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⑫ー4 ヤンデレと本物 その4

 おばあさんは首にかけた勾玉のネックレスを押さえながら目を瞑った。そのまま、ゆっくりと宙を見上げる。


「見えてきました見えてきました……しかし、お兄さんの心模様を私が勝手に語ってよいものですか?」


「いいですよ。この阿呆に現実をわからせてやってください」


 俺が椿に対して何の感情も抱いていないことを知れば、椿も失望していい加減諦めてくれるかもしれない。よしんば諦めないにしても、気勢が削がれてくれれば有り難い話だ。


「ふむ……なるほどなるほど。この方はお嬢さんに憐れみと羨望を抱えております。好悪とはまた違いますが、観察対象として惹かれていることは否定できませんでしょうな」


 憐れみ? 羨望? 意味がわからない。俺が椿に対して持っているのは不快感ぐらいなもので、そんなややこしい感情を持っているとは到底思えない。

 やっぱりこのおばあさんも浅井先生の尊属だけあって、インチキなんじゃないか? 建物や佇まいの雰囲気に呑まれていただけで、ただの老人を買いかぶっていたのでは。

 はあ……とため息をついて隣を見ると、意外なことに椿はふんふんと頷いていた。椿の不摂生な目がいつもより輝いて見える気がする。


「先輩の行動について、色々と合点がいきました。勉強になります」


「ええ、お役に立てて幸いです」


 俺の話をしているはずなのに置いてきぼりをくらっているような……


 ところで浅井先生はどこに行ったのだろう。お茶を用意するにしては時間がかかりすぎているように思えるが。


「さて、聞きたいことは結構ですかな。私もあんまり長い時間は取れんですから」


「はい。ありがとうございました。先輩攻略の糸口が掴めたような気がします」


 少しも意味がわからないまま糸口を掴まれてる。なんだか釈然としないが、椿のためになったのなら浅井先生も本望だろう。わざわざついてきた俺にも何か報奨があってほしいものだが。


「では、気をつけて帰りなされ。くれぐれも迷わぬよう」


「失礼します」


 結局あのおばあさんが本物の霊媒師なのかはわからないまま、襖を閉じることになった。オカルト的な話は好きなんだが、自分が当事者になると案外あっけないものなんだなあ。胡散臭いとしか思えない。

 モヤモヤした気持ちを抱えながら玄関に着くと、浅井先生が向かいの廊下からフラリと姿を現した。


「浅井先生! 今までどこにいたんだ?」


「ん? ちょっとね。それより帰りにファミレスにでも寄っていきたいのだけれど、構わないかしら」


「先輩が行くなら私も行きます」


「はあ……まあ行くけどさ」


「決まりね。もうお腹ペコペコ」


 浅井先生はおばあさんに挨拶することもなく、玄関の鍵を閉めて真っ直ぐ門外へ歩いていった。

 そんなに長く滞在したつもりもなかったが、既に日が落ちかけている。どこか遠くでカラスの鳴く声が聞こえた。





 


 行きと同じく俺と椿を車の後部座席に座らせ、浅井先生の車はどんどん高速道路を走っていく。椿は緊張が解けたのか、身体をドアに預けて寝息を立てていた。

 こうして見ると少し地味なだけの女の子なのに、起きてる間はなんであんなに厄介なんだろうか、まったく。

 車を運転する浅井先生は、そんな椿を咎めるでもなく無心で運転している様子だった。


「それにしても、おばあさんは掴みどころの無い人なんだな。悪い人ではないんだろうけど」


「そうね。私には厳しかったけれど、それも優しさゆえなのかもしれないわ。生前は私に何かある度に日記をつけていたみたいだし」


「え? 生前?」


「あっ」


 強引に身体を乗り出して運転席を覗き見ると、浅井先生は「しまった」という表情のまま固まっていた。


「生前ってどういう意味だ?」


「ええっと、以前! 以前って言いたかったの!」


「そのままの意味でしょう。私たちが話したあのおばあさんは、もうこの世にはいないんですよね」


「椿! お前起きてたのか!」


 驚いて隣を見ると、椿は呑気そうにあくびをしていた。


「あー、うん。おばあちゃんに口止めされてたからあんまり言いたくなかったけど、本庄さんの言う通りよ」


「えっ、じゃあ俺たちと話してたのは……?」


「私の身体を借りて話してただけよ。巫術(ふじゅつ)というやつね。まあ悔しいことに私の力じゃなくておばあちゃんの力なんだけど……」


「いや、だって、確かにおばあさんがいて、ほら、和服の。いや洋服だったっけ? そうだ、正座してて、いや足見たっけ?」


「世の中には不思議なこともあるものですねえ」


 椿はどうでも良さそうに目を擦って、そのまま再度眠る体勢に入った。コイツ、犬は怖いくせに幽霊は怖くないのか。めちゃくちゃな価値観だな。


「……なんてね。ビックリした?」


「あっ、冗談!? オイオイ浅井先生も人が悪いな」


「あはは」


「ハッハッハ」


「ほら、お手伝いさんも来てるって言ったでしょ」


「そうだよな。さすがに遺品整理のお手伝いさんとかじゃないだろうしな」


 俺が茶化してみせると、浅井先生はまた真顔に戻っていた。えっ、図星? いやいやまさかそんな、ねえ?

 うん、きっとこれは浅井先生の冗談なんだろう。きっとそうに違いない。言われてみればおばあさんの顔がぼんやりとしか思い出せない気もするが、俺の記憶力が悪いだけなんだろう。そうだと思っておこう。


 沈黙の続く車内にはエンジン音と椿の寝息だけが静かに聞こえていた。

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