表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
206/270

C5―8 SHE IS FINE その8

 俺たちに囲まれたまま、椿は静かに震えている。痙攣にも近い、小刻みな微細震動。

 文字通り怒りに身を震わせている状態だろうか。

 何が飛び出しても対応できるよう、俺たちはめいめいに身構えた。


「う、うぅ……うっ」


「な、なんだ椿お前……」


「うわああああああぁぁあぁん」


 ……泣いちゃった。声を張り上げて号泣する様は、俺らを脅迫しようとしていた人間と同一人物とは思えない。

 自我の芽生えすら曖昧な年齢の子どもみたいに、本能のまま泣き叫んでやがる。

 しまいには手近にある自分のカバンやコートまで俺に向かって投げつけてきた。

 とても成人している大学生の振る舞いとは思えない。


「つ、椿くん。やり過ぎたことは謝るから!」


「ううっ……わぁ……うああああぁ」


「椿さん、ゆっくり……ゆっくり息を吸ってくださいませ……」


「うぅ、くっ……み、みんなが私をいじめる……」


 こちらはいじめどころか反撃を行っただけで、因果応報としか言いようがないのだが……

 まあ今の状態のコイツに言っても無駄か。とりあえず宥めないと話すらできそうにない。


「なあ椿、別にお前を追い詰めたかったわけじゃ……」


「う、嘘です。私だけ仲間はずれにするつもりなんでしょう……知ってますよ、どうせ私は要らない子……」


 椿は涙も鼻水もダラダラ垂れ流しのまま、赤く充血した目で三人を順に睨んだ。


 俺にとって椿が要らないのは事実だったが、それも今は指摘しない方が良さそうだ。

 こうも泣きじゃくられるとこっちが悪者みたいでいい気がしない。

 椿の加害行為は厄介だが、こっちの被害者面もなかなか面倒だ。


「そんなに自分を卑下しなくてもいいじゃないか」


「だって、先輩はこれからさらちゃんや村瀬さんと仲良くやっていくんでしょう……私を爪弾きにして」


「爪弾きってそんな……別にお前が加害してこなけりゃ疎外するつもりもないんだが」


「本当に? でも先輩、私のことお嫌いでしょう?」


「いや、それは、その……」


 確かに俺は椿のことが嫌いだ。今後俺の人生に関わらないでほしい人ランキング堂々の第1位ではある。

 ただ、いま目の前で泣いている人間に対してそれを言い放つだけの心臓を俺は持っていない。


 それに、村瀬や伊坂とこれだけ深い仲になれたのも、椿のおかげと言えなくもない。

 伊坂と出会えたのはいわずもがな、村瀬と色んな困難(主に椿からの逃走)を乗り越えて絆を紡いでこれたのも、椿がいたからで……


 そう考えると、むやみに邪険にできる相手でもない……のか?


 伊坂はアワアワと取り乱しながら椿の涙を拭こうとし、村瀬は困り顔で自分の金髪をもてあそんでいた。

 俺も椿にかけるべき言葉が思いつかず、口をパクパクして出てこない台詞を絞りだそうと躍起になっていた。


「私はこのまま孤独に死んでいくんでしょうね……誰からも構ってもらえず……」


「いやいや、本当に仲間はずれにするつもりはないんだがね。時々武永くんとイチャつくくらいなら咎めるつもりはないよ、なあ伊坂くん」


「もちろんでございます……最大多数の最大幸福を目指すべきでしょうから……」


「えっ、俺は嫌なんだが」


「こんな私に慈悲をくださるのですか……皆さん寛容でとても助かります」


「立場はどうあれ私にとって椿さんは善き友人ですから……」


「俺の意見は?」


「ボクも椿くんのような愛らしい女の子が不幸になるのは望まないからね」


「なあ俺の意見は?」


 困惑する俺をよそに椿、村瀬、伊坂の三人はスクラムでも組むようにがっちりと抱擁を交わしていた。

 『走れメロス』の終盤みたいな光景だな、邪智暴虐の狂王が改心したシーン……


「ちなみに村瀬さん、どこまでなら先輩とやっていいですか?」


「うーん、独占さえしなければボクは文句は言わないが。具体的には?」


「先輩の喉ぼとけを一晩中舐め回すとか」


「それぐらいなら、まあ」


「眼球は? 眼球も舐めていいんですね?」


「眼は傷つきやすい器官ですので、一晩はやめておいた方がよろしいかと……」


「そう? なら数分おきに休憩して、とか」


「それでしたら問題無いかと……」


 当事者の許可を取らずに条約が締結されている気がする……


 呆気に取られて三人を眺めていると、椿が少しだけ振り返ってこちらに顔の半分を見せた。

 その目は細く怪しい光をたたえ、その口は裂け目のように醜く開いている。

 救いようがないほど醜悪な笑みだ。


 もしかしてコイツ、最初からここら辺を落としどころと考えてたのか?


 村瀬と伊坂から咎められない範囲で俺にちょっかいをかける権利を得るのが目的だったとか……


 とはいえ、村瀬と伊坂が嫌がってない以上は俺も譲歩せざるを得ないだろう。

 ハーレムだなんて浮かれていたが、余計なものまでついてくるとは思わなかったな。


 まあ、何もかも思い通りになんてならないよな。

 こうして全員健康に生きられるだけでも儲けものか。


 村瀬と伊坂の穏やかな表情を見ているとそんな気がしてきた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ