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X1―5 ヤンデレと大敵 その5

 フラれた? マジで? だって、「ごめんなさい」ってそういう意味だよな……


 膝が震える。息が苦しい。理解が追いつかない。頭が真っ白だ。

 この展開も覚悟していなかったわけじゃないが、実際に直面すると声も出ないものだ。

 しかも即答なんて、あまりにも無残な結果じゃないか……


「あ、浅井先生……」


「違うの! 武永先生が悪いんじゃなくて……」


「じゃあ、なんで」


 浅井先生は涙目になりつつ、胸のあたりをギュッと掴んだ。

 彼女の真意を追及したかったが、俺は俺でうまく言葉が出てこない。

 冷たい風が二人の間を吹き抜ける。離れた港で光るネオンが、やけに遠く感じた。


「私くらいの気持ちじゃ、きっと本庄さんには敵わないって、この前思ったの」


「いやいや、あんな奴のこと気にすんなよ! アイツが邪魔なら通報とかするからさ!」


「その必要は無いわ。そんなことしたら本庄さんの勝ち逃げになっちゃうから」


 人差し指で自分の涙を軽く拭う浅井先生。画になってはいるが、あんなアホのために涙を流さなくてもいいだろう。

 この展開はまずい。彼女の思い込みの強さが悪い方に出てしまっている。


「恋愛なんて勝ち負けじゃないんだからさ……」


「でも私、この前の淡路島で本庄さんに敵わないって悟っちゃったの」


「いや、倫理的な意味ではアイツの大敗北だろ。あんな奴のペースに付き合う必要ないって……!」


「私は、本庄さんほど必死になれてないから。他人を蹴落としても武永先生の隣に立とうって思えてなくて」


 椿のは愛情でも恋慕でもなく妄執でしかないんだが、今の浅井先生にそれを言っても通じないだろう。

 このままじゃ大事故だ。なんとか軟着陸させる方向に誘導しないと。


「確かにアイツの気持ちは強い……というか重いんだけど、それで浅井先生が負けたことにはならないだろ。あんな奴より浅井先生の方がよっぽど素敵な人なんだから」


「でも……」


「気持ち的に引っかかるのはわかるよ。椿とのことはちゃんとケリをつけるから、またその時に返事を聞かせてくれ」


「それなら……保留ってことにしておいても、いい?」


「もちろん。浅井先生が納得できるまで、いつまでも待ってるよ」


 少し呼吸が落ち着いてきた浅井先生は、涙ながらに頷いた。

 俺もようやく興奮が収まって、だんだん思考がクリアになってきた。


 ふぅ……とりあえず最悪の事態は避けられたか。


 意外と負けず嫌いなのかもな、浅井先生。思い返せばこれまでも、椿に対して「あなたには負けない」って宣言してたような……

 元々思い込みの強い人ではあるのだ、彼女自身が納得しないと考えは変えてくれないだろう。


 不完全燃焼ではあるが、今日のところはひとまず解散とした方が良さそうだ。

 これ以上長居するとまた事態がややこしくなりかねない。





 浅井先生を駅まで送り、彼女の背中が見えなくなるまで見送っていると、嫌な気配が後方からじんわり漂ってきた。

 どういう手段かはわからないが、「ヤツ」はきっとさっきの浅井先生とのやり取りを見ていたのだろう。


「出やがったな厄介者め……」


「姿も見ずに気づいてくれるなんて……やっぱり私たちは運命で繋がっているんですね。くふ、くふ、くふ」


 振り返るまでもなく呟くと、後ろから嬉しそうな声が聞こえてきた。

 ヒキガエルを絞め殺したような引きつった笑い声が耳に障る。


「お前のせいでなあ!」


「『私のお陰』でしょう? あんな思い込みの激しい勘違い女と縁が切れてラッキーでは?」


「まだ縁は切れてないし、思い込みの強さならお前も大概だろうが!」


「そうでしたっけ、うふふ」


 ニヤニヤしながら身体ごとすり寄ってくる椿を押し返しつつ、帰路へ向けて足を運ぶ。

 今はとにかく一人になりたかった。もちろん、そんな俺の気持ちを椿が汲み取ってくれるわけもなく。


「一名様脱落って感じですね。どうですか? 本命が真っ先に落っこちた気分は」


「最悪に決まってるだろ……じゃなくて、まだ結果はわかんねえよ。保留なんだから」


「保留。いい響きですねえ。返事が来るのは何年後か、あるいは何十年後か……」


「縁起でもないことを言うな。お前の思い通りにはならねえよ」


 ひとまず強がってはみたものの、椿は余裕の笑みを崩さない。

 俺の周りをグルグル回りながらひたすらついてくる。


 まだ何も確定していないのに、もう勝った気分なのか。

 もし本当に浅井先生にフラれたとしても、別に椿が繰り上がるわけでもないし。

 コイツの自信はどこから溢れだしてくるんだろう。


「先輩、明日バイトですよね? フラれた人間と一緒に働く気分はどうですか?」


「フラれてねえって!」


「時間の問題ですよ。惜しいことをしましたねえ、一つボタンの掛け違いがあれば浅井さんと結ばれる未来もあったかもしれないのに」


「だから、まだわかんねえだろって」


「わかるんですよ。私には全部わかっているんです……」


 マンションの入口に着いたというのに、椿はそれ以上踏み込んでこずにスーッと消えていった。

 いつもなら部屋に乗り込んでこようとして押し合いになるというのに、今日はやけに退くのが早い。その潔さが逆に不気味だった。


「なんなんだよアイツは……」


 ジメッとした不快感を抱えたままエレベーターに乗り込み、自分の住む階まで運ばれていく。

 退屈まぎれにスマホをいじりつつ、自分の部屋の前まで進んでいくと、そこに人影があることに気がついた。


 髪の長い女性がうつむき加減に立っている。漂う暗いオーラから、まるで幽霊のようだ。


「ヒッ……!」


 なんでだ? さっき椿が消える姿は見たし、裏口に回っている様子も無かったのに。

 そもそも、よく見たらこの女性は椿より背が高いぞ……

 服装も椿みたいに野暮ったくないし、どちらかと言えばスタイリッシュで、しかも見覚えがあるような……


 まさかとは思うが、この人は……


「浅井先生!?」



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