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C5―3 SHE IS FINE その3

「いいかい、こうやって膝に指を立ててだね……そこから太ももをゆっくり撫でると……」


「あひんっ……」


「武永くんの情けない声を聞けるわけだ」


「なるほど、勉強させていただきました……」


 繁華街にあるホテルの一室で今日も俺たちは戯れていた。

 いい加減就活に本腰を入れないといけないのだが、こんなことをしていて構わないのだろうか……


「次は伊坂くんの腕前を見せてもらおうかな」


「では失礼して……」


 伊坂が俺の膝に指を立てる。柔らかい指の感触に、思わず血流が迸るのを感じた。

 そのまま伊坂は膝をさすさすと撫で回すと、突然の俺の尻に手を伸ばしてきた。


「ひんっ」


「ほほう、不意打ちというわけか。やるじゃないか」


「お誉めにあずかり光栄にございます……」


 ふんぞり返る村瀬に対し、伊坂は深々と頭を下げた。

 コイツらの関係もどうなってるんだがよくわからんな……一応付き合ってる体らしいが、一般的な交際とは言い難いような。


「あのなあ、俺をオモチャにするのは程々にしてくれよ……」


「悪い悪い。では次は武永くんがボクたちをオモチャにしてくれるかな」


「そうじゃなくてさ」


「何だい? もっと激しいのがお好みなら早く言ってくれれば……」


「うーん……」


 半裸のまま頭を抱えた俺を、村瀬と伊坂が心配そうに覗き込んでくる。

 この部屋は妙に甘ったるい匂いがして、気を抜けばその香りに陶酔してしまいそうだが、ギリギリ理性を保てていた。

 いつもみたいに流されない程度には今日の俺の頭は冷えている。


「武永様……具合でもよろしくないのでしょうか」


「そうじゃあないんだが……」


「さっき一人でシャワーを浴びてた時はあんなに元気だったのにね」


「覗いてんじゃねえよ……」


 あの日椿に言われたことが、俺の中でずっと引っかかってはいたのだ。


 今のところは椿の予言通りにいかず、村瀬や伊坂と仲良くやれているが、やはりこんなふしだらな生活は大学生のうちにしかできない気がする。


 もう3月だから俺もあと1ヶ月で四回生になるのだ。

 四回生の生活となれば、就活を駆け抜け卒論を書き続け、気がつけば卒業も目前だと聞く。


 本当は今日だって遊んでいる暇はないのかもしれない。

 いい加減、色んな現実に目を向けないとダメなのだ。


「まさか武永くん、就活がうまくいってないのか? だから教員にしておけとあれほど……」


「まだ選考も始まってないんだが」


「お(いたわし)しや……」


「前もって同情すんのはやめろ。不吉だろうが」


 この二人といるとついついペースを乱されていけない。

 俺もそろそろ自分の意志を強く持たないと、本当に就職活動で痛い目を見そうだ。


「お前らと遊ぶのは楽しいけど、こんな妙な関係ずっと続けられるのかなって心配なんだよ」


「ん? ボクは一生こんな風に日々を過ごす心構えでいたが」


「同感にございます……」


 村瀬と伊坂は布団にくるまってゴロゴロとぶつかりあった。

 艶かしさと可愛らしさの中間くらいの光景だが、今の俺の目を楽しませるには足りなかった。


 キャッキャと楽しそうな嬌声からは真摯に未来を見据える姿勢は読み取れない。

 まったく、この二人はどこまで真剣なんだか……


「俺はさあ、お前ら二人に差はつけたくないんだよ。でも現実にそういうのって不可能だろ。学年とか学部の関係で、会う回数だって村瀬の方が多いわけだし」


「私はいっこう構いませんが……」


「だ、そうだが。何か問題でもあるのかい?」


「そりゃそうだけどさ、ほら。将来的に結婚とか考えた時とかにさ……」


「オイオイオイ聞いたか伊坂くん。彼はボクらとの結婚まで視野に入れてくれてるらしいぞ」


「身に余る幸悦……村瀬さんとご婚約の後は、ぜひ私めを(めかけ)に……」


「いやむしろね。伊坂くんと籍を入れてもらって、ボクを不倫相手にしてだな」


「俗に言う『寝取られ』でございますか……本妻として悔しさを味わうのもまた一興で」


 村瀬と伊坂は互いに顔を見合わせてクスクスと笑っている。

 なんだろうこの疎外感。二人のペースに合わせられない俺にも非はあろうが、なんとなくモヤモヤが募ってくる。


「悪い、今日は帰るわ。なんか調子出ねえし」


「おっと、ごめんよ武永くん。からかいすぎたね。ほらこっちおいで。なでなでしてやろう」


「逆がよろしければ私を撫でていただいても……」


「気を遣わせて悪い。でもちょっと一人になりたいんだ。また明日な」


 二人に謝りつつも服を着直した俺は、後ろ髪を引かれないうちに小走りで部屋を出ることにした。


 村瀬が追いかけようとしてくるのが視界の端に見えたが、ほとんど服を着ていない彼女が部屋から出るのは不可能で、振り切るのは容易だった。




 ホテルの外に出ると、ギラギラ光るネオンがやけに眩しかった。

 眩みそうな目をかばって地面に目をやると、くたびれた吸殻が目に映る。

 タバコなんて吸ったことはないが、喫煙者ならこういう気分の時に吸いたくなったりするんだろうな、たぶん。


 ……帰るか。突っ立っててもしょうがねえし。







 翌日。半端な解散となった詫びを村瀬と伊坂にしなくてはと思いながらも、俺はぼんやり学舎裏でコーヒーを啜っていた。


 考えないといけないのは二人との付き合い方だけじゃない。

 就活も色々進めなきゃいけないし、椿のストーキングからどうやって逃れるかも検討しておきたい。


 そもそもどれから手をつければいいんだろうか。全部平行してやれるほど俺は器用な人間じゃあないんだが。


 ああ、だんだん頭が痛くなってきた。


 やっぱり昨日は気晴らしにあの二人と放蕩に浸るべきだっただろうか。

 でもそれは問題の解決にはまったく繋がらないし……


 人に見つからないのがこの場所の良いところであり、また悪いところでもある。

 人の通らない静かな場所だからか、無益な思考にいくらでも耽溺できてしまうのだ。


 無機質なコンクリートの壁に背中を預けていると、まるでそこが俺と世界を繋ぐ唯一の接点に思えてきた。

 脆い俺なんぞ、支えがなければ簡単に崩れてしまうんだろう。


 自嘲的な気持ちで空になった缶コーヒーを見つめていると、ふいに視界がいっそう暗くなった。


 人の影、か? 俺の脇に突如現れたのは……




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