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C5―5 SHE IS FINE その5

「嫌です」


 椿は害虫を見かけた時のような苦い顔でそう吐き捨てた。


 その返答は意外だったが、要はこちらの意図がすでにバレているということだろう。

 椿が強く拒否するのはもっともだ。


「なんでだ椿。お前は俺のことが……」


「ええ、先輩のことは好きです。こんな残酷な誘い方をされても嫌いになれないくらい愛しています。しかしですね、私は先輩以外いらないんです。不純物は全部ゴミ箱に捨ててしまいたい」


「不純物って……」


「だってそうでしょう? 今だって、私と先輩の甘い一時を盗み見てるわけですから」


 そう言うと椿はゼミ室の出入口を睨んだ。何もかもお見通し、というわけだ。


 ドアが開き、観念した表情の村瀬と伊坂がトボトボ部屋に入ってきた。

 元々うまく進むとは思っていなかったが、こんなに早くつまずくとは……先が思いやられる。


「貴女たちが先輩をたぶらかしたんでしょう。今まで見過ごしてやってましたけど、いい加減わからせてやらないとダメですね」


「それは違うぞ椿。俺が自分で決めたことだ、二人は関係ない」


「なら先輩に責任を取ってもらいましょうか」


 椿は怒りと笑みの混じったなんとも醜怪な表情を見せる。

 ヤツの白く細い指先が震えているところを見ると、感情の暴発も目前なのかもしれない。


 その迫力に思わず一歩後ずさりしてしまったが、逃げるわけにはいかない。

 どうせいずれは決着をつけねばならないのだ。それが今このタイミングになっただけの話。


「なあ椿くん。ボクらはキミに意地悪をしたいわけじゃないんだ。ただ、みんなで仲良く過ごす方法は無いか探りたくて」


「仲良く? ふざけないでください。貴女たちと一緒にハーレムに入って私に何のメリットがあるんですか」


「少なくとも、武永様と共に時を過ごすことは可能ですが……」


「あら、そう。なら私は先輩と24時間365日一緒にいてもいいわけね。その間に一切貴女たちが邪魔をしてこないなら考えてもいいけれど」


 無茶苦茶な要求だ。実質村瀬や伊坂と過ごすことはできないじゃないか。

 互いの求める地点があまりに離れすぎているため、着地点が見つからない。


「もう我慢なりません。ここまで侮辱されて無事で帰れると思わないことですね。どうせ先輩を取られるくらいなら、いっそ……」


 椿はゴソゴソとカバンを漁り始めた。刃物でも取り出すつもりだろうか。

 なんせ倫理観をドブに捨てて生きてる奴だ、どんな殺傷兵器が飛び出しても不思議ではない。


 ただ、3対1の状態で暴れてもせいぜいケガを負わせることしかできないのでは。

 そうなればいよいよ椿は警察に捕まり、法の裁きを受けることになる。

 接近禁止命令が出れば今までのように俺には近づけないはずだ。


 椿が鈍く光るブツを取り出してもすぐ反応できるよう身構えていたが、奴のカバンから出てきたのは白く小さな花だった。


「すずらん、かい?」


「ええ。可愛いでしょう?」


「なんだよビビらせやがって……」


 村瀬と俺がホッと胸を撫で下ろす横で、伊坂だけがまだ硬い表情を崩さずにいた。

 椿が花を持ってるからなんだというのだろうか。理由はわからないが、なんだか妙に嫌な予感がした。


「椿さん、それは流石に人道にもとると言いますか……」


「乱痴気騒ぎに浸る貴女たちに言われたくないわよ」


「しかし……」


 椿と伊坂の間だけで会話が成り立っており、俺と村瀬は割り込めずに突っ立っている。

 すずらんなんて珍しくもない花にどうして伊坂が怯えているのか。

 不可解な気持ちが溶けないまま、やけに喉が渇いていることに気づいた。


「それにしても、さっきから立ちっぱなしで私は疲れちゃいました。どうせ長話なら座ってお茶でも飲みながらやりませんか?」


 そう提案した椿は手近なイスを引っつかんで腰を下ろした。


 椿が何か企んでいそうな雰囲気はあるが、休憩自体は必要かもしれない。

 疲れてきているのはこちらも同じなのだ。


 椿の隣の席に俺、そして後ろの二席に村瀬と伊坂が腰を下ろす。

 教室自体が狭いため4人の距離は相当に近い。椿が凶行に及んでも誰かが止められそうな距離だ。


 ずいぶん嫌な汗をかいた。ここらで一つ水分補給をしておきたい。

 自前の水筒を取り出し、飲み口を顔に近づけると……


「駄目ですっ……!」


 伊坂に右手を弾かれ、反射的に水筒から手を離してしまう。


 弾き落とされた水筒は中身をぶちまけながら教室の端にすっ飛んでいった。

 驚いて伊坂の顔を見ると、彼女は恐怖と安堵の入り交じった複雑な表情を浮かべていた。


「い、伊坂……? いったい……」


「アハハハハ! さすがはさらちゃん、勘がいいのね!」


 伊坂が答える代わりに、椿が耳障りな甲高い声で笑った。

 頭にガンガン響く、嫌な周波数の音だ。


「伊坂、もしかしてコイツ……」


「コンバラトキシン……すずらんの毒の成分でございます……」


「なんてことを……」


 考えたくはないが、俺の水筒がいつの間にかすり替えられていたのか?

 それも、毒水入りの特別仕様に。


 驚愕の目で3人から同時に見つめられた椿は、まるでその視線を楽しむかのように身悶えした。

 心根だけじゃなく仕草まで不気味な奴だ。


「椿、お前それは犯罪だぞ」


「私はすずらんを持ってきただけで、先輩の水筒にもそれが入ってるとは限りませんよ? 何なら試しに飲んでみますか? あそこにこぼれてるやつを」


「待ってろ武永くん、いま警察に通報してやるからな」


「まあまあ村瀬さん、そう焦らずに。さっきの先輩の水筒『には』何も入っていませんから、空振りに終わりますよ」


 腹を抱えてケラケラ笑う椿の姿を見て、怖気を催してきた。

 それは村瀬も同じようで、さっきより半身ほど椿から距離を取っている。


「でもまあ、今後食べるものには気を付けた方がいいしれませんね。先輩に限らず、村瀬さんもさらちゃんも」


「お前……」


 同じ大学に籍を置く人間なのだ、飲食物に細工をするのは不可能ではない。

 工夫すれば証拠すら残さず俺たちにダメージを与えることすら可能なのだ。


 その事実を誇示するためにさっきはすずらんを見せびらかしたのか。悪魔みてえな発想だ。

 脅迫を介して俺たちの行動を制御するつもりだなんて、あまりに性格が悪すぎる。


 こんな悪辣な奴と和解する方法なんてあるんだろうか。

 やはり徹底抗戦し続けるしかないのだろうか……



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