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⑫ー3 ヤンデレと本物 その3

「広いでしょ? 昔は近所の子と集まって一緒にかくれんぼしたの。今は少子化で子どももいなくなって、そういうのもなくなったみたい」


 浅井先生は門の鍵を開きながら語る。その声は少し寂しげに聞こえた。


「しかしこんな広い家に一人だと、おばあさんも寂しいんじゃないか?」


「常駐じゃないけどお手伝いさんもいるし、お客さんもよく来るから案外寂しくないみたいよ? もちろん私たち家族が来た時は喜んでくれるけど」


 お手伝いさん。今時珍しいワードに少し面食らう。この大きな家屋(というより最早お屋敷だが)から察するに、おばあさんは相当な資産家らしい。あるいは、生前のおじいさんが資産家だったか。

 門を抜けて玄関までが庭園になっており、右には松、左には池と隙の無い造りだ。歩きながら池をぼんやり見ていると、一匹の鯉が跳ねた。

 椿はと言えば、キョロキョロと辺りを見回しているようだ。もしかしたらこういう純和風の建物が好きなのしれない。こういう場所で椿の写真を撮ったら、それこそ幽霊に見えそうだ。


「そんなに見回されると少し気恥ずかしいのだけど……」


「いやいや、すげえよこの家。広いだけじゃなくて、意匠も凝ってるし」


「こういう『いかにも』な雰囲気にしておいた方がお祓いに来る人も安心できるから、っておばあちゃんも言ってたわ」


「まだ半信半疑ですけど、おばあさんが一角の人物なのは事実みたいですね」


 相変わらず不遜な態度ではあるが、椿も少しはおばあさんと会うのが楽しみになってきたらしい。いくらかソワソワしているようにも見える。落ち着きがないことについては、俺も人のことは言えないのだが。


 浅井先生の後について玄関に上がり、廊下を右へ左へ進みながら歩くと大きな襖にぶつかった。どうやらここが客間らしい。


「おばあちゃん、来たわよ」


「お入り」


 開かれた襖の奥で座っていたのは、ごく普通の、気のよさそうなおばあさんだった。

 その老人は、眠そうな目で俺たちを見た後、立ち上がってゆっくりと礼をした。


「どうも、良子(りょうこ)がお世話になっておりまして」


「あっ、いえいえこちらこそ」


「どうぞおかけになってくだされ。良子、お茶をお持ちなさい。ゆっくり時間をかけて作るんですよ」


「はーい」


 パタパタと浅井先生は部屋を出ていった。いや、取り残されても困るんだが……このおばあさんと何を話せと言うのだろうか。椿はちゃっかり座布団の上に座っていたので、俺も後に続くことにした。


「良子がまたご迷惑をおかけしたでしょう。あの子は昔から思い込みが激しくて」


「あっ、浅井先生……いえ、良子さんから何か聞いてるんですか」


「ええ、ええ。そちらのお嬢さんには何も憑いていませんよ。また読み違えたのでしょう」


 なんとなく引っ掛かる言い方だったが、とにかく椿に悪霊など憑いていないらしい。


「無駄足でしたねえ、先輩」


 椿が半笑いで耳打ちしてくる。浅井先生がインチキ霊媒師だと判明して、よほど気分がいいらしい。浅井先生なりに真剣だっただろうに、そこまでコケにしなくても。

 しかしそうなると、なおさらおばあさんと何を話せばいいのかわからない。黙っていても気まずいし、とりあえず話は続けておくか?少し気になることもあるしなあ。


「えっと、『読み違えた』とはどういう意味でしょう」


「そちらのお嬢さんは並々ならぬ生命力を持っておられる。それが生者のものとは思えなかったのでしょうな。良子の持つ力は半端ですから、無理からぬことです」


 このおばあさん、顔はにこやかだが微妙に浅井先生に厳しいような気がする。孫に対する老人の気持ちはわからないが、普通は甘やかしそうなものだが。

 なんとなく気まずくなって椿を盗み見ると、驚いたような表情をして固まっていた。え? そこまで驚く要素あったか?


「おい椿? どうしたんだ?」


「私……初めてなんです。初対面で生命力があるなんて言われたの。いつも『暗い』とか『不気味』だとかそんな風な評価ばっかりで」


「お嬢さんの炎は提灯の中で燃える蝋燭、近づかなければ熱さも感じないでしょうて」


 おばあさんは相変わらず柔和な笑みを浮かべているが、俺は背中にうすら寒いものを感じていた。「あの人には何が見えているのかわからない」という浅井先生の言葉を思い出したからだ。


「あの、じゃあ、おばあさんは未来とかもわかるんでしょうか。是非とも、推量してほしいことがあるんです」


 机に乗り出さん勢いで椿はおばあさんに迫る。その態度に面食らう様子もなく、おばあさんはニコニコと笑っている。


「隣のお兄さんとの将来でしょう。私もかつては乙女でしたから、お気持ちはようわかります。しかし私には先を見通す力はありません」


 椿はわかりやすく肩を落とした。まあ、未来予知なんてできるわけがないか。そんな非科学的なことが簡単に起こっても困る。


「私にできることは(はらえ)だけです。その副産物として、生者の持つ気を読めるに過ぎません」


「さらっと凄いこと言ってません?」


「何のことはありません。昔の医者のやっておった、経験則に基づく処方と変わりませんよ。できないことも多々あります。『手遅れ』になった人間を救うことなんかはできませんのでなあ」


 穏やかな表情の割にちょくちょく不穏なことを言ってくるばあさんだな……


「未来は見えなくても、今の先輩が私をどう思っているかはわかるんじゃないですか?」


「いやそんなもん本人に聞けよ……俺はお前のこと嫌いだって言ってんだろ」


「嫌いって言うのが照れ隠しの可能性もあるじゃないですか」


「俺が照れてるように見えるか?」


「見えます」


「なら眼科に行け」


「ふむ……そちらのお兄さんの気持ちですか」


 おばあさんが考え込む様子を椿は固唾を飲んで見守る。

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