表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/270

A1―4 花は折りたし梢は高し その4

 虫に刺された翌日、まだ痛む腕をさすりながら講義が始まるのを待つ。

 そこまで強い痛みではないのだが、時々ヒリヒリとしてくるのがうっとうしい。この陰湿な感じ……刺された原因となった「アイツ」にそっくりだな。


「おはようございます先輩。今日も素敵なしかめっ面ですね」


 突然隣の席に腰かけてきた亡霊は、俺の全身を舐めるように見回し、薄ら笑いを浮かべている。

 同じ講義を受けてるわけでもないのにコイツが来た理由はわかっている。

 まんまと腕を刺された間抜けな俺を嘲笑いに訪れたのだろう。


「てめぇ、よく顔見せられたな。お前のせいで右手はこんなになってんだぞ」


「あら大変、ずいぶんと腫れてますねえ。大丈夫ですか? 何かに刺されました?」


「チッ……とぼけやがって」


 わざとらしい素振りで椿が患部を触ろうとしてくるので、刺されていない左手で払いのける。

 拒絶されたことにショックを受けるでもなく、椿は俺の腫れた手をじっとりと眺めている。


「なんだよ。見世物じゃねえぞ」


「別に? ところで私、最近面白い話を聞いたんです。聞きたいですか? 聞きたいですよね?」


「うるさい。聞きたくない。口を開くな。立ち去れ」


「ちょっとした呪いの話なんですが……」


 コイツ、俺の反発を無視して話し始めやがった……


「少々個性的な呪いがあるらしくてですね。噂によれば、その呪いを受けた人間は、愛の告白を口にすると呪われた箇所から血が吹き出すとか。それはもう、間欠泉のように激しく血が飛び散るみたいです」


「……その話を俺にして何になるんだよ」


「やだなあ、ただの雑談ですよ。夫婦間のコミュニケーションって大事じゃないですか」


「俺とお前は夫婦じゃない。よって、コミュニケーションを取る必要もない。わかったらさっさと消えろ」


「冷たいなあもう。私なりの優しさだったのに。先輩、くれぐれも気をつけてくださいね。血が吹き出さないように」


 椿がニタニタ笑いながら席を立とうとしたので、思わずヤツの腕を掴む。

 このまま逃がしてたまるか。もう少し情報を仕入れておかないと、不気味で仕方がない。


「もしかしてまだおしゃべりしたいんですか? お付き合いしますよ、死ぬまで」


「別にお前の言うことを信じたわけじゃないが、一応訊いておく。血が吹き出たら俺はどうなるんだ?」


「そりゃ毒の混じった血ですから、皮膚がただれるくらいはあり得るんじゃないですか? もちろん、近くにいた人間にもその血はかかりますよねえ」


「……浅井先生は不思議な力で守られてるはずだ。きっとお前の狙い通りにはいかない」


「そうですねえ、あの『呪い返し』とでも言うべき力は厄介です。でもいいんですよ、今回に限っては」


「どういう意味だよ」


「浅井さんの『呪い返し』が発動したとして、果たしてその呪いは誰のところに返ってくるんでしょう。大元の術士か、あるいは媒介となった先輩か」


「……ゲス女め」


 もし浅井先生の「呪い返し」とやらのせいで俺がさらに重傷を負うことになれば、浅井先生は自責の念に囚われることになるだろう。彼女は何も悪いことをしていないにもかかわらず。

 なんなら、椿が「呪い返し」を受けて負傷しても責任を感じるような人なのだ。浅井先生は。

 そこまで織り込み済みで椿はこういう類いの呪いを選んだのだろう。陰湿を通り越して悪辣ですらある。



 しかし「愛の告白によって作動する呪い」なんて都合のいいものが存在するのだろうか。椿にとってあまりにお誂え向きすぎるような。

 コイツの言っていることは一から十まで嘘なのかもしれない。いや、むしろ嘘である可能性の方が高い。


 しかし、呪いの話を聞いてしまった時点で俺は罠にかかってしまったも同然だ。


 告白にうってうけのシチュエーションにこぎ着けたとしても、いま聞いた話のせいで必ずためらいが生じる。

 最高のタイミングで俺が何もアクションを起こさなければ、浅井先生にとっては肩透かしを食らったようなものだろう。

 こういう地味で地道な妨害を続けていけば、俺と浅井先生がくっつかないまま大学生活が終わるかもしれない。

 そうなればもう椿の思うツボだ。


 たとえ「血が吹き出す呪い」が実在しないとしても、こうして説明を垂れて俺の行動に制約をかけること自体が、一種の呪いとして機能している。

 どこまでも厄介な奴だ。的確に相手の嫌がるポイントをついてくる。生まれる時代が違えば拷問吏として辣腕を奮っていたんだろうな。

 現代人にはまったく必要のない才能ではあるが……


「では、私も自分の講義があるのでそろそろ行きますね。ふふ……有意義なおしゃべりができて楽しかったです」


「そうかい。二度とそのツラ見せんな」


「ああ、それと」


「まだ何か用か」


「楽しんできてくださいね、京都でのデート」


 手をひらひらさせながら、軽い足取りで椿は立ち去っていった。残された俺は一人うなだれる。


 ダメだ。行動が全部読まれてる。盗聴か? 伊坂のスパイ行為? あるいはもっと別の方法で?

 わからない。ヤツの手口はさっぱりわからないが、とにかく俺の行動・言動すべてが椿に見張られていると思っておいた方が良さそうだ。


 こんな状態でデートがうまくいくのか?

 しかし、もう来週末に浅井先生と出かける予定は立ててしまった。

 場所は京都の上賀茂神社、世界遺産にも登録されている由緒正しい紅葉スポットだ。

 椿の妨害さえなければロマンチックなデートになるはずだったのに……


 ひたすら頭を抱えていると、始業を告げるチャイムが鳴った。気づけば教授もすでにマイクを手にしている。


 とにかく今は講義に集中しないといけないな。悩むのは後からでもできる。あんなヤツのために単位を落としてたまるか。


 さて、今日は身体と言語の関係性を考察する講義だ。これまでの講義でも、発話言語を持たない民族のコミュニケーション手段が紹介されたりとかあったな。

 動物なんかも身ぶり手ぶりによって互いにコミュニケーションを取っていると聞いたことがある。

 小難しい理論と比べると直感的に理解しやすい講義で、なかなか興味のそそられる内容ではあるのだが……


 ……待てよ。もしかしてこの講義内容が使えるんじゃないか?


 椿を出し抜く秘策として。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ