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⑳―1 ヤンデレと想い人 その1

 バイトが終わるのはいつも21時過ぎ。俺たち講師はともかく、生徒の中高生は遅くまで頑張ってて偉いな、といつも思う。まあ、大抵の子は眠いのか何なのかで集中力が途切れがちだったりするのだが。


「武永先生、帰って何すんの? ゲーム?」


「大学生も勉強とか色々あんだよ。ほら君も早く帰りな」


「えー、もうちょっとだけいいじゃんか」


「塾長、もうこっち電気消していいっすよ」


「強制ログアウトかよー」


「はいはい帰った帰った」


 その熱意をもうちょっと授業に向けてくれれば、というのは贅沢だろうか。さっきの授業でも結構雑談してたんだが、まだ物足りなかったようだ。しかしこちらも仕事である。あんまり遊んでばかりもいられない。

 生徒のやる気をいかに継続させるか、これは塾講師の永遠のテーマなのだろう。


「あら、武永先生も片付け終わったの?」


「おう、今から帰るかな。塾長、もう教室閉められますか?」


「いやー、僕はもうちょっとやることあるから先帰っててよ」


「了解です。帰るか、浅井先生」


「ええ」


 俺たち以外にもバイトの講師は二人来ていたが、彼らはどうやら先に帰ったらしい。残ったのは俺と浅井先生だけ。浅井先生と二人か……これまで色々あったせいか少し緊張する。

 塾の裏口からドアを開けると、湿っぽい風が全身を包んだ。


「今日は本庄さん来てないのね」


「アイツの行動は読めないからなあ。その場の気分で動いてんじゃないかな」


「ふぅん……ね、少しだけ飲んでいかない? 話したいこともあるし」


「あー、どうしようかね」


 今日は木曜日なので、まだ明日も大学に行かねばならない。あまり夜更かしはしたくないというのが本音だ。

 しかし、明日は一限も無いしそこまで早起きする必要はない。あとお酒飲んでる時の浅井先生はちょっと色っぽいんだよな……こんなスケベ心、椿にバレたらえらいことになりそうだが。


「浅井先生は大丈夫なのか? 宝塚にある実家から通ってるんだよな?」


「大丈夫よ。うちの親は放任主義だし、たまに友達の家に泊まるくらいなら目こぼししてくれるわ」


「えっ、泊まんの?」


「あっ、そこまでは遅くはならないわよね。あはは」


「いやいや俺は全然構わないんだけどな、はは」


 なんだろう。また変な雰囲気になってきたぞ。まあ大学生だし、飲みすぎて帰れなくなることもあるか。それに浅井先生とはただの同僚だしな、今のところは。そうだな。何の問題も無いな。


「とりあえずお店に入ろうか。後のことはその時考えるってことで」


「そ、そうね!」


 何はともあれ、ひとまず俺たちは目の前にあるチェーンの居酒屋に入ることに……ならなかった。


「はいはいそこまでですよ、いい加減にしてください何考えてるんですかこの雌犬私の先輩に手を出そうなんて許されるわけないでしょうが卑しい獣め」


「うわ出た」


「うわじゃないですよ! なんで先輩も流されそうになってるんですか! ああ、私とは遊びだったんですね……傷つきました。責任取って結婚してください」


「そこは慰謝料とかじゃないのか」


 居酒屋のドアノブに手をかけた瞬間、椿が俺と浅井先生の間に割り込んできた。本当にどこから現れるんだコイツ。


「ちょっと泳がせてみたらこれですからね。油断も隙も無い」


「お前なあ……俺はともかく浅井先生に迷惑かけるのやめろよ」


「その女を庇うんですか! ああ可哀想に先輩、すっかり(たぶら)かされて……私が救ってあげますからねえ」


 椿は俺と浅井先生を引き離しながらねっとりと肩を撫で回してきた。蛇にでも這われているようで気色悪い。嫌な汗が脇腹を伝う。


「あらごめんなさいね本庄さん。私、武永先生を独り占めするつもりはないのよ」


「はあ? 今さらそんな言い訳されても説得力が無いですよ。現行犯じゃないですか」


「貴女が武永先生を大事に思っていることはわかるの。それに、武永先生だって貴女といると楽しそうだもの」


「ま、まあ少しは話がわかるようね」


 浅井先生が妙に椿の肩を持つので、椿は肩透かしを食らって臨戦態勢から平常心に戻りつつある。しかし浅井先生のこの余裕は何なんだろう。また変なこと言い出したりしないよな……


「わかったなら今後先輩には近づかないでくださいね」


「それは無理よ。第一そんなことは武永先生も望んでないわ」


「は? さっきから言ってることめちゃくちゃなんですけど」


「あっ、もしかして本庄さん……武永先生から何も聞いてないの?」


 浅井先生は心底気の毒そうな目で椿を見つめた。意味もわからず同情された椿は当然憤る。怒るのは勝手だが俺の肩をギリギリと掴むのはやめてほしい。痛い……


「何を勿体ぶってるんですか。私と先輩の間に隠し事なんてありませんよ」


「えっ……私が勝手に話していいのかしら。でも武永先生から本庄さんには何も言ってなさそうなのに」


「先輩、なんかマウント取られてるっぽくて腹立つんで蹴ってもいいですか?」


「落ち着け落ち着け。すまん浅井先生、俺も意味わからんのだが……」


「あのね本庄さん、武永先生はポリアモリーなの。普通の人はモノアモリー、つまり一人の人と恋愛関係を結ぶものなのだけど、ポリアモリーは複数の人との恋愛関係を望むものなの」


 浅井先生はまるで生徒に向かって話すように、優しくそして丁寧に解説を与えた。そんな彼女の姿を椿は唖然として見つめた後、振り返って耳打ちしてきた。


「ちょっと、先輩。あの女また訳わからんこと言ってますよ。どうします? 病院とか紹介した方がいいんですかね」


「お前が本気で心配するのレベルか……確かに思い込みが激しいところはあるよな」


「先輩、ここはバシッと言ってやってくださいよ。このままだと浅井さんただの痛い人ですよ」


「それもそうか」


 椿から離れ、浅井先生に向き直る。ああ、純粋な目でこっちを見ないでくれ……なんか罪悪感が芽生えてくるから……


「あのな、浅井先生。俺はそのポリなんとかってやつじゃあないんだ。ちゃんと一人の女性と付き合うし、向き合うつもりで生きてるんだが」


「えっ! そうなの!? 私ったらまた勘違いして……恥ずかしいわ」


 浅井先生は露骨にショックを受けて赤面しながらぶんぶんと首を振っている。このポンコツ具合がなんか段々かわいらしく見えてきた。俺も大概おかしいのかもしれない……


「でも武永先生、それなら誰が本命なの? 本庄さん? 竜田川さんとも仲良かったわよね。それか……私、だったりとか……」


 非常にまずい。なんか浅井先生が本当に愛らしく見えてきた。一方で椿が鬼の形相になっていてこちらも具合がよくない。二重の意味でまずい。考えろ……この場を安全に切り抜けられる方法を……

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