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B4―1 ララミー造山運動 その1

 椿との奇妙な同棲生活が続いて1ヶ月経った。

 結構長い期間が経過したはずなのに、慣れる気配がいっこうに無い。

 いつも新鮮な不快感を与えてくれる椿はきっと嫌がらせの天才なのだろう。


「先輩……お布団あたためておきました」


「頼んでないしベッドから降りろ」


「床で愛してくれるんですか? たまにはそういうのも悪くないですね」


「気色悪い言い方をやめろ。ベランダで寝たいのか?」


「テント借りてきてベランダキャンプしますか? ちょっと狭いですけど、くっつけば大丈夫ですかねえ」


 ベッドに座った足をパタパタさせながら、椿は鼻につく笑みを浮かべた。

 何を言っても暖簾に腕押しというか、コイツに口喧嘩で勝つのは不可能なのだろう。

 それでも悪態をやめないのは、俺自身を鼓舞するためだ。

 こんな奴に屈してたまるか。あと2ヶ月、俺は絶対に根を上げないつもりだ。


 とは言うものの、リーちゃんとの甘い時間がなければとっくに耐えきれていなかった。

 大学でも家に帰っても椿の顔を拝まねばならないのは俺にとっては拷問に等しい。


 こうやって俺の精神をすり減らす作戦だろうか。

 でも俺が消耗したところで、別に椿に惚れるわけでもないし……

 コイツの真意が見えないのが一番不気味なところだ。





「ナガさん? おーいナガさん」


「あっ、悪いリーちゃん。ちょっとボーッとしててな……はは」


「最近多いですね、ぼんやりさん。目のクマも濃いですし、あまり眠れていないのでは」


「あー……最近マンションに引っ越してきた上階の人が深夜までうるさくてさ。確かに眠れてないかも」


「なるほど。わたしもおうちまで調査しに行きましょうか?」


「いやいや! トラブルになったら大変だし、自分で何とかするよ」


「そう、ですか」


 リーちゃんは無表情のままうなだれた。冬を運ぶ北風が俺たちの背中を冷たく撫でる。

 デートからの帰り道だというのに、やけに物悲しいのは気のせいだろうか。


 誰も悪くないはずなのに、空気が重くなってしまったな。

 リーちゃんと俺の相性は悪くないはずなんだけど、例の椿との秘密があるせいで時々会話が噛み合わなくなる。

 俺は原因がわかっているものの、リーちゃんからすればよっぽど不可解だろう。


 これ以上迷惑はかけたくないし、いっそリーちゃんには全部正直に話してしまおうか。

 でもそうすると椿がどんな手を使ってくるかわからないし……

 俺の余計な判断でリーちゃんに実害が出たら償っても償いきれない。


「わたしは、そんなに頼りないですか?」


「えっ?」


 歩く足を止めたリーちゃんがぼそりと呟く。

 冬の夕闇のせいで彼女の顔はハッキリ見えないが、少し涙声にも聞こえた。


「いや、頼る気がないとかじゃなく……リーちゃんに迷惑をかけたくないだけで」


「迷惑を互いにかけて、それでも許しあうのが恋人ではないでしょうか。困っているナガさんの役に立てないなら、わたしは何のためにここにいるのか」


「悪いなリーちゃん、でも……」


「いえ。わたしも感情的になりすぎました。忘れてください」


 結局その後は何も話せないまま、リーちゃんを彼女の住むマンションへ送り届けて解散となった。


 リーちゃんを守るためにやっていることで彼女を傷つけては本末転倒じゃないか?

 自分でもわかってはいるのだが、しかし劇的な解決策なんて思い浮かばないし……






「おかえりなさい、先輩。あら? ずいぶん顔色が優れないようで」


「うるせえ。お前のせいでリーちゃんと気まずくなってんだよ」

 

「あらあら、それは大変ですねえ」


「他人事みたいに言いやがって」


 嬉しそうに目を細める椿を見ているとだんだんコイツをぶん殴ってやらねばならない気がしてきた。

 そうだ、全部コイツのせいなのだ。リーちゃんとギクシャクしている今の状況も、全部コイツの計算ずくなんだろう。

 許せねえな、ちくしょう。何とか酷い目を見せてやることはできないものか……


「怖い顔しますねえ、先輩」


「お前のせいで参ってんだよこっちは」


「そんな先輩に朗報です。私がすぐにこの家を出ていく方法をお教えしましょうか?」


「え……?」


 待て待て、浮かれるな俺。どうせいつもの罠だろう。

 何を企んでやがるのか、この妖怪は。それを見極めない限り軽率に返事はできないぞ。


「一応訊いてやる。お前が出ていく条件ってのは何だ?」


「簡単なことです。莉依ちゃんと別れてください」


「論外だな。話にならん」


「まあまあ、人の話は最後まで聞くものですよ」


 椿がようやくベッドを降りたかと思えば、今度はソファに寝そべりだした。そして自らの顎を撫でている。

 下から俺を見上げる格好なのに、なぜだか見下されているように感じる。


「一度だけ、別れを切り出してくれればいいんです。後でヨリを戻してくれても構いませんよ」


「ヨリを戻したらまたお前が家に戻ってくるってオチだろ。どうせ」


「まさか! 私はそんな卑怯な人間じゃないですよ。一度でも莉依ちゃんと断絶してくれれば、先輩の監視だってやめます。何なら宣誓書でも書きましょうか?」


 なんだ? 何を狙っている? 話だけ聞けば、やけに俺たちに有利な条件じゃないか。


 いや、一時的とはいえ、俺から別れを告げればリーちゃんは相当傷つくか。それで俺とリーちゃんの関係にヒビを入れるのが目的か?

 でもここで椿の気まぐれに乗っておかないと、下手すりゃもっとリーちゃんとの関係が悪くなるかも……


「迷ってますねえ先輩。まあ、私はどっちでもいいんですよ。このまま先輩の家に居座れるのも幸せですし」


「……何を企んでやがる」


「別に? そもそも、先輩と莉依ちゃんの絆が本物なら何も恐れる必要はないのでは?」


「しかし……」


「付き合うだの別れるだのなんて口約束だって、莉依ちゃんならそう言うんじゃないでしょうか」


「……」


 確かにリーちゃんは似たようなことを言っていた。

 でもそれは、あくまで「頭」で考えた論理でしかない。やるせないシチュエーションにぶつかった時、「心」がどうなるかなんて彼女自身にも想像できないだろう。


「さあどうします、先輩。莉依ちゃんに別れを告げてみますか? それとも私との生活を続けますか?」


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