⑮ ヤンデレと奇人
食堂での遭遇以来、リーちゃんからはよくメッセージが来るようになった。どうやら諸星が勝手に俺の連絡先を教えたらしい。
連絡をよこしてくるのは構わないんだが、毎朝占い的な文章を送ってこられるのはちょっと困る。
「今日のラッキーアイテムはインパラです」
「インパラ連れ歩いてるやつ見たことある?」
「一度見てみたいなあ、と思いまして」
「いやそれもう幸運なのリーちゃんだけじゃん」
「ちなみにインパラってシカ科じゃなくてウシ科なんですよ。知ってました?」
「マジで!? 見た目鹿なのに!?」
「知識が増えましたよ。これはもうラッキーと言っても良いのでは」
「占いってそんな力づくで叶えにいくもんじゃないだろ……」
というやり取りをほぼ毎日している。たまに深夜にもメッセージがくる。勘弁してくれ。
この話を諸星に聞かせたところ、「モテ期じゃん! モテ期!」とゲラゲラ笑われたので二度とアイツには相談しないと決めた。モテというか、リーちゃんからしたらいい遊び相手ができたくらいなものだろう。何考えてるか全然わからない子だし、恋愛的な感情を持ったことがあるのかすら怪しい。
「先輩、またあのロリっ子とメッセージを……」
「うおっ、椿か。人のスマホを覗くな」
「いい加減私たちの仲をわからせてやらないといけませんねえ」
「俺これから二限あるんだけど」
「あの子は理学部でしたね? LANSの食堂で待ち構えてたら捕まるかもしれませんね」
「いや二限が……」
「ここは早めに行くしかないでしょう。講義と私、どっちが大事なんですか?」
「講義だけど……」
無理やり連れていかれた。
ちなみに、椿曰くLANSとは文学部、農学部、自然科学、理学部の英訳から頭文字を取ったものらしい。またどうでもいい知識が増えてしまった。
しかしこの食堂は教育学部所属の俺にとって、あまり馴染みのない場所ではある。メニューは俺の普段行く食堂と大差ないようだ。徒歩10分ほど離れてはいるものの、同じ大学の食堂だから当たり前か。
果たせるかな、二限終わりのチャイムが鳴って少しすると、リーちゃんが友人ら数人と食堂へ向かってきた。あんな奇矯な性格なのに普通に友達はいるんだな…
「竜田川莉依。ちょっと来なさい」
そこにためらわず突っ込んでいく椿はやはり頭がおかしい。遠慮とか配慮とか、そういう社会常識は無いのか。
「果たし合いですか、受けて立ちましょう」
対するリーちゃんも並の人間の対応ではない。一方リーちゃんの友人たちは、「がんばってねー」と手を振りながら食堂へ入っていった。明らかに異常事態だと思うんだけど、なんでみんな平常心なの? むしろ俺が変なのか?
「何かご用でしょうか」
「とぼけてんじゃないわよ。私の先輩に手出ししといて」
「ナガさんはこの方の所有物だったのですか?」
「いや違う違う。コイツただのストーカーだから」
「なるほど、確かに背後霊に見えなくもないですね」
「は?」
椿にその対応はマズいだろ……とは思ったものの、変にリーちゃんを庇うと余計に話がこじれそうだ。まあ口喧嘩のうちは静観して、手荒なことになりそうなら止めに入るか……
「アンタには慰謝料を請求するわ。アンタのやってることは不貞行為なの。わかる?」
「ほう、今時の霊は金銭を要求してくるのですね。やはりあの世でも通貨制が採用されているのでしょうか」
「先輩、コイツ殴っていいですか? 一発。ちょっとだけ。ね? 少しならいいですよねこれ」
ああ完全にキレてるわこれ……薄々気づいてたけど、リーちゃんと椿は相性が悪すぎる。
「まあまあ落ち着けって椿。お前も最初から喧嘩腰でいくからダメなんだよ」
「ま、まあ先輩がそう言うなら……」
「そうです、リラックスは大事ですよ」
「は? やっぱ喧嘩売ってるでしょ。泥棒猫の分際で……」
「にゃー」
「ああもう殴る。絶対に殴る」
「オイオイオイ待て待て待て。リーちゃんも一旦煽るのやめようか、な?」
今にもリーちゃんに食ってかかろうとする椿を羽交い締めにしながら、何とかリーちゃんにも呼びかけてみる。わざと椿を煽ってるわけじゃないとは思うが、このままでは俺まで割を食いそうで困る。
「椿、とりあえず自己紹介しよう。いきなり知らんやつに絡まれたら誰だって困惑するだろ?」
「……一理ありますね」
どうにか椿を宥めすかす。リーちゃんも大人しくしてくれているので、今なら何とか会話ができそうだ。
「私は本庄椿。文学部の二回生よ。数年後に武永椿になるけどね」
「バキさんですね」
「格闘漫画みたいになったな」
「じゃあジョーさんで」
「ボクシング漫画かな?」
「さすがナガさん。ツッコミが的確」
「よせやい」
「なに私抜きで盛り上がってるんですか!!」
やべ……また噴火した。今のは俺もちょっと悪い気がする。
「落ち着けって椿! この子とは何もないから! そう、リーちゃんは妹。妹みたいな感じだから」
「イエス、マイブラザー」
「その仲良い感じが腹立つんですよ!!」
何を言っても火に油を注ぐようだ。こんなに叫ぶ椿を見たのは初めてだが、珍しさに感心している場合ではない。今も俺の羽交い締めを破ろうと必死でもがいてるし。何とかこの場を収めないとリーちゃんの生命が危ない。
「うーん」
「どうしたリーちゃん! 考え込む暇があったら逃げた方がいいぞ!?」
「いえ。この人がナガさんの奥さんになるのであれば、わたしはこの人の妹になるのかな、と思いまして」
その時、椿の抵抗がぴたりとやんだ。
「それはつまり、私を先輩の伴侶として認めたってこと?」
「そういう可能性もあろうかと」
「ふ、ふーん……アンタ、意外と悪い子じゃないのかもね」
チョロすぎる。さっきまでの威勢の良さはどこにいったんだ?
「姐さんとお呼びしてもいいでしょうか」
「まあ悪くない響きね。許可しましょう」
「ありがたき幸せ」
「どうしましょう先輩、なんかこの子ちょっと可愛く見えてきました」
「まあ根は悪い子ではないからな……」
椿がヒソヒソとこちらに耳打ちしてくる間、リーちゃんは退屈そうにあくびをしていた。この子の動じなさはどこから来るんだろう。少し見習いたくなるレベルである。
「それでは姐さん。私はいい加減お腹がペコなので」
「無理に引き留めて悪かったわね。とは言え、先輩へのメッセージや電話は程々にしておくのよ?」
「ヤー」
なぜかドイツ語で返事をして、リーちゃんはぬるりと食堂へ吸い込まれていった。そう言えば俺も腹減ったな。椿がお手製の弁当をチラチラと見せてくるが、無視して売店に入る。今日はカップ麺が食べたい気分なのである。
リーちゃんは無事友人と合流できたようであり、一件落着といったところか。
ちなみにカップ麺はお湯を入れて3分経つ前にすべて椿に食べられてしまい、結局椿の弁当を食う羽目になったのだが、それはまた別のお話。
そしてその夜。リーちゃんから「義妹との結婚ってどう思いますか? アリですか? ナシ寄りのアリですか? アリ寄りのナシ寄りのアリですか?」という不穏なメッセージが来たが、深く考えないことにした。
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