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⑭ チャラ男と奇人

 昼休み、ざわざわと騒がしい食堂で諸星はきつねうどんを啜っている。今日は珍しく椿の監視が無いので、のびのびとした気分だ。妖怪みたいなやつだが、あれでも一介の学生なので用事だってできるのだろう。いつも俺に構ってるわけにもいかない。

 それにしても麺類しか食わないのか諸星は。俺も毎日B定食ばっかり食ってるから、あまり人のことは言えないのだが。

 それはそうと、今日は諸星に訊いてみたいことがあったのだ。


「前に『学内四大変人』とか言ってたけど、椿と浅井先生以外は誰がいるんだ?」


「んー?」


 諸星は箸を静かに置き、呆れた顔でこちらに向き直った。


「何? やっぱお前変わった女の子がタイプなわけ?」


「そういうのじゃねえよ。っていうか四人とも女性なのか?」


「お前本当に知らねえんだなあ。一人は俺のサークルの後輩だから呼べば来ると思うけど」


「いや、そこまでは……」


 止める間もなく諸星はスマホを取り出し、電話をかけ始めていた。思いつきで行動するのも悪いことばかりじゃないが、時々その唐突さについていけなくなる。


「おっ、リーちゃん? 今どこ? あっそう。鶴甲(つるかぶと)の食堂来たらメシおごってやるよ」


 諸星は手短に話を済ませ、鞄にスマホをしまう。手際がいいというか、性急というか……

 それに、リーチャンってなんだ? 留学生か?


「来るってよ」


「話が急だな……そもそも会っても話すこともないんだが」


「まあそう言うなよ。会って損はないと思うぜえ。可愛い子だしな、ある意味」


「ある意味って?」


「まあ見ればわかるさあ」


 それから5分ほど経って。


「ボシさん、お疲れ様です」


「おー、リーちゃん。やっと来たか」


 諸星の隣に座った女の子は、とても大学生とは思えない容姿だった。高校生か、もっと言えば中学生にも見える。背が低いだけでなく、丸顔で目が大きいせいか余計に幼い印象を受ける。ショートボブの髪型は割と似合っているのだが。


「このロリコンお兄さんがメシおごってくれるらしいぞお」


「初対面の人間に不穏な印象を与えるな」


「ロリコンに借りを作るのは不安ですが、どうしてもというなら」


「君も失礼だな!?」


「ああ、すみません自己紹介がまだでしたね」


「いやそこじゃなくて」


竜田川莉依(たつたがわりい)と申します。理学部の一回生です。スケコマシのボシさんがいつもお世話になってます」


 なんだこの子……諸星の言う通り、かなり癖のある性格らしい。毎回ツッコまないと会話にならない気がする。椿や浅井先生とはまた違う方向で対処しづらい。


「あー……俺は武永。よろしく」


「ナガさんですね、よろしくです。とりあえずお昼にしましょうか」


「そうだぞ武永ぁ。さっさとおごってやれ」


「っていうかお前がおごるんじゃないのか。先輩だろうが」


「俺は口説く時以外おごらない主義なの」


 諸星はヒラヒラと手を振って俺とリーちゃんを急かした。まあアイツと議論してもしょうがない。リーちゃんからすれば急に呼び出されたわけで、その償いくらいはしてやるべきだろう。


「えーっと、リーちゃんは何が食べたいんだ?」


「懐石料理ですかね」


「食堂にそんな豪勢なもんはねえよ……」


「仕方ないですね、シャトーブリアンでも良いですよ」


「ダメだこの子会話が成り立たねえ」


 ここまでリーちゃんはひたすら真顔で話しているので、どこまで本気で言っているのか全然読めない。今更ながら諸星に「学内四大変人」の話を振ったことを後悔し始めていた。


「冗談です。B定食でいいですよ」


「なんでおごられる側なのにちょっと態度デカいの」


「サークルでは『小さな巨人』と恐れられてますからね」


「へえ……」


「まあ嘘ですけど」


「嘘かあ」


 助けてくれ諸星。俺にこの子の相手は荷が重すぎる。

 しばしの沈黙。このままだと間が持たないので、とにかく何でもいいから会話をしないと。


「そういや諸星のサークルの後輩なんだよな? じゃあリーちゃんも何か楽器やってるのか?」


「はい、パーカッションを少々」


「パー……?」


「いわゆる打楽器のことですね。木魚から銅鑼(どら)まで叩けるものは何でも叩きます」


「なんかアジアの方面に偏ってない?」


「まあ実際に叩くのはティンパニばっかりですが……」


「なんでちょくちょく意味ない嘘つくの?」


「性分なので」


「性分か……そっか……」


 本当に何なんだろうこれ。このリーちゃんって子もわざと俺をバカにしているのでは。もしかして諸星に一杯食わされたか?あり得ない話ではない。

 うだうだ悩んでいると、リーちゃんが俺の顔をじっと見上げていることに気がついた。


「ナガさんはボシさんと違って真面目な方なんですね」


「ナガさん? ああ、俺のことか……諸星のヤツが不真面目すぎるだけだろ」


「ではなぜ不真面目な方と仲良くされているのですか?」


「なぜって……友達だからな」


「なぜ友達になったんですか?」


 やけに食い下がってくるなこの子……もしかして諸星のファンなのか?胡散臭い風体だが結構モテるしなアイツ。


「何だろうな……アイツといると、退屈しないんだよ。腹立つことも色々あるけど」


「なるほど、ナガさんはゲテモノ食らいなんですね」


「ゲテモノって……仮にも君の先輩だろう」


「わたしもボシさんとは仲良しですから。それに、内心あの人のことは尊敬もしてます。あっ、B定食が来たみたいですよ。運んでください」


 おごらせるうえに荷物持ちまでさせるのか。身体は小さいのに態度はデカいなこの子。

 しかし「ゲテモノ食らい」か……語感は悪いがあまり否定もできない。俺の周りは変な奴ばっかりだと思っていたが、何のことはない。俺がその「変な奴」を心の奥底で求めているなら、そういう連中が集まるのは必然だ。

 そもそも俺自身が変な奴の可能性だってあるのでは。


「安心してください、ナガさん自身はフツーですよ。フツーにフツーです」


 そんな俺の心中を見透かしたかのように、リーちゃんが囁いてくる。驚いて定食を乗せたトレーをリーちゃんの頭にぶつけそうになったが、彼女は器用にひょいとかわしてみせた。


「そうか……俺は普通、なのか」


「強いて言うなら普通の人より器が大きいぐらいですね。わたしやボシさんは己のスタイルを曲げられないですが、それについてくるのはなかなか見所がありますよ」


 相変わらず表情は読めないが、言葉からするとリーちゃんは俺のことを誉めてくれているようだ。いや、本人に誉めるつもりはなくて、思ったことをそのまま口に出しただけなのかもしれないが。

 自分では器が大きいなんて大層なものじゃなく、ただ「ものぐさ」なだけだと思うが。


 諸星のいる席に戻ると、ヤツは熱心にスマホで文章を打っていた。大方また女に連絡を取っているのだろう。ご苦労なことだ。


「おっ、リーちゃん武永と仲良くなった?」


「バッチリです。ブラザーと呼び合う仲になりました」


「いや君はシスターだろ……」


「ヒャヒャヒャ! 本当に仲良くなってんだなお前ら! ウケるわ」


「これからも御馳走になります」


「ブラザーにたかるな」


 しかし椿がいない日で良かった。こんな風に女の子と話してたらどんな因縁をつけられるか……


「おお武永、スマホ鳴ってんぞ」


 マナーモードにしていて気づかなかったが、鞄を探ると確かにスマホが振動していた。電話? 誰からだろう。


「もしもし?」


「先輩、何なんですかそのロリっ子は。今から行くので逃げないでくださいね」


 ……とりあえず着信拒否にしてその場から走って逃げることにした。後ろから諸星の叫ぶ声が聞こえた気がするが、振り向いている暇はない。

 このままだと俺の代わりに諸星が椿から尋問を受けることになるだろうが、許せ。友よ。俺はまだ死にたくない。

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