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C4―4 キャロラインの花束を その4

「いいよ」


「そうだよな……やっぱりそう上手くは……えっ?」


「だから、いいって」


「えーっと、それは『遠慮する』とかの『いい』って意味じゃなく?」


「しつこいなキミも……これ以上にボクに恥をかかせないでくれよ」


 村瀬は顔を赤らめて、斜め下の何もない空間に目を向けた。

 つられてそこに目線をやったが、小さなほこりが落ちている他めぼしいものはない。


 今起きている出来事に自分の頭が追いついてこなかった。

 なんで? こんなにあっさり?


「だって村瀬、あの時逃げてったよな?」


「そりゃあビックリしたからね。仲の良い友達としか思ってなかったわけだし」


「それに俺のことずっと避けてて……」


「あー……ちゃんと返事はするつもりだったんだ。ただ、良子ちゃんのことが気にかかっててさ」


「村瀬は女性の方が好きなんじゃ……」


「人の性指向は不変ではないものだよ。それに、武永くんが女の子であったとしてもボクの答えは変わらないさ」


 疑問点が全部解消されてしまった。だんだん頭がまとまってくる。

 そうか、村瀬は俺の気持ちを受けいれてくれるのか……


 しかし、現実を受け止めると今度は別の理由で脳が沸騰してきた。

 都合よく好きな人と結ばれるなんて、そんな現実があり得るのだろうか。これだけの幸福を飲み込めるほど、俺の器は大きいのだろうか。


 本当に? 本当にいいのか?


「硬直しないでくれ。ボクまで恥ずかしくなってくるだろ」


「いや、その、まだ現実味がなくて、ほら」


「じゃあこれでどうかな」


 村瀬は膝立ちになると、両腕で俺を包みこむように抱き締めた。

 柔らかな肌の感触と香水の甘い香りで頭がクラクラしてくる。

 心臓が異様な速さで脈打つのを感じる。気を抜けば今すぐにでも張り裂けそうだ。今ここで死ぬなんて勿体なさすぎるのに。


 俺の息が詰まりかけた瞬間、パッと村瀬の身体が離れる。

 急に支えを失った俺はそのまま前のめりに倒れたが、不思議と痛みは感じなかった。


「おっと、ごめんよ。でもこれで信じてくれたかな?」


「うーん、まだわからん。もう一回。もう一回ハグしてくれないか?」


「調子に乗るな」


 肩にパンチが飛んできて痛い。しかし悪くない感覚ではあった。

 俺はずっと、村瀬とこういう感じのやり取りをしたかったんだろうな……


「ああ、俺はなんて幸せ者なんだろう……」


「武永様……御目出度うございます……」


 ようやく顔を痛みを認知しながら起き上がると、伊坂がグズグズした涙をハンカチで拭っているのが見えた。

 そうか、伊坂はこれで正式に失恋したことになるのか。そりゃあ泣きたくもなるよな。


「悪い伊坂、お前の気持ちも考えずに目の前で……」


「いえ、違うのです……私は嬉しくて泣いております。武永様の満ち足りたお顔を見ると、私の胸まであたたかくなる模様で……」


「伊坂……」


 涙を流しながら笑う伊坂の顔を見ていると、こちらまで胸が詰まりそうになってきた。


 そうか、伊坂の俺に対する気持ちにも偽りはなかったのか。

 今まで疑ってしまったことを詫びたいものだ。


 今すぐ伊坂のことも抱き締めてやりたい気分だったが、さすがに村瀬の前でそんなことはできないか。


 どうにか伊坂にこの気持ちを伝えたいが、良い方法が思いつかず途方にくれていると、ふいに村瀬が俺の肩を叩いてきた。


 驚いて村瀬の表情を確認すると、彼女は微笑みながら小さく頷いていた。

 その仕草を見るだけで俺も涙が堪えきれなくなってくる。


 そして、三人で円陣を組むような格好で泣き通した。

 誰からともなく嗚咽が始まり、その合唱は次第に大きくなり、さらに時間が経つとまたすすり泣きに戻っていった。


 嬉しさに堪えきれず泣いたのなんて、いつぶりだろうか。

 古い記憶はなかなか思い出せないが、それでも良かった。

 何より今が大事なのだ。三人で泣き尽くす、今この瞬間が。






「しかし武永くん、なんで良子ちゃんじゃなくてボクを選んだんだ? 自分で言うことではないが、ボクは結構面倒な人間だぞ」


「うーん……」


「何かこう、深い事情があるんだろう?」


「決定的なポイントは……」


「ふむ」


「足首、かな」


「そんな理由で!?」


 村瀬は呆れて大声を上げたが、俺にとっては結構大事な理由ではある。

 どこで聞いた言葉か忘れたが、「迷ったら性癖に従え」なんて言葉もあるくらいで、感覚に従うことも人生の指針となりうるのだ。


「ま、まあ……他にも魅力的な女の子がいる中でボクを選んでもらえたのは光栄なことだね……」


「村瀬こそどうなんだ? 俺と付き合ってくれるってことは何か深い理由があるんだろ?」


「ん? 武永くんはなんだかんだ無茶も聞いてくれるし、何より女装姿が可愛いからね。そこで100点加算って感じかな」


「お前も似たようなもんじゃねえかよ!」


 今度は俺が村瀬の発現に呆れつつ、三人ぶんのコップを用意して水を注いだ。

 泣くと喉が渇くものだ。あとで塩分も取っておかないとな。


「伊坂くんはどうだい?」


「私は武永様の優しさに惹かれまして……」


「やっとまともな意見が出てきたな」


 伊坂は恥ずかしそうに自分のうなじをさすりながら述べ始める。

 ちょっとした仕草とかは可愛いんだけどな、コイツ……


「優しい殿方に首を締められながら死ぬのが私の夢でして……」


「突然不穏な性癖を開帳するな」


「『優しい人に殺されたい』ってところが特に闇を感じるね……」


 そうして俺たちは、三角関係にあった男女とは思えないほど和気あいあいと話し続けた。

 こんな日々がずっと続けばいいのに、なんて思ってしまうのは、きっと俺が無責任だからだろう。伊坂を選ばなかった俺の、益体のないわがままな気持ちだ。






「善きものを見させていただきました……では、お邪魔虫はそろそろ退散ということで」


 目頭の腫れもすっかり収まった伊坂が、しずしずと立ち上がる。

 名残惜しそうには見えるが、彼女を引き留める資格は俺にはない。


「ん? どこに行くんだい伊坂くん」


「これ以上睦まじいお二人の慶福を汚すわけには……」


「汚すも何も、キミだって幸福になる側だろう?」


 村瀬はキョトンとした表情を見せたが、伊坂はそれ以上に不可解な顔色を浮かべていた。

 なんだか歯車が噛み合っていない雰囲気だ。


 かくいう俺も、村瀬の言わんとするところが理解できていない。

 失恋した伊坂が幸福? 嫌味や皮肉で言っているわけではなさそうだが……



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