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B3―4 ダイラタンシー現象 その4

「皆さんご存じのとおり、わたしはへんてこりんですから、それゆえ困ることもありまして」


「そうだよなあ、リーちゃんは変な奴だからなあ」


「諸星に言われたくはないと思うが……」


 変な人間なら俺の周りにいっぱいいるし、何ならリーちゃんはマシな方なのだが、しかしリーちゃんにも彼女なりの苦労があるのだろう。

 世の中には「他人から悩みがなさそうに見られるのが悩み」なんて人もいるくらいなのだ。

 憂いを持たないなんて人なんて存在しない。それは、いつも呑気に見えるリーちゃんだって例外ではないはずで。


「わたしがツッコミ役を求めるのは趣味半分、実用半分といったところで、行き過ぎた時には引き戻してほしいのです」


「たまに歯止めかかってないもんな」


「ええ。わたしがふわふわ飛んでいく風船なら、ナガさんはそれを地面に繋ぎ止めるボラード。代わりなんていませんよ」


「ベタ惚れじゃん。良かったなあ武永」


「うるせえな」


 諸星にからかわれるのが癪で悪態をついてしまったが、リーちゃんから信頼されている事実は俺の心を満たしてくれた。

 もしかしたら顔もニヤけていて、そこを目ざとく見られていたか。


「それで、結局椿はどうすりゃいいかな。俺とリーちゃんじゃ良い考えが出なかったんだが、諸星は何かあるか?」


「あるある。とっておきのやつがな」


「ボシさんのアイデアですか。胸毛が騒ぎますね」


「胸騒ぎな……」


 リーちゃんと二人、諸星の次の言葉を待つ。急に空気が引き締まったように感じる。これは名案を期待できそうだ。


 諸星はおもむろに指を二本立てると、ニヤついた顔で言った。


「武永お前、リーちゃんだけじゃなく椿ちゃんとも付き合っちまえよ」


「ハァ!?」


 何を言ってるんだコイツは。二人の女性と同時に付き合うだと? そんな不誠実なことがあってたまるか。そもそもあの嫉妬深い椿が許してくれるはずがないだろう。

 それにリーちゃんの気持ちはどうなる? 彼女にだって独占欲はあるはずだ。


 おそるおそるリーちゃんの顔色を窺うが、やはりいつもの無表情で喜怒哀楽が読み取れない。

 呼吸すら乱れていないところを見ると、驚いているわけではなさそうだが。


 やがて、リーちゃんが小さな口を開く。


「アリかもですね」


「えっ!? 本気で言ってるのか!?」


「はい。最善策ではないですが、姐さんと穏便にやっていくためなら検討の価値はあるかと」


「でも、そんな不誠実な……」


 リーちゃんと目も合わせられずにまごついていると、横からハァ……と諸星のため息が聞こえてきた。


「じゃあお前は椿ちゃんを拒否して自分だけ幸せになるのが誠実って言いたいわけかあ?」


「それは……」


「誰か一人だけを選ぶのが誠実だなんて世間は言うけどなあ、その裏で泣いてる人間だっているんだぜ。それならむしろ二人とも幸せにしてやるくらいの気概を見せろよ」


「でもそんな……リーちゃんだって……」


「わたしは構いませんよ。下手に姐さんを刺激して仲を裂かれるよりは、ナガさんをお貸しする方がよほど安全な気がします」


「貸すって……物じゃねえんだから……」


 思わず反論しようとリーちゃんの方へ向き直ると、あることに気づいてしまった。

 彼女の握りこぶしは、固くギュッと閉じられている。まるで耐え忍ぶかのように


 そうか……やはりリーちゃんにとっても苦渋の決断なのか。

 しかし、それでも彼女は感情を押し殺し、諸星の案に賛同した。


 その理由はきっと、俺の身の安全のためだろう。椿を完全に切り捨ててリーちゃんを選ぼうものなら、俺が危険な目に遭うのは明らかだ。 

 彼女のことだ、「自分が我慢すればナガさん救える。安い犠牲だ」なんて考えているのだろう。


 その献身はありがたいが、もっと良い解決策があるんじゃないか?

 誰も傷つかないとまではいかなくとも、もう少しダメージを抑えられるような……


「少し考えさせてくれ」


 その場で俺が絞り出せた言葉は、たったそれだけだった。






 考える、なんて言ってみたものの全然思考がまとまらない。

 二人と付き合うだなんて、あまりに突飛すぎる発想だ。少なくとも俺の頭ではそんな解決策考えつかなかった。


 そもそも二人と付き合えば「解決」なのか。欲張りすぎて結局誰も幸せにならないような……


「ずいぶんお悩みのようですねえ、先輩。諸星さんとケンカでもしました?」


「椿……」


 今の俺にはニヤニヤしながら肩を寄せてくる椿を振り払う気力もなかった。

 落ち込んでいる人間に追い討ちをかけるようなことをするなよ……とは思ったものの、椿は元々そういう奴なのだ。

 弱点は攻めるもの、弱味はつけこむもの。卑怯が過ぎてかえって潔いくらいだ。


「なあ椿、たとえばの話なんだが」


「はい?」


「もしもの話、あくまで例として確認したいんだが」


「なんですか?」


「俺とリーちゃんが付き合ったらどう思う?」


 先ほどまでニヤついていた椿の表情が、突然能面のように色を失った。

 著しく体感気温が下がるのを感じる。身体が芯まで凍てつくのは北風のせいではないだろう。


「まさか先輩、本気で莉依ちゃんと……?」


「いやいや、例えばの話よ? この前諸星と話してて、『もうリーちゃんと付き合っちまえよ』なんて言われたからさ、椿が黙ってないだろって。本当、冗談みたいな話だから」


「ですよね、うふふ」


 椿の顔は不快なニヤけ面に戻ったが、まだ声が笑っていなかった。

 もし俺が本当にリーちゃんと付き合ったらどうなるんだろ。

 やっぱり生きて大学を卒業するのは無理なのかな……


「先輩は私だけを見てればいいんですよ。まあ私は寛容ですから、莉依ちゃんと友人として付き合うくらいは許してあげますけど」


「友人、なあ……」


 そもそも椿に許してもらう義理なんてないのだが、コイツにはそのことを説明しても通じないだろう。


「でも最近の先輩の所業は目に余りますね。正妻の私を放っておいて莉依ちゃんと遊んでばかり……」


「悪いかよ」


「悪いです。大悪で最悪です。浮気は古の昔から厳しく追及されてきた大罪ですよ」


 めちゃくちゃなこと言ってんなコイツ。浮気も何も、そもそも椿とは恋人でもなんでもないんだが。

 まあ、面倒だしここは適当にあしらっておくか。


「わかったよ。リーちゃんと会う回数は減らす。ちょっとだけな」


「信じていいんですね?」


「好きにしろ」


「ふぅん……」


 椿は俺の身体を四方八方から眺め回した後、うなじのあたりを嗅いできた。

 生暖かい息が首筋にあたって気色悪い。


「なっ、何すんだよ……!」


「先輩、もしかして莉依ちゃんのこと好きになったんですか?」


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