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⑫ー2 ヤンデレと本物 その2

 日曜日。約束の時間が近づいてきたので家を出ると、ドアのすぐ脇に椿が待ち構えていた。あえてインターホンを鳴らさず、室内の物音に聞き耳をたてていたのだろう。不気味な奴だ。

 俺の姿を見るなり椿は長い前髪の隙間からニタッと笑った。


「お前さ、いつもどうやって侵入してきてんだよ。うちのマンションはオートロック式なのに」


「秘密です。教えたら対策されちゃうじゃないですか」


「心臓に悪いから出待ちはやめろっての……」


「ふふふ」


 こんなところで立ち話をしていても仕方がない。とにかく待ち合わせ場所に行こう。浅井先生は車で来るらしいし、駅前のタクシー乗り場あたりで待っとけばいいか。


「先輩、残念ですね。浅井さんの車で行く以上、彼女をその辺に捨てていくことは難しそうです……」


「残念がってるのはお前だけだ。むしろ俺はお前を山に捨てていきたいんだがな」


「その時は化けて出ますから安心してください。幽霊婚姻譚って中国の伝奇だとよくあるんですよ」


「文字通り死んでも諦めないってか……お前って陰気そうな見た目の割に異様にポジティブだよな」


「でしょう?」


「誉めてねえよ」


 他愛もない話をしているうちに駅のタクシー乗り場に到着した。さてどの辺りで待とうか、とキョロキョロしていると右側からクラクションの音が聞こえる。


「おはよう二人とも。他の車の邪魔はしたくないから、早く乗ってくれると助かるわ」


 浅井先生の車は地味な色のミニバンで、彼女の凛とした雰囲気とは少しミスマッチに思えた。おそらく親御さんの所有車なんだろう。まあ、小洒落たスポーツカーで来られても困るのだが。

 俺が助手席に乗ろうとドアに手をかけると、後ろにいた椿に無理やり後部座席に押し込まれた。続いて椿も俺の横に乗ってくる。人の車に乗せてもらう態度じゃねえなコイツ……


「ごめんな浅井先生、二人とも後ろに乗せてもらって」


「気にしなくていいのよ。目的地まで二時間はかかるから、後ろで寝ててちょうだい。運転は嫌いじゃないの」


「ありがとう。あと椿はくっついてくるな。シートベルトを締めろ」


 しぶしぶ、といった様子で椿は自分の席に座り直す。広めの車種で助かった。椿と至近距離で隣同士だなんて、どんなおぞましいことをされるか想像もしたくない。


 椿がシートベルトを締めると同時に車は静かに音を立てて走り出した。


「今さらだけどどこまで行くんだ?」


朝来(あさご)市……って言ってもわからないかしらね。兵庫県の北東部にあたる地域よ」


 朝来市?どこかで聞いたことがあるような地名ではあるが、行ったことはない。椿は行き先などまるで興味が無いかのように、じっとこちらを見つめている。それも無言で。なんか怖いんだが……


「それで、そんな遠くに実家があるのか? 浅井先生一人暮らしだったっけ?」


「正確に言うと母の実家ね。中学生くらいまではそこに住んでたわ。高校が近くに無かったから、祖母だけを残して両親と都市部に引っ越すことになったのだけれど」


「ふーん……」


 しかし高校が無いとなると、結構な山奥なのかもしれない。一人で暮らしているおばあさんもインチキ霊媒師なのだろうか。妙な修行とかさせられなければいいが……


「おばあさんのところで椿を見てもらうんだよな? ってことはおばあさんは相当凄腕なのか?」


「ええ。私のような紛い物(まがいもの)とは根本から違うわ。身内だけど、あの人には何がどこまで見えているか本当にわからないの」


 浅井先生の顔をルームミラー越しに見たが、いまいち彼女の抱える感情が読み取れなかった。

 彼女がおばあさんのことを狂信していたらどうしようかと不安に思っていたが、事はそう単純でもないらしい。

 霊媒師かはともかく、おばあさんはただ者ではないのかもしれない。


「まあ見てもらったところで私には何にも憑いてないと思いますけどねえ」


「じゃあお前何しに来たんだよ」


「こうして先輩の隣に座るためですよ。それ以外に何かありますか?」


「訊いた俺がバカだったよ」


「心配しないで、本庄さん。貴女のことはきっと助けてあげるから」


「はあそうですか。おばあさんと楽しくおしゃべりしたら帰りますね」


 椿は浅井先生どころかおばあさんのことも信用していない様子だった。正直に言えば、俺もまだ疑ってはいる。20年以上生きてきて、これまで霊や怪異の類いとは遭遇したこともないし、何なら生きてる椿の方が怖いくらいだ。

 オカルト的な与太話は嫌いではないので、ちょっとワクワクしている気持ちもあるにはあるのだが。


 それから浅井先生とバイトの話や雑談をしているうちに、どんどん車は山奥に入っていく。細い道であったが、意外にも道路がちゃんと整備されているのが妙に印象的だった。

 そして俺たち三人を乗せたミニバンは、大きな日本家屋の前で停まった。


「お疲れ様。ここが祖母の家よ」

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