⑯ 似非物とダウジング
「あら、武永先生。今から帰り?」
大学から駅へと続く長い長い下り坂を歩いていると、浅井先生が後ろから声をかけてきた。白のスキッパーシャツにデニムを合わせた爽やかなコーディネイトで、いかにも理知的な女性といった印象を受ける。この人、背も高いからシュッとした服装がよく似合うんだよな。中身はあんなだけど……
「浅井先生も帰りか? これからバイト?」
「いえ、今日はバイトはないの。武永先生も今日はお休みじゃない? ほら、私たちシフト被ってること多いでしょ」
言われてみればそうか。俺がバイトに入るのは通常、月・木・土の三日間。月曜と木曜は浅井先生と被っているので、必然休みも被るのだろう。
「ところで最近本庄さんとはどう? 何か変わったことはない?」
「ま、いつも通りかな。朝から晩まで尾行されて、嫌なタイミングでちょっかい出されて。迷惑な話だよ、まったく」
「それは……何とかしないといけないわね」
半分冗談のつもりで言ってみたのだが、浅井先生は思いのほか深刻に受け止めているようだ。悪い人じゃないんだけど、やっぱりズレてるんだよなあ。クソ真面目というか何というか。
「本庄さん、結構無茶しそうだものね」
「まったくだ。前に部屋の中で監視カメラを見つけたことがあって、粉々になるまで破壊したっけな。『アレ高かったんですよ!』って逆ギレされたし」
「えっ、それ本当に大丈夫? 今もどこかから監視されてない?」
「ああ、たぶん大丈夫。もしアイツが近くにいたら会話に割り込んできてるだろうから」
「そう……貴方も苦労してるのね……」
浅井先生からの憐れみの視線が痛い。いっそ他の学生らのように遠巻きに眺めてくれる方が気は楽だ。そりゃ椿は鬱陶しいけど、別に同情してほしいわけじゃないしな。
「武永先生が困っているなら協力してあげたいわね」
「うーん、とは言え手伝ってもらうことなんか無い気もするんだよな」
「監視カメラや盗聴機を探すくらいなら私にもできるわよ。これでも霊媒師の孫なんだから」
浅井先生の異能にはまったく期待していないが、これだけ気にかけてくれているのに無下にするのは悪い気がする。でも相手にするのも正直面倒くさい。
「自分の部屋をざっと見渡してもそんな怪しい箇所はなかったけどな」
「でもほら、ストーカーの手口って巧妙で、充電口の裏に盗聴機をしかけてたりするらしいわよ。前にテレビで見たの」
「情報源がテレビなのか……」
ますます胡散臭い。前に会ったおばあさんは本物だったみたいだが、浅井先生本人はイマイチ頼りにならないんだよなあ。もうすぐ駅に着くし、適当に理由つけて帰ってもらうか。
「武永先生のいま考えてることを当ててあげましょうか」
「えっ?」
「『コイツはどうせあてにならないから適当に流して帰ってもらおう』とかそんな感じでしょ」
「うっ」
鈍いのか鋭いのかどっちかにしてくれ。まあ、俺が気のない返事ばかりしてたからバレたんだろうけど。
「そこまで言われちゃ浅井家の名が廃るわ。必ず貴方の家に隠された盗聴機を発見してみせるわよ」
「いや別にいいです」
「遠慮しないで! さあ武永先生の家はどっち!?」
面倒を回避しようとして余計面倒くさいことになった……この人も椿と同じで一度やると決めたらとことんやるタイプだからなあ……飽きるまで付き合ってやるしかないか。
「へえ、武永先生の家って結構片付いてるのね」
浅井先生は部屋をキョロキョロと見回しながら簡単な感想を述べた。盗聴機を探すためとは言え、あちこち見られるのは少し気恥ずかしい。
それに、同い年の異性が自分の部屋にいるというのもなんだか落ち着かない。椿が部屋に侵入してきた時とはまた違う緊張感がある。
「早速始めましょう」
浅井先生はカバンから紐のついた五円玉を取り出した。こっくりさんでも始めるつもりなのだろうか。いつも思うのだが、なぜオカルト界では五円玉が定番なんだろう。同じ穴空き硬貨なら五十円玉の方が価値が高いだろうに。
「この道具が気になる? 気になるでしょう。これはダウジング法と言って……」
「いいからさっさとやってくれ」
「むう……」
浅井先生は一瞬不満げな表情を見せたが、すぐに真剣な顔つきになり、静かに呼吸を整え始めた。型というか、作法みたいなものはちゃんとしてるんだろうけど、やっぱり何だか胡散臭い。
生ぬるい視線で浅井先生の吊る五円玉を見ていると、にわかに五円玉が振動し始めた。マジかよ。
「来てるわね。うんうん。南の方角、80センチ、下方向」
いや待てよ。その方向は……
「うん。間違いなくベッドの下ね。少し拝見させて……」
「待て待てストップ! やめて! 勘弁してください!」
「えっ、ちょっとどうしたの武永先生」
ベッドの下は非常にまずい。何がまずいか詳細は省くが、男には見られたくないものの一つや二つあるものだ。
「はい終わり終わり! ベッドの下は後で俺が入念に調べとくからもういいだろ!」
「ベッドの下に見られたらまずいものでもあるの?」
「見られたらまずいものしかないんだよ!」
「うーん……意味はよくわからないけど、武永先生がそこまで言うなら……」
浅井先生が聞き分けのいい人間で良かった。椿が相手だったら問答無用で家宅捜索が始まっていただろう。
性癖を開陳して平常心でいられるほど、俺のメンタルは強くない。
「他にも怪しい箇所がないか調べてみるわね……うーん、今度はこのパソコンを見てみましょう」
「やめろバカ!!」
「バカって言われた……」
さっきから何なんだ? 浅井先生は俺の性癖を探るために来たのか? ピンポイントで見られたくないところばっかり……
「私は邪気の感じられる場所を探っているだけなのに……」
「邪気とは何だ!俺は純粋な気持ちでだな!」
「武永先生、普段の冷静なキャラが壊れてるわよ……」
クソッ、浅井先生にまで突っ込まれてしまった。しかし考えてみれば年頃の異性の部屋を探ろうとするのがまずおかしいだろう。逆に俺が浅井先生の部屋を探ってみろ、即通報からの書類送検だぞ。まったく。
ふと浅井先生の方を見ると、彼女は目に見えて落ち込んでいた。ちょっとキツく言いすぎたか……?
「やっぱり私、才能ないのかなあ」
今さら気づいたのか? と喉まで出かかったが、浅井先生の表情があまりに悲愴感に満ちていて、茶化す気持ちになれなかった。
今まであんまり気にしてなかったが、浅井先生って結構整った顔立ちしてるんだな……悲嘆にくれる顔が映えるのは美人の条件だとどこかで聞いたことがある。
ってこんなゲスなことを考えている場合ではない。
「まあ、人生色々あるよな。失敗もするし恥もかく。納得できないことだって毎日のように起こるしさ、理想の生活になんて届く気もしないよな」
「武永先生……」
「それでもまあ、やっていくしかないんだよ。自分にできる範囲のことを、少しずつ。たぶんこうして空回ることにも意味があるんだろう」
「そう思うことにするわ……武永先生は優しいのね」
何だろうこの雰囲気。半泣きの女性と自分の部屋で二人きり。しかもその人はこちらを涙目でじっと見ている。気のせいか浅井先生との距離も近いように感じる。
「ねえ、武永先生……」
浅井先生の腕がスッと顔に伸びた瞬間、玄関チャイムがけたたましく鳴り響いた。同時に激しくドアが叩かれる。
「浅井さん! いるんでしょう! わかってますよ! 早く出てきなさいこの雌犬!!」
うーん……浅井先生より椿の方がよっぽど霊的な能力が強いんじゃないか?




