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A1―5 花は折りたし梢は高し その5

 俺の考えた作戦がうまくいくか確かめるためには、まず椿に「呪い」の仕組みについて詳しく訊いておく必要があるだろう。

 どうせ椿は放っておいても近寄ってくるのだ。その性質を逆に利用してやる。





「おはようございます先輩。腫れた手はよくなりましたか?」


 翌日、やはり椿は俺の目の前に現れた。朝の大学は人通りも多いが、それでもすぐに俺を見つけてくるあたりなんとも不愉快だ。


 まあいい。今日に限ってはコイツに会えたのはラッキーなのだ。怪しまれないように探りを入れていかないと。


「わかってて訊いてんだろお前。見ての通り昨日から変わってねえよ」


「あら残念。少なくとも今週のデートまでには治りそうにありませんね。可哀想ですねえ、同情しちゃいます」


 心底可笑しそうに椿はクスクスと笑いながら俺の右手を撫でようとしてくる。そのふざけた表情は、可哀想な人間に対して向けるようなものではなかった。


「で、この呪いはどういうタイミングで発動するんだ? もう少し詳しく教えろ」


「それを聞いてどうするんですか? 都合のいい抜け道なんてありませんよ」


「バカ野郎。いまこの場で呪いが暴発したらどうすんだよ。お前も巻き込まれるぞ」


「それも悪くありませんが……まあいいでしょう。中身を知れば先輩も諦めがつくかもしれませんし」


 人波から逃れるように椿が木陰へと潜り込んだので、俺もそれに続く。そしてヤツは、俺の耳元で得意気に語り始めた。


 椿曰く、この呪いは好意を持った相手に対して「好き」だの「愛してる」だの「付き合ってほしい」だの伝えた場合に発動する類いのものらしい。

 それだけでなく、肉体的接触、つまり抱きついたりキスしたりもダメなようだ。

 当然、紙に「好きだ」と書いて相手に見せたりとか、身ぶり手振りで伝えてもアウト。

 どんな形であれ、相手が「告白を受けた」と認識した時点で呪いが作動する。


「じゃあ俺が誰かに告白したくても打つ手なしってことじゃねえか」


「だからそう言ってるじゃないですか。まあ呪いで死ぬわけではないですし、一か八か試してみてもいいかもしれませんね。浅井さんの前で血だるまになっても、あの人なら案外受け入れてくれるかもしれませんよ?」


「浅井先生にそんなグロい姿見せられるか。トラウマになったらどうすんだよ」


「あの雌犬をずいぶん庇い立てするんですねえ。ああ、羨ましい、憎らしい……」


 椿は爪を噛みつつ、俺の背後を睨んだ。もちろんそこに浅井先生はいないのだが、椿からすれば俺を見るたびに浅井先生の影がちらついて煩わしいのだろう。

 そこまで思い詰めるならコイツが俺のことを諦めればいいのに……という正論は今さらか。

 常軌を逸したヤンデレを説得する方法なんて無い。虎の前に生肉を置いて「食うな」と命ずるようなものだ。


「しかし……告白したら発動する呪いなんて、ずいぶん都合のいいものがあるもんだな」


「正確に言えば『相手が告白を受けたと認識した』時に発動する呪いです。つまり、先輩が実際に告白したつもりがなくても、何かの弾みで発動するかもしれませんよ。くれぐれもお気をつけくださいね」


「脅しのつもりか? 俺はそんなものが実在するとは思わないが」


「ええ、認めたくない気持ちはお察しします。しかし梵字の基となったサンスクリット語は言霊として相当な神力を持っており、言語と呪術的の結びつきの強さは自明ですから……呪いは一種のシステム構築なので、禁を破ることは積み上がった荷物を横倒しにするようなもので……それに毒虫の呪いというのは太古の昔から採用されるもので、かのエジプト神セルケトの頭には……」


 椿はなにやら胡散臭いことをペラペラと語り始めた。話が長すぎて内容が半分も入ってこない。

 オカルトと現実の区別がつかないのか? あるいは効果が実証されている呪いだとでも言うのか。

 もしくは、それらしいことを言って俺を煙にまくつもりか。


 椿の真意はわからないが、とにかくこの呪いが実在する前提で動いた方が良さそうだ。万が一にも失敗するわけにはいかない。


 おそらく俺は気難しい顔をしているのだろう。椿の嬉しそうな表情を見ればわかる。

 コイツは俺を困らせるのが何よりの喜びなのだ。

 歪んだ愛情。いや、俺はこんなもの愛情とは呼びたくないが……


 ともかく、他にも気になることはあるので、まだ椿に質問を続けるべきだろう。


「この呪いがある限りお前も俺から甘い台詞は聞けなくなるよな? もちろんそんな台詞を吐くつもりはないが……」


「浅井さんとの関係が破綻してから解呪すればいいだけの話です。私はいつまでも待ちますからね。何年でも。何十年でも」


「タチ悪いな……ハイエナかよ」


「ふふ……ハイエナの一種、アードウルフは仲睦まじい一夫一婦のつがいを作るらしいですよ。私たちもそうなりたいものですねえ」


「仲の良いつがいを作るにしてもお前とは絶対にごめんだ」


 椿の話を一通り聞いた俺は、どうにもならない状況に絶望した……フリをしただけで、実際には解決策を思いついていた。


 ただ、100%成功するような策じゃないし、何より相応の犠牲は覚悟しないといけない。

 呪いがフェイクであれば一番良いのだが、もし本物であれば俺は……


 いかんいかん。ネガティブになってどうする。

 欲しいものがあるなら死に物狂いにならなきゃ手が届かない。迷惑ばかりかけてくる椿から唯一学んだことだ。


 「花は折りたし梢は高し」ということわざがあるが、枝から落っこちる覚悟もなしに花を摘もうなど、そもそも都合のいい話なのだ。

 たとえ梢もろとも地へ落ちたとして、花さえ掴むことができれば俺の勝ち。大事を為すのに痛みや代償はつきものなのである。


「悪いことは言いませんから、浅井さんのことはもう諦めちゃいましょうよ。恋心なんて一時の気の迷いです。本当に先輩を愛してくれるのは誰か、そろそろ気づいたらどうですか?」


「その『誰か』がお前じゃないことだけは確かだけどな。俺を愛するというならまず自由を与えろ」


「自由なんてロクなものじゃないですよ。鳥かごから出た小鳥は、カラスにつつかれるか猫ちゃんに食べられるか……それに、一時的に浅井さんと付き合えたからって、一生続くとは限らないでしょう?」


「一生とか、そんな先のことまで考えるほど暇じゃねえんだよこっちは。たとえ一瞬で過ぎる時間でも、俺は浅井先生と一緒に過ごしたいんだ。お前にはわからんだろうが」


「わかりませんね。わかりたくもありません」


 椿はふてくされた表情を見せ、一度小石を蹴った後、静かに去っていった。

 思ったより話が長くなってしまったな。お陰で講義には大遅刻だ。


 しかし椿の言い分を聞く限り、俺の考えた策はなんとか通用しそうだ。

 色んな犠牲を伴う作戦ではあるので、もっと穏当な方法があれば良いのだが……




 その後数日は何事もなく日々が過ぎていった。浅井先生とバイトで会っても、いつも通り接するよう心がける。

 余計な心配をかけたくないのだ、彼女だけには。


 椿の呪いが怖くないと言えば嘘になる。それでも、浅井先生の柔らかな笑顔を見ると、勇気が湧いてくる。

 そう、俺はこの笑顔を守るために戦う。椿の思い通りにはさせない。




 そして、運命の日がやってきた。




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