B1―2 モホロビチッチ不連続面 その2
どうも。わたしです。皆さんご存じ竜田川莉依です。
先日はボシさんとの連携プレイで見事ナガさんを陥落させたわけですが、ここからが厳しい戦いになります。マジ関ヶ原。
なんと言っても、椿の姐さんが最難関。あの人から刺されずにナガさんとゴールインできる未来が見えません。
むしろ一回刺されてみて刑務所にご退場願いましょうか。しかしそうなると、わたしがこの世からご退場になる確率も出てくるわけで。
うーむ……難しいですね。フェルミのパラドックスに近い難易度です。
「ナガさんの隣を確保する」「姐さんを怒らせない」、「両方」やらなくっちゃあならないってのが「恋人」のつらいところですね。覚悟はいいか? わたしはできてません。
他の美人さん方からは一歩リードできたかもですが、そちらもあまり油断はならないところで。
案外、村瀬姫に寝取られたりとか……まあ、それはないか。
見切り発車でナガさんの彼女(仮)にはなれたわけですが、まだまだ越えねばならぬハードルは山積みなわけです。
ああ。面倒なことは抜きにして早くナガさんに養われたい。すぐにでも妹兼配偶者になりたい。
「リーちゃんさっきから誰と話してんの?」
「天の声が聞こえまして」
「怖っ……大丈夫? ちゃんと眠れてる?」
「貂の声かもしれません」
「貂ってあれ? オコジョみたい小動物?」
「あるいは椽かも」
「それは屋根を支える材木だよな……なんだ? クイズ大会でもしたいのか?」
ナガさんと戯れているとだんだん冷静になれてきました。
考えてみれば、わたしがナガさんと結ばれるためには、いずれどこかで姐さんと対峙する必要があります。
それがいくらか早まっただけと考えれば、今の状況は嘆くほどのことでもないか。
むしろかかってこいとすら思えてきました。 んだコラァ! やっぞぉ! オラァン! という気持ちです。
などと構えていたところ、ナガさんの指に絆創膏が貼られているのを発見しました。
わたしとしたことが、恋人(仮)の傷に今まで気づかないとは情けない。
「ナガさん、その指はどうされました?」
「ああこれ? 一昨日椿が『どうしても爪が欲しい』ってペンチ持ってきてさ。半分くらい持ってかれたんだよ」
……はい怖い。ダメですね。やはり怖いものは怖い。
おかしいでしょう。爪が欲しければ伸びてから切ればいいものを、なぜに生爪を欲するのでしょうか。
あと慣れた様子で平然と指をさすってるナガさんもちょっと怖い。速やかに被害届を提出すべきでは。
「どうせ俺の爪で怪しい呪いでも開発してんだろうけど……アイツといると寿命がいくつあっても足りねえな」
「同感です。わたしもいつ殺られるか心配で」
「リーちゃんでもやっぱり怖かったりするのか?」
「ええ。怖すぎて1日3食しか食べれてないです」
「普通じゃん……逆に普段は何食取ってるんだよ……」
「6食ほど」
「ボディビルダーかな?」
やはりナガさんのツッコミは素晴らしい。この冴え渡るキレはわたしの隣でずっと発揮してほしいものです。
6食はもちろん冗談ですが、それをあえて指摘しないところにも芸術点をあげたい。
しかしこんな平和な日常も、姐さんの脅威を除かねばいずれ破壊されてしまうわけです。
さてさて、どうしたものでしょうか。
「で、リーちゃん。これはどういう状況なの」
「見ての通りですが」
「見てわかんないから言ってんだけど」
ナガさんの困惑もわからないではありません。
いきなり、目の前にラスボスがいるわけですから。
しかし逃げ回っても益がありません。いずれ戦う相手ならば、戦力差の把握のためにもぶつかっておいた方が良いでしょう。
そうと決まれば善は急げ。メロスはサボってないで走れ。
そう思い立って、わたしは姐さんを呼び出したのでした。
「莉依ちゃん、少し先輩との距離近くないですか?」
「そうですか。では心の距離だけ気持ち離しますね。気持ちだけに」
「それはちょっと傷つくな」
「ドンマイです」
まだ大丈夫。ナガさん相手に冗談を言えるだけの余裕はあります。
このまま気圧されず、ちゃんと姐さんに宣戦布告できれば良いのですが。
「そもそもなんで君は俺の後ろに隠れてんの」
「だって怖いじゃないですか、ペンチ」
「そう思うならケンカ売るなよ……」
ナガさんの背中に身を隠し姐さんの様子を窺うと、彼女は落ち着いて見えました。
これだけわたしが引っついているのに取り乱す気配がありません。
今日はご機嫌のうるわしい日なのでしょうか。そうであれば助かるのですが。
「それで、莉依ちゃんは私に何の用?」
「実は姐さんに報告がありまして」
「どうしたの? ついに先輩の家に養子縁組でもした?」
「似たようなものですが……実は、不肖わたくし、ナガさんとお付き合いすることになりまして」
言いました。言ってやりました。
わたしが耳の中から足の裏まで冷や汗でびっしょりのところ、姐さんに目立った動きはありません。
ナガさんはひたすらアワアワしています。かわいいですね。
少し待つと、おもむろに姐さんが口元を押さえ、プルプルと震えだしました。
怒りでしょうか。あるいは嘆きでしょうか。
いずれにしても、走って逃げ去る準備はした方が良さそうです。
ナガさんとともに一歩、二歩と後ずさりしていると、突然妙な音が聞こえてきました。
音? いえ、どちらかと言えば、声。姐さんの口から溢れてきたこの声は。
もしかして……笑い声?
「ふっ、うふっ、うふふふははは。付き合う? 莉依ちゃんが? 先輩と? やだ、おかしい」
姐さんはやはりうふうふと奇っ怪な笑い声を上げ続けています。
どうしたんでしょう。ショックのあまりおかしくなってしまったのでしょうか。
「うふふ、ひひ、うふ。莉依ちゃん、腕を上げたわね。わざわざ私を呼び出して笑わせてくれるなんて」
「何をおっしゃいますか。わたしはマジのガチのリアルですよ」
「いやいやいや。先輩にロリコン趣味はありませんよ。気付かないんですか? 先輩が貴女を見る時の目。まるで愛らしい子猫ちゃんを慈しむような色ですよ。猫ちゃんと恋愛します? 普通」
「しかしですね、ナガさんはわたしは彼女にしてくれると」
「ですって。本当ですか先輩?」
「あー、いや……その」
まさかの裏切り。ナガさんにまでハシゴを外されるとは。
あまりにもショックです。現場不安全です。労災請求してやろうか。
「言いたいことはそれだけ? うふふ、久しぶりに大笑いさせてもらっちゃった。ありがとね、莉依ちゃん」
それだけ言うと、姐さんはお腹をさすりながら立ち去っていきました。
何ということでしょう。宣戦布告の和紙を目の前で鼻かみに使われた気分です。まったく許しがたい。
「助かったなリーちゃん……どうした?」
安堵の息を吐くナガさんをよそに、わたしは一人リベンジを腹に決めていました。
心がメラメラと燃えています。これはもうメラゾーマです。
妹の底力、略して妹力を見せてやろうではありませんか。




