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C4―1 キャロラインの花束を その1

「それで、結局どうなったのー?」


 喜多村さんはエスプレッソを傾けつつ尋ねてくる。

 地下にあるこのカフェは人が少なくて落ち着く。喜多村さんもいい店を知っているものだ。


「どうもなってませんよ。あれから村瀬には避けられてますし」


「それは大変だねー」


 コトリ、とカップをソーサーに戻しながら喜多村さんはふにゃふにゃと笑った。ちっとも「大変」とは思っていない素振りだ。


 彼女の気の抜けた声のお陰でなんとか冷静に話せているが、実を言えば今でも頭の中はグチャグチャ状態。

 告白に対して返事すらしてもらえないことがフラれるよりつらいだなんて、知りたくなかった。


「で、武永君はこれからどうするのー?」


「だからどうしようもないんですよ。避けられてる間は村瀬に話しかけるすべが無いでしょう」


「そっちじゃなくてさー」


 喜多村さんが何を、というか誰のことを指しているのかはわかっていた。

 しかし「彼女」のことを話題にされると俺も困ってしまうのだ。その相手ともあれからロクに話せていないのだから。


「伊坂ちゃん、寂しがってるんじゃないかなー」


「そうかもしれませんね……でも、何て声をかければいいのかわからなくて。このままじゃダメってことだけは認識してるんですが」


「まあいいんじゃないかなー。これも青春、あれも青春ってことで」


 喜多村さんはスマホをいじりつつ雑な返事をよこした。

 俺の話に興味があるのか無いのかよくわからないが、今はその気軽さがありがたい。

 深刻になっても仕方ないのは事実。惚れた腫れたで揉めるくらい、青年期にはよくある話なのだ。


 頭ではわかっていても、心が追いついていないわけだが……


「というか、村瀬ちゃんの心理は君もよくわかってるんじゃないのー」


「え? なんで俺が」


「君が伊坂ちゃんにやってることと、村瀬ちゃんが君にやってることは同じでしょー?」


 言われてみればそうか……村瀬も俺と同様に、好意を示してくる相手にどう接すればいいのかわからなくなっただけなのかも。


「まあ村瀬ちゃんが本気で君を拒絶してる可能性もあるんだけどねー」


「上げて落とすのやめてくださいよ本当……」


「ごめんごめーん。ちょっとからかってみただけー」


 俺が机に落とした頭を喜多村さんがポンポンと叩いてくる。

 昔、姉にそうやって慰められたことを思い出した。まあウチの姉はここまでだらしない人ではないが……


「実際、俺は何から始めりゃいいんですね。村瀬のこと、伊坂のこと、ついでに椿の奴も放っとくと厄介でしょうし……」


「まあ一つずつやってくしかないよねー。まずは伊坂ちゃんじゃないかなー」


「伊坂、ですか……」


 俺が村瀬のことを好きな以上、伊坂と付き合うことはできない。


 ただ、そもそも俺は伊坂から「付き合ってほしい」とは言われてないのだ。

 むしろアイツは俺のことを応援するとか言ってたぐらいで、だから返事も何も伝えようがない。


 喜多村さんの言う通り、伊坂のことは悩んでも仕方ないのかもな。

 これまで通り接するのは難しいとしても、徐々に話せるくらいにはならないと、バイトにも支障が出るし。


「でも伊坂ちゃんには感謝しなきゃだよねー」


「はあ? アイツのせいで事態がこじれてるんすよ? 恨みこそすれ、感謝なんて……」


「でもあの子のお陰で村瀬ちゃんに思いを伝えられたんでしょー?」


「事故みたいなもんですけどね」


「なら聞くけどさー、事故じゃなく自分から村瀬ちゃんに告白できた?」


「それは……」


 喜多村さんにスプーンを向けられた俺は、返す言葉に詰まってしまった。

 彼女の言う通り、俺は何かと言い訳を考えては村瀬に想いを伝える努力をしてこなかったのだ。


 かなり強引なやり方ではあったが、確かに伊坂は俺を応援してくれていたのかもしれない。ただ……


「このまま村瀬にフラれたら伊坂のやったことは余計なお節介になりますよね?」


「フラれないと思ったから伊坂ちゃんもこうなるよう仕組んだんじゃないかなー」


「どうだか……」


 結局、喜多村さんに対しては相談というより愚痴を聞いてもらう格好になった。

 しかも今度はなぜかお茶代までご馳走になって、いよいよ頭が上がらない。

 ニート志望なのにやけに羽振りがいいな、とは思ったが、余計なことは言わずお礼だけ伝えておいた。


 さて、明日のバイトで伊坂と顔を合わせるわけだが、どうやって話しかけようか。






「武永様、ぜひ私の顔を踏んでくださいませんか……」


 まだ俺たち二人しか来ていない講師控え室で、伊坂はいきなり平伏の姿勢を取った。

 なんだ? 今日はそういうプレイなのか? まだ心の準備ができていないのだが。


「よ、よーし。じゃあとりあえず俺の唾を額で受け止めることから始めるか」


「えっ……なぜそのようなことを……」


 伊坂はちょっと困ったような上目遣いを向けてくる。

 待て待て、お前に匙を投げられたら俺がただの鬼畜野郎みたいじゃねえか。

 伊坂に合わせるつもりで言ってみたのになんだこの仕打ち。


「なんだよ伊坂……今日はSMの気分じゃねえのか?」


「いえ、その……私はただ、一言謝りたく……」


「あー……」


 どうやら伊坂は俺が彼女を避けていた理由を勘違いしているようだ。

 別に俺は怒っているわけじゃなく、伊坂の好意に向き合う勇気が無かっただけなのだが。

 どうも最近は気持ちのすれ違いが多いな。恋愛ってやつは、そもそも錯綜しやすいものなんだろうけど。


「俺は別に怒ってねえよ。だからそんなに怯えるな」


「そう、ですか……まだ私のことを愛すべき奴隷と見なしてくださいますか?」


「奴隷だと思ったこともないんだがな……まあ、お前が望むなら今まで通り仲良くできるさ。村瀬を呼び出したのも俺のためにやってくれたんだろ? 責めるつもりはねえよ」


「ありがたき幸せ……」


 安心したのか、伊坂は姿勢を崩してグスグスと泣き始めた。

 人に見られたら誤解されかねない場面だ。早く泣きやんでほしいのでハンカチを差し出す。


 泣き続ける伊坂の頭を撫でていると、次第に落ち着いてきたようだ。


「ところで武永様は、村瀬さんと最終的にどのような関係になりたいのでしょう……」


「どう、って……そりゃ付き合えるに越したことはないが」


「それは村瀬さんをM奴隷にしたいということでしょうか、あるいはあの方を女王様として崇めたいということでしょうか」


「お前にはその二択しか想像できないのか……」


「冗談はさておき、お話をする機会は必要でしょうね……」


「でも村瀬には避けられてるし、話すことすら難しいんだよなあ」


「それならば私にお任せを……」


 伊坂がニヤリと妖しい笑みを浮かべる。

 微妙に信用ならないが、今は藁にもすがりたいところだ。

 セッティングは伊坂に任せてみるか……


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