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B5―4 ジャーミネイション その4

 麻季ちゃんが両手を開くと、その手のひらにはそれぞれ一つずつ目玉がついていた。

 ちゃんと麻季ちゃんの感情にリンクしているらしく、ギョロギョロした目がこちらの顔色をうかがってきて不気味だ。


 驚いて彼女の顔を再度見ると、彼女がかたくなにまぶたを閉じている理由がようやくわかった。

 理由や原理はさっぱりわからないが、とにかく麻季ちゃんの目は顔から手のひらに移動したらしい。


「麻季ちゃん、それ、なんで……」


「わ、わかりませんよ……私が訊きたいくらいです」


「シャンプーする時大変じゃないですか?」


 俺の横からリーちゃんがニュッと顔を出して尋ねる。

 そういう問題じゃねえだろ……それとも女の子にとっては死活問題なのか?


「そこは別に……どうせシャンプーする時は目をつぶるし……」


「そうですか、なら大丈夫ですね」


「大丈夫ではなくない!?」


 さすがに見ていられずツッコんでしまった。まあ、俺と麻季ちゃんだけなら狼狽えることしかできなかったろうし、冷静なリーちゃんがいてくれるのはありがたいことなんだが。


「しかしそんな姿じゃ大学には行けんわな……」


「そう。そうなんです……もう私、どうすればいいのか……」


 麻季ちゃんの目(手)からポロポロと涙がこぼれてくる。

 位置が異常なだけで、目としての機能はちゃんと働いてるようだ。

 だからこそ、余計に異様さが目立つのだが。


「趣味のギャンブルもできないんじゃないか?」


「あっ、ネットでも馬券は買えるので……先週はちょっと勝ちました……」


「たくましいなオイ。もう放っておいてもいいか?」


「ひどい……私はこんなに悩んでるのに……」


「そう言えばマキマキさんはメガネかけてましたけど、ちゃんと見えてます?」


「う、うん。コンタクトは入るから……」


 リーちゃんは麻季ちゃんの手を取り、珍しい標本でも見るようにジロジロと眺め回した。

 質問がいちいちズレているおかげで、どうにも緊迫感が無い。


 どうやら麻季ちゃんも最低限の生活はできているみたいだが、ずっとこのままというわけにはいかないだろう。


「こういう怪現象なら椿に訊けばいいんじゃないか?」


「ダメなんです……椿ちゃん、スマホも持たず自分探しの旅に出ちゃって」


「肝心な時にどこ行ってんだアイツ……」


 まあ、いない人間をあてにしても仕方ない。やはり浅井先生のおばあさんに相談するのが無難か? でも、すぐに連絡がつくかはわからないし、麻季ちゃんの単位がヤバいことを考えるとあまりのんびりしてられないが……


「またぐーぐる先生に頼りましょうか」


「前回それで失敗しなかったっけ?」


「知識が無いよりはある方が良いはずです。かのキュリー夫人も『人生に恐れるべきことなんてない。あるのは理解すべきことだけ』と述べていたそうですよ」


「その割にリーちゃんたまにビビってない?」


「わたしはまだまだヒヨッ子ですからね。いずれ武永夫人として功なり名を遂げる予定ですが」


 俺の懸念もよそに、麻季ちゃんのノートパソコンを勝手に開いたリーちゃんは検索を始めた。

 ためらいなく人のパソコンを開けるあたり、さすがのリーちゃんである。


「医学の症例は無さそうですね」


「そりゃあな。あったらテレビとか出れるだろ」


「楽して稼げたりとか、するのかな……」


「麻季ちゃんも乗るな。不便ではあるんだろ?」


「はい……デリバリーと宅配でなんとか生きてますが、ずっとこんな生活はさすがに……」


 ああでもない、こうでもない、とブツブツ言いながらもリーちゃんはキーボードを打ち続ける。

 何か手伝ってやれることがあればいいのだが、彼女が集中している今は手出ししない方が良さそうだ。


 ふいにリーちゃんの手が止まり、首を傾けて

こちらを振り向く。ついに手がかりを見つけたのだろうか。


「強いて言うならこれっぽいですね。妖怪の『手の目』」


「妖怪……!? わ、私、妖怪になっちゃったの!?」


「落ち着いてください。仮に妖怪になっていたとしても、元は人間ですから、戻る方法もあるでしょう」


 画面に食いつく麻季ちゃんの後ろから、パソコンの画面を眺めてみる。


 「手の目」はその名のとおり手のひらに目がついている妖怪で、江戸時代の絵巻物に載っているらしい。

 岩手の民話にも登場する妖怪だが、いかんせん情報が少ない。調べている限り解決策や退治の方法はみつからなさそうだ。


 常人が「手の目」に変化するエピソードと言えば、殺された盲人が執念から妖怪変化を起こしたものがあるけれど、今のシチュエーションにはそぐわない気がする。

 麻季ちゃんの血色の良さを見るに、実は死んでたってことは無さそうだし、そんなに強い恨みを抱えているようにも見えないし……


 となると、もっと別の理由か。「手の目」という妖怪の特徴を詳しく調べて、そこから推察してみたりとか……

 できることなら早く解決して、麻季ちゃんには大学に復帰してもらわないと。知り合いが不如意な理由で留年するのはどうにも気の毒だ。


「有用な情報はなかなか見つかりませんね。諦めますか」


「早い早い。それにリーちゃんもこんな半端なところで退くなんて不本意だろ?」


「それはそうですね。乗りかかった船なら沈むまでは操舵せねば」


「沈没する前提なのか……」


 グス、グス、と麻季ちゃんが鼻をすする音が聞こえる。そりゃ憂鬱にもなるよな、いきなり妖怪になって、解決策も無いなんてそんな……


「麻季ちゃん、不安なのはわかるけど、悲観しすぎないようにな。俺たちが役に立たなくてもさ、椿を探したり知り合いを頼ったり、色々手段はあるしな」


「ち、違うんです……ただ」


 麻季ちゃんは手(目)をハンカチで拭いつつ、途切れ途切れに答えた。


「お、お二人は、どうして私をこんなに気にかけてくれるんですか……ひどい態度、取っちゃったのに……」



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