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A4―1 焼き餅焼くとて手を焼くな その1

「呪いの可能性が高いでしょうなあ」


 電話越しに、良子のおばあさんは事も無げに言った。

 「人から呪われる」だなんて俺にとっては非日常でも、おばあさんからすれば珍しくもない話なのかもしれない。


「呪い、ですか……」


「ええ。お兄さんの右手から血が噴き出したのと原理は同じです。良子から話を聞く限りそう思えます」


「はあ……」


 呪い、か。また厄介なことになってきたな。


 そうなると、ここ1ヶ月ほど椿の姿が見えないことも辻褄が合う。

 アイツが俺から離れるなんてよっぽどの変化があったのかと思っていたが、何のことはない。

 椿は今まで通り、俺のことを狙っていやがったのだ。それも、より遠回しで、より陰険なやり口で。


 しかし、夜中にインターホンを鳴らすだけなんて、中途半端な呪いもあったものだ。

 呪いというにはいささか地味で、ただの嫌がらせと大差ないような。


「侮らん方がええです」


 油断しかけていた俺に釘を差すように、おばあさんは低い声で言った。


「地味な呪いほど端緒が掴みにくいもんですからな。油汚れのごとく、にぶく黒くへばりついて離れない……」


 おばあさんの忠告が年長者特有の用心深さから来るものなのか、あるいは本当に脅威を感じているのか、素人の俺には判断がつかなかった。

 おばあさんを疑うわけじゃないが、深刻に考えると憂鬱になりそうでわざと目を逸らしている部分もある。


 それに色々引っ掛かる点もあるのだ。この際色々聞かせてもらおうか。


「あの、呪いってそんなお手軽に使えるものなんですか? 修行とかしないと無理なんじゃ」


「おっしゃる通り、呪いをかけるにも色々制約がありますでな。修養を積まずに呪いをかけるとなると、これがなかなか骨が折れる。強い思念が必要なのはもちろんのこと、道具に素材、星回りや海の満ち引き、時季や天気柄……そして何より重要なのが」


「何ですか?」


「『因縁』です」


「因縁……」


 俺と椿に何の因縁があるというのだろうか。そう言えば椿は時々、運命がどうとか宣ってた気もするが、あれはヤツの思い込みではないのだろうか。


「『宿縁』や『えにし』と呼んでも構いませんかな。貴方がたには前世からの縁がありますゆえ」


「どんな縁なんでしょうか……聞きたいような聞きたくないような」


「非業の別れ、というには一方の想いが強すぎるのですが……前世で身分違いの慕情があったようです。それも、決して叶わない恋慕……」


「つまり、俺の前世が貴族で椿が平民だったとかですか?」


「いいえ逆です。貴方が百姓で、あのお嬢さんが姫様。これがなおさらややこしい事態を起こしているわけですな」


 ……椿の方が位が上だったのかと思うとちょっとショックだった。

 それはともかく、良子のおばあさんが語ってくれた俺と椿の「因縁」はなかなか厄介な代物であるらしい。


 おばあさん曰く、椿の前世はさる豪族の娘だったそうだ。その豪族の支配領は広くなかったものの、それでも今で言う「姫」にあたる身分。

 高貴な身分ゆえ、当然お姫様には自由な恋愛など許されず、政略結婚を目的とした縁談が持ち込まれていた。


 ところがそのお姫様は「易学(えきがく)」、つまり占いに傾倒しており、普段から親の言うことよりも占いを信じるへそ曲がり。偏好と思い込みで突き進むおてんば姫だったらしい。(椿そっくりだ)


 趣味の占いにより「縁談を断るべし」との宣託を受けたお姫様は、お見合いの日に配下も連れず屋敷を抜け出し、山へと身を隠そうとした。


 逃げ込んだ山道でお姫様は野犬に襲われかけるのだが、そこで現れたのが俺の前世。

 身を呈して野犬と闘うその姿は、武芸に勤しむ周辺の男以上に輝いて映ったらしい。(残念ながら俺の前世は別に強いわけでもなく、血まみれになりながらギリギリ野犬を追っ払えた程度の実力だったようだが)


 不恰好でもドラマチックな出会いであることに間違いはない。思い込みの激しいお姫様が「この人こそが運命の相手」と言い出すのも不思議ではなかった。


 しかしそんな身分違いの恋など許されるはずもなく、俺の前世は姫を誘惑した咎で処刑されてしまった。

 人権なんて概念の無い時代のことだ、あっけなく俺の前世は首をはねられて死んだ。


 お姫様の父親は相手がいなくなれば慕情も収まるだろうと高を括っていたのだが、やはりそこは椿の前世。

 諦めるどころか父親の目の前で焼身自殺を行い、事切れる直前まで恨みごとを吐き続けていたそうだ。

 焼けただれた皮膚を携え半狂乱になって叫ぶその姿は、まるで『古事記』に記されたイザナミノミコトのごとき凄まじいものだった、と。


「俺と椿の間にそんな因縁が……」


「半分ほどは私の推測ですがな。似たような因縁があるのは間違いありません」


「じゃあ俺は椿から逃げられないってことですか?」


「いいえ、そうとは限りません。結局前世でもお二人は結ばれませんでしたからな。そこには必ず綻びが見いだせるはず」


 おばあさんの話を聞いて、少しだけ希望が湧いてきた。

 ルーツがわかったからといってすぐに問題が解決するわけじゃないが、正体の見えないものと相対するよりはいくらかマシだ。

 どういう手段があるのか知らないが、とにかく椿との「因縁」を断ち切ればいいのだろう。


 しかしおばあさんは妙に親切だな。一度会っただけの俺にこんなに手を尽くしてくれるなんて。


「お忙しいでしょうに、ありがとうございます。すみません、大したお礼もできそうにないんですが……」


「いえ、お兄さんが気にかけることではありません。愚かで愛しい孫娘の頼みです。無下にはできませんでな」


 そうか……良子からもおばあさんに念押ししてくれてたんだな。

 気の利く彼女を持てて俺は幸せ者だな、なんて改めて感じる。


 それに、良子とおばあさんの関係性がだんだんわかってきた。

 おばあさんが孫娘に対して厳しいのは彼女を溺愛しているからこそなのだ。

 おばあさんの物腰が俺や椿に対して柔らかかったのは、あくまで他人だから。

 身内には真心を込め、時に厳しく時に優しく接してきたのだろう。


「椿が俺に執着する理由がよくわかりました。前世からの因縁とは……」


「まあ、それだけが理由でもないと私は考えますがなあ」


「えっ、どういう意味ですか?」


「お兄さんの態度にも問題がある、という意味です」




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