバいんだって。このまま俺が椿に捕食されてもいいのか?」


「いんじゃね? 『絶対この子がいい』って相手がいないならもう椿ちゃんでいいだろお。はいおめでとさん」


 諸星は眼鏡を置いてやる気のない拍手を送ってきた。明らかに面倒くさがっている。


 頼んでおいて何だが、面倒な気持ちは正直わかるけどな……

 諸星の家に泊まったら椿も押しかけてくるだろうし、家主の立場からすれば迷惑千万だろう。


 あとコイツは女遊びをしていないと死にかねないセミみたいな奴なのだ。ダメ元で頼んではみたが、やはり難しいか。


「リーちゃんの家に泊まればいいだろ」


「いや、ちょっとリーちゃんは……最近怖いし」


「さっきから俺らのことを遠巻きに見てるもんなあ。マジで椿ちゃんに似てきたな」


「冗談でもやめてくれ」


 食堂の外、太い柱の影からリーちゃんはこちらを覗いていた。相変わらず尾行が下手なので丸わかりなのだが。

 ガラス越しにこちらを窺う彼女の感情は読み取れない。


「他にも頼める相手ならいるだろお。姫ちゃんとか」


「村瀬がそこまで助けてくれるかねえ。アイツだって一応女の子なんだし、ずっと男が家にいたら嫌だろ」


「ボクは別に構わないよ」


「ほら、村瀬もこう言ってるし……ってなんでいるんだよ!?」


 あまりに自然に会話に入ってくるものだから、反応がワンテンポ遅れてしまった。


 椅子から落っこちそうになりながら振り返ると、日傘をクルクルと弄びながら村瀬が突っ立っていた。


「そりゃあいるさ。ボクだって本学の学生なんだから」


「いや、それなら一声かけてくれよ……」


「そこの胡散臭い男が黙ってろと目線を送ってくるからさ」


「諸星お前、俺に何か恨みでもあるのか?」


「別に? いつまで経ってもフラフラしてる武永にイラ立ったりはしてねえぞお」


「解説どうも」


 その点についても、諸星に異論を唱える気は起きなかった。半端な立ち位置のまま気づけば2月。ウカウカしてる間にもう四回生になってしまう。

 強いて言い訳をするなら椿があれこれ妨害工作をしてくるせいだが、それを強い意志で跳ね返せなかったのでやっぱり俺が悪い気もする。


「で、武永くんはボクに何か言うことがあるんじゃないか」


「ああ……引越し先が見つかるまで泊めてくれないか? 隣室にスパイが潜んでたことが発覚してな」


「ボクは構わないが……良子ちゃんが気にしないかね」


「浅井先生はな……ハァ……」


「どうした武永くん?」


「コイツはなあ、二連敗中なんだよ。打てる球を見逃すヘタレだからな! ヒャヒャヒャ!」


「お前は友達の不幸がそんなに楽しいのか……」


「まあまあ、とりあえず今晩はうちで過ごすといい。詳しい話も聞きたいしね」


 村瀬は憐れみを帯びた目を俺に向けつつ去っていった。

 とりあえず宿は確保できたが、なんだか不要な心の傷を負ったような気がする。






 その晩、泊まるための用具を詰めたスーツケースを持って村瀬の家に行ったわけだが……


「えらく大荷物だね」


「そりゃあな。着替えって結構かさ張るだろ」


「着替えなんていらないはずだが。服ならうちに幾らでもあるが」


「女物の服がな。そんなもん着て大学に行けるか」


「冬の新作、着てくれないのか!? 双子コーデをしたかったんだがね……」


「人の尊厳を何だと思ってるんだ……室内ならまだしも外では勘弁してくれ」


「じゃあ家をランウェイにしないとね。今晩はどんなパジャマを来てもらおうかな」


 さっそく村瀬はロリィタ服でパンパンになったタンスを漁り始めた。

 正直家の中でも女装はしたくないが、泊めてもらう以上村瀬にも見返りは必要だろう。繰り返し言うが、女装なんてしたくはないがやむを得ない。


「ここにオーバーサイズのもこもこカーディガンがあるわけだが、キミはくまちゃん柄とイチゴ柄どちらが好みかな?」


「どっちでもいいよもう……」


「キミが! 決めることに! 意味があるんだよ!」


 憤慨しながら二着のカーディガンを押しつけてくる村瀬。

 これが毎晩続くのか……野宿の方が良かったかもしれんな……






「それで、良子ちゃんとは何があったんだい? ボクが訊いても彼女にははぐらかされてばかりでね」


 村瀬はベッドに横になり、俺は向かいのソファを寝床として借りている。

 彼女の家のソファは高級品なため寝心地はいい。何なら俺のベッドよりも質感がいいぐらいだ。


「浅井先生はなあ……何考えてるかわかんねえんだよ。微妙に避けられてることしかわからん」


「そうなんだね。彼女から武永くんの悪口は聞かない……どころかキミを誉めるような口ぶりが多いんだが」


「ならなんで避けるんだ?」


「さあ。心境の変化があったのは事実だろうけどね」


「村瀬にわからんなら俺もわからんな」


 村瀬からの返事は無い。もう眠ってしまったのだろうか。

 俺も寝るかな……今日は朝から椿とやり合って疲れたしなあ。




 目を閉じて10分ほど経っただろうか。夢と現実の狭間をゆらゆらしていると、ふいに甘い香りが鼻をついた。


 寝ぼけ気味のまま目を開けると、目の前には村瀬の顔。

 室内が暗いせいでホラーじみて見えた。村瀬、顔立ちは綺麗だからこういうシチュエーションだとかえって不気味なんだよな……


「何してんだよお前……」


「気にせず寝ててくれたまえ。ボクは感慨に浸っていただけさ」


「お前のせいで目が冴えたんだよ。だいたい感慨って何のことだ」


「異性の苦手なボクが、男性と二人で泊まる日が来るなんて不思議だな、と思って」


「そうかい」


 あくまで友人同士だと思って特段意識していなかったが、確かに年頃の男女が同じ部屋で寝泊まりするのは危なっかしい状況なのかも。

 村瀬は俺を押し倒したような格好で自分の身体を支えている。よくよく考えてみればこの体勢もなんだか怪しい。


「なんでだろうね。武永くん相手だとボクも気が緩んでしまうんだ」


「村瀬……」


「なあ武永くん、驚かないで聞いてくれ。ボクはキミのことを……」


 暗闇の中でもわかるくらいに村瀬は顔を赤らめ、ためらいがちな声で語り始めた。


 なんなんだ、急に……そんなしおらしい態度を取られたら、こっちまでドキドキしてくるのだが……



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