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B5―3 ジャーミネイション その3

 モアちゃんと伊坂が揃って相談にやってくるなんて、どうせロクな話じゃないだろう。

 椿がらみで何か厄介なことでも起きたか? 本題に入る前から嫌な予感がビンビン伝わってくる。


 とはいえ、無視しても面倒くさいんだよな。コイツらの場合は……

 何の頼みだか知らないが、テキトーに理由をつけて断るか。


「で、何の用だよ」


「実は麻季っちが……」


「そっちか……」


「そっち? ああ、つばっちなら自分探しの旅に出てるっすよ。そこは心配してないっす」


 友達なら心配してやれよ、と思わなくはないが、今は椿のことはどうでもいいか。さて、麻季ちゃんの身に何かあったのだろうか。


「それが、麻季っちが全然姿を見せてくれないんすよ。賭場にもさっぱり顔を出してないとか」


「また行方不明か? なんか前にもあったな」


「いえ、電話とかは出てくれるんすけど……なんて言うか、ひきこもりみたいに家から出ようとしないんすよね」


「それを俺らに言われてもなあ。仲良い君らが呼んでもダメなら、俺らも無理だろ」


「麻季っちがひきこもる直前に聞いたんすけど、武永さんたちとケンカしたんすよね? それが原因なんじゃないかと思ったんす」


「もし俺らが原因だとしたら、余計に出てこなくなるんじゃないか?」


「その可能性はあるんすけど、どうせアタシらだけじゃ手詰まりなんで。ダメならまた別の方法を探るっす」


 うーん、正直に言えば関わりたくないな。麻季ちゃんとはあんな別れ方をしたところだし、椿がいないなら麻季ちゃんを構ってやる理由も無いし。

 麻季ちゃんにどんな事情があるのか知らないが、俺やリーちゃんが行ったところで彼女だって別に喜ばないだろう。


「何とかお願いできませんでしょうか、武永様……(わたくし)、麻季さんが心配で」


「でもなあ」


「私や百愛(もあ)さんを助けると思って、どうかお慈悲を……」


「んー……リーちゃんはどうしたい?」


 斜め下に見えるリーちゃんの顔色を窺うと、彼女もパッとこちらを向き、視線がぶつかった。

 なんとなくわかる。きっと彼女も迷っているのだろう。散々迷惑をかけてきた麻季ちゃんを助けるか否か。


「わたしは、ナガさんの判断に従います」


 俺の目をじっと見ながらリーちゃんはそう言いきった。

 彼女の目は落ち着いて、それでいて意志を感じる色をたたえている。

 思考停止や責任放棄ではなく、俺の決めた方針にあくまで従うという、決意のあらわれだろう。




 さて、どうするべきかな。




 麻季ちゃんをはじめ、椿の友人たちには迷惑をかけられっぱなしなのだ。別に彼女らを救わなくたって責められる謂われは無いだろう。

 深入りしたところでまた面倒に巻き込まれるのは決まっているのだ。

 もしかしたら、また恩を仇で返されることになるかもしれない。

 麻季ちゃんの側からしてもケンカした俺たちが来たところで気まずいだけのような。


 よし、やっぱり断るべきだな。モアちゃんや伊坂には悪いが、俺たちは暇でもお人好しでもないのだ。

 この話は聞かなかったことにして、週末はリーちゃんとデートに行こう。

 リーちゃんの生まれ故郷、広島に行きたいって話も前からしていたのだ。

 そうだ、帰って旅行プランを練るのが良さそうだな。宮島に行ったり、お好み焼きを食べたり、つまらないことは忘れてパーッといこう。






「って思ってたのになあ」


 気づけば俺とリーちゃんは麻季ちゃんの住むマンションの前にいた。


 一度は二人で俺の家に帰り、広島行きの旅行誌を眺めたりしていたのだが、どうにも落ち着かず。

 やがてどちらともなく出かける準備をし始め、いつの間にやらこの場所にたどり着いていたのだ。


「来ちゃいましたね」


「そうだな……」


 別に麻季ちゃんのために来たつもりはない。ただ俺たちは、スッキリした状態で旅行に出掛けたいのだ。

 旅に出るなら荷物は軽い方がいい。片付けられるものは片付けておきたい、たったそれだけの気持ちだ。


「マキマキさん、生きてますかね」


「怖いこと言うなよ……モアちゃんの電話に出てたのも幽霊だってのか?」


「そうでなければ姿を見せられない理由が思いつかないので」


「確かに不可解ではあるんだが……」


 家の前でグダグダ話し合っていても仕方ないので、ひとまずインターホンを押してみる。

 俺たちの姿はカメラ越しに見えるだろうし、もしかしたら応答すらしてくれないかもな。

 それならそれで、諦めがついて楽なのだが……


「はい」


 突然インターホンから声が聞こえて、身がすくんでしまった。リーちゃんが幽霊とか言うせいだ。断じて俺がビビリだからではない。


「ひ、久しぶり麻季ちゃん。大学来てないらしいな」


「そうですけど……悪いですか?」


「いや、責めたいわけじゃなくてだな……」


「とにかく部屋に入れてください。マキマキさん」


「嫌だってば」


「では出てくるまでわたしのインターホン百裂拳をお見舞いしましょう。あたたたたたた」


「わ、わかった。わかったからやめて……」


 インターホン越しに諦めの声が聞こえ、同時に解錠の音がした。




 麻季ちゃんの住む階まで到達したが、今のところ異変らしい異変はない。まあマンションごと異様な気配ならびっくりするけど……


 玄関ドアの鍵はどうやら開いているらしい。挨拶もそこそこに上がらせてもらうと、リビングには麻季ちゃんがぽつねんと座っていた。

 彼女はなぜか正座のまま目をつぶっている。上がり込んだ俺たちの方を見ようともしない。


「麻季ちゃん? 上がらせてもらっていいんだよな?」


「べ、別にいいです……ちょっと込み入った事情があって、容易に目が開けられないというか」


 目が開けられない? そんなことあるか? もしかして病気とか……でもそれならモアちゃんたちにも説明してるか。


「なぜ正座なんですか」


「これも込み入った事情で……」


「それにその手。何か隠してませんか。 凶器でも仕込んでいるのでは」


 ズカズカと部屋に上がり込んだリーちゃんが、麻季ちゃんの左手を押さえる。

 その遠慮の無さはまるで警察の家宅捜索だ。麻季ちゃんの態度がやけに怪しいので、俺も止めはしないのだが……


「ちょっと……や、やめて……」


 リーちゃんともみ合いになった麻季ちゃんが姿勢を崩して床に転がる。

 それでも彼女は、頑なに握った手を開こうとしなかった。

 腰で無理やり受け身を取る彼女を、リーちゃんがしげしげと眺める。


「なあ麻季ちゃん。どうしても気になるからさ、手を開いてみせてくれないか?」


「わかりました。で、でも引かないでくださいね?」


 麻季ちゃんが観念してついに手のひらを開く……がその手のひらの上には何も乗っていなかった。




 異変は、手のひらの「中」にあったのだ。




 彼女の手には目が生えていた。パチパチとまばたきをしながら、気まずそうに「目」は俺たちから目を逸らした。


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