A3―1 好いた水仙好かれた柳 その1
「見て見て宗介くん、キリンがいるわよ! 可愛いわね!」
「そうだな」
「マレーハコガメもいるのね! 可愛いわ!」
「そうだな?」
「ヨウスコウワニもすっごく可愛くない!?」
「そうか……?」
ここに至るまで色々あったが、とにかく無事にデートの日をことができた。
二人で訪れたのは六甲から一駅離れた王子公園駅にある動物園。
日本でも珍しい、パンダを飼育している動物園だ。広さも程よくてデートスポットとしては理想的な場所である。
しかし浅井先生、改め良子は何を見ても「可愛い」と感じるらしい。
どの動物を見ても出てくる言葉はほとんど「可愛い」。たまに「格好いい」とか「迫力がある」なんて感想も出るが、いずれもポジティブなものだ。苦手な動物とかいないんだろうか。
そう言えば千佳の白蛇を初めて見た時のリアクションも「可愛い」だったような。
素敵な感性だとは思うが、この勢いだともっと不気味なやつを見ても可愛いとか言い出しそうだな……
「見てこのオオコウモリ! 目がつぶらで可愛くないかしら!?」
言ってた。
「良子、思ってた以上に動物好きなんだな」
「そうなの! ほら、おばあちゃんの家は山の中でしょ? 昔からイノシシとかシカとかよく見かけてたから」
「へえ……大自然で動物と触れあうってなんかメルヘンな感じだな」
「あの子たちは可愛いうえに美味しいから特に好きなのよね」
「美味しい……?」
「猟友会のおじさんたちが、時々ぼたん鍋だったり『もみじ』を振る舞ってくれたのよ。一度宗介くんにも食べてみてほしいわね、きっと気に入るから」
全然メルヘンじゃなかった……めちゃくちゃ厳しい野生の世界じゃねえか。
あと「可愛い」と「美味しい」が同じテンションで語られてるのがちょっと怖い。
いや、俺も豚肉とか好きだしあんまり偉そうなことは言えないんだけどさ……
「あっ、でも宗介くんの好きなワンちゃんは食べたことないから安心してね!」
「はは……文化はそれぞれだし、食べるなとは言わないけどな」
「そう? それなら遠慮なく……」
「ごめん。やっぱりできればやめてあげてほしい」
良子ってこんなに食いしん坊なキャラだったっけ……?
バイト先での飲み会を思い出してみる。確か、どんな料理も「美味しい」って言いながら食べてたような……
あの時俺は、何でも食べる良子を見て愛らしいと感じたが、まさか文字通り「何でも食べる」とは想像もしていなかった。
どんなものでも受け入れる彼女の性格を俺は長所だとばかり思い込んでいたが、こういう欠点もあるとは……
まあ、だからといって良子のことを嫌いになるわけではないのだが。
椿のように物事の好き嫌いが激しいよりはよっぽど好ましいしな。
気を取り直して、パンダの姿をガラス越しに見守る。
展示場の中央に鎮座する熊のようなソイツは、ドカッと座り込みながら無心に笹をかじっていた。
「なんか……スルメかじってるオッサンみたいな姿だな」
「そうね……何と言うか、想像してた以上に生活感のある姿ね」
それでもやはり人気の動物なのか、展示ガラスの前には結構な人が集まっている。
子供連れにカップル、一人で写真を撮っている人まで思い思いにパンダの姿を観察していた。
まあ、独特の愛嬌があるのも事実ではある。何だかんだと言いながら良子も満足そうで、来た甲斐があるというものだ。
それから俺たちはカンガルーやらフラミンゴやらヒョウやらイグアナやらと順番に見て回り、半周したところでベンチに座った。
「いいわよね動物。私も飼ってみたいわ」
「おばあさんの実家は広いのに、飼ってなかったのか?」
「錦鯉はいたけれど……犬や猫を飼うと鯉にいたずらしちゃうから」
「なるほどな」
「宗介くんの家のワンちゃんにも会ってみたいのよね」
「食べないなら喜んで会わせるよ」
「もう! 美味しそうだったとしても食べないわよ!」
軽口を飛ばしてポカポカと叩かれるのも、カップルらしくて悪くない。
平和な午後のひとときだ。こんな時間がずっと続けばいいのだが、やはり気にかかるのは椿のこと。
どこで何を仕掛けてくるやらわからない以上、なかなか気を抜けないもので。
「……本当はね、宗介くんは本庄さんと付き合うのかと思ってた」
「はあ? いやいや、そんなわけないだろ。なんであんな人外じみた奴と」
「そういうところよ。よっぽど仲良くないと、そこまでの軽口は叩けないじゃない」
「軽口というかただの悪口のつもりなんだがな」
「それにほら、本庄さんってすごく一途じゃない? あんなに断られて続けてもめげないなんて、ドラマのヒロインみたい」
「ヒロインというより敵だし、ドラマよりホラー映画が似合うけどな」
「そうかしら。素敵な女の子だと思うのだけれど」
「正気か?」
良子の真剣な眼差しを見るに、冗談や皮肉で言っているわけではないらしい。
俺からすれば椿なんぞただの迷惑なストーカーに過ぎないのだが、良子から見るとまた違った姿に見えるのだろうか。
「他の子ならまだしも、椿だけは無いよ。アイツ以上に嫌いな人間なんていないって言ってもいいぐらいだ」
「それでも、宗介くんと本庄さんには不思議な絆があるように思えるの。簡単に別ちがたいような、特別な何かが」
「勘弁してくれよ……」
椿が勝手に執着してきているだけだろうに。
まあ、良子も思い込みが激しいところがあるからな。俺と椿に縁なんてあってたまるか。
「そんなことより、そろそろ昼にしようぜ。歩いたら腹減ってきてさ」
「そうね! カンガルー肉とかあるかしら」
「動物園で食うものじゃないだろ……」
動物園内のレストランメニューを見てみると、「パンダバーガー」なる品があるようだ。もちろんパンダ肉を使用しているわけではなく、パンダの形を模したまともなハンバーガーである。
「折角だしパンダバーガーにしようかな」
「それなら私はオムライスにしようかしら」
「えっ、そんな普通のやつでいいのか?」
「変わったものを食べた方がいいかしら」
「いやいや、普通が一番だ! 普通のやつを食べよう! ぜひ!」
「やけに必死ね……」
そりゃあ毎回悪食に付き合わされては身が持たない。いくら良子が好きだとはいっても、それとこれとは話が別だ。
俺は良子ほど度量が広くはないので、いきなり相手のすべてを受け入れられる自信はない。
まあ、ゆくゆくは良子の変わった部分とも昵懇にならなければいけないとは覚悟もしているが……




