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⑳―2 ヤンデレと想い人 その2

「先輩は私と結ばれるんですよ、それ以外の未来はありません」


 俺が答えるより先に、椿が口を挟んできた。お前はどの立場から物申してんだよ、と普段ならツッコんでやるところだが、この殺気だった雰囲気ではそれも躊躇われる。


「そうかしら? これまでの二人の様子を見ていると、武永先生は本庄さんを嫌がっているようにしか思えないのだけれど」


「は? 貴女に何がわかるんですか? またお得意の降霊術でも使って先輩の気持ちでも測ってみますか? あっ、ごめんなさい。貴女にはそこまでの力はありませんよね。おばあさんと違って似非物(えせもの)ですもんね」


「オイ椿、それは流石に……」


 俺が割って入った頃にはもう手遅れで、浅井先生の目がだんだんと潤んできていた。彼女にとって一番触れられたくない部分に土足で踏みこまれたせいだろう。こうなっては泥沼だ。俺が悪いわけではないと思うが、一方で二人を引き合わせたことに責任も感じる。

 なんとかしないと。


「わ、わかってるわよ。私には、何の才能も、無い。でもね、だからって、諦めきれるものでも、ないの。きっと、あっ、貴女には、わからない、でしょうけど」


 浅井先生は上ずった声で精いっぱい言葉を紡ぐ。初めて椿に本気で怒りが湧いてきた。しかしここで椿を叱咤したところで状況はよくならないだろう。

 ならば、俺にできることは一つ。


「浅井先生、落ち着いて聞いてくれ」


「武永先生……?」


「俺には霊能力の有無とかはよくわからん。もしかしたらおばあさんと浅井先生の間にはどうしようもない能力の差があるのかもしれないし、それが悔しくて仕方ない気持ちもわかる」


「……」


「それでも、親切心から浅井先生は俺たちをおばあさんに会わせてくれた。性悪女の椿のためにそこまで親身になれるなんて、普通できることじゃない」


「ちょっと先輩、性悪って何なんですか」


「後でお前にも話があるからちょっと我慢しててくれ」


「ふん」


 椿はむくれていたが、一応俺の真剣な態度を汲み取ってくれたらしい。今はアイツの機嫌よりまず浅井先生を何とかしないといけない。


「でも私、本当に才能とか無くて……」


「なら訊くが浅井先生、アンタは何で才能が欲しかったんだ」


「それは浅井家の人間として、恥ずかしくないように……」


「本当にそれだけか?」


 浅井先生は左手で側頭部を押さえてじっと考え込む。そうか、この人はずっと無意識で生きてきたのか。自身を支える「軸」にも気づかずに。


「私、私は……おばあちゃんみたいに、人の役に立ちたくて……」


 そう。浅井先生はこれまでもずっと真っ直ぐだった。やり方や強引さはあまり誉められたものではないが、それでも彼女はいつも誰かのために行動してきたのだ。損得も考えず、純粋な動機で。

 ポンコツだろうが、才能が無かろうが、この人は悪い人じゃない。それだけは間違いなく言える。


「そりゃおばあさんみたいにスマートなやり方はできないだろう。でも、浅井先生には浅井先生にしかできないことがあるはずなんだよ。これは別に俺の空想なんかじゃない。その証拠に、塾の生徒はみんな浅井先生のことを慕ってるだろ?」


「武永先生……」


 浅井先生は潤んだ瞳でじっとこちらを見つめる。先程の冷たい涙とは違う、熱を持った眼差しだ。これで少しは立ち直ってくれるといいが……


「いや私のこと忘れてませんか?」


 椿は口調はあくまで冷ややかだ。浅井先生にアツい励ましを送っていた自分がどうも恥ずかしくなってくる。しかしここでめげてはいけない。


「椿、お前にも言っておくことがある」


「お説教ですか? 先輩の声なら何時間でも聞けますよ」


 どこ吹く風、といった態度で椿は答える。せいぜい油断していろ。人を舐めていると足元掬われるぜ。


「椿、悪かったな。ごめん」


「えっ、なんで。なんで先輩が謝るんですか」


「いや、俺が悪いんだよ。本当にごめん」


「何なんですか。やめてくださいよ、そんな……」


 深々と頭を下げた俺に対し、椿は困惑している様子だった。顔を見ずともわかるほどに、椿の声色には余裕がなくなっていた。


「椿はいつも俺のことを想ってくれているのに、俺はその気持ちを蔑ろにしてたんだろうな。だから八つ当たり的に浅井先生にキツい態度を取ったんだろう。悪かった」


「ち、違いますよ。先輩は何も悪くありません。あの女が調子に乗ってたから……」


「そうだ、浅井先生にも謝らないとな……俺のせいで不愉快な思いさせちゃったしな……」


「やめてください……先輩のせいじゃないんです。浅井さんに暴言を吐いたのは私なんですから、そこまで先輩が罪を被るなんて」


 椿は性悪だが、人の心を持っていないわけではない。攻撃的な姿勢を取られると反発するものの、こうして下手に出てくる相手の頭を踏みにじるほどの度胸は無い。

 まして想い人である俺がしょげた態度で頭を下げてくるのだ。ここで手打ちにしなければ、流石の椿も罪悪感を覚えるのだろう。

 それなりに長い付き合いで椿の弱点はいい加減わかってきた。


「先輩が謝るくらいなら私が謝りますよ。それでいいんでしょう?」


「そうか? いや、悪いな椿……俺が不甲斐ないせいで」


「もういいですってば! 浅井さん、さっきはすみませんでした。言い過ぎでした」


「ううん、私こそ知った風な口を利いてごめんなさい。貴女たちの間にはちゃんと信頼関係があったのね」


「わかればいいんですよ……」


 よし、何とかこの場は収まったか。

 椿に気づかれないようこっそりと腕時計を見る。もう23時か。いい加減お開きにしないと色々と差し障りそうだ。


「浅井先生、終電は大丈夫か?もういい時間だけど」


「あっ、そうみたいね。さすがに親も心配するし、そろそろ帰るわね。ごめんね遅くまで」


 このまま浅井先生が帰ってくれれば、もうこれ以上こじれることはないだろう。浅井先生と飲みに行けなかったのは名残惜しいが仕方ない。

 浅井先生はこちらに背を向け、一歩足を踏み出す。後はもう彼女を見送って終わりだろう……

 と思っていたら、浅井先生はまた振り返って俺に微笑んだ。


「あっ、武永先生。最後に少しいい?」


「ん?」


 「まだ何かあるのか」と声に出す前に、ふいに身体が柔らかいものに包まれた。

 えっ、なんだこれ。ちょっといい匂いがするんだが。


「貴方がかけてくれた言葉、本当に嬉しかったわ。これからも仲良くしてね」


 浅井先生は俺を抱き締めながら耳元でそう囁いた。

 そして、俺から離れて駅舎へと走り出す。呆然としている俺と椿をよそに、その影は駅舎の階段に隠れて消えていった。

 ややあって、我に返った椿も走り出した。俺もハッとして椿を追いかけ、何とかその背中を捉えて羽交い締めにする。


「離してください! あの女、生きては帰しませんよ!」


「待て待て椿、夜中に騒いだら駅員さんにも迷惑かかるから、な? 今度にしよう、今度に」


「駅ごと焼き払ってやりますよ! あの雌犬、地獄で後悔しなさい!」


「やめろ椿! もう電車行ってるから! ほら窓から浅井先生が見えるだろ!?」


「手ぇ振ってやがるんですけどあの女あああああ」


 暴れる椿の体力が弱まった頃にはもう深夜0時を回っていた。


「ハァ、ハァ……殺してやる……あの女、人をバカにして……」


 汗でベトベトになっていた俺は、ただただ早く帰ってシャワーを浴びたい気分だった。

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