A1―2 花は折りたし梢は高し その2
「アタシを頼るなんて名采配っすね! あっ、ビールおかわりお願いしまーす!」
モアちゃんは上機嫌で5杯目のビールを頼んだ。店に入ってまだ15分しか経っていないのだが、恐ろしいペースだ。
「相談したいことがあるからオゴる」と声をかけた時から大はしゃぎしていた彼女は、そのテンションを保ったまま酒を呷り続けている。
……本当にこの子をアテにして良かったのだろうか。
「でもなんでアタシに相談しようと思ったんすか? やっぱモテそうに見えるから? いやー、照れるっすねー」
「まあ、色々考えた結果な……」
消去法で彼女を相談相手に選んだことは黙っていた方が良さそうだ。
浅井先生との今後を相談するにあたり、リーちゃんや千佳を頼るわけにはいかないし……
恋愛経験の少なそうな麻季ちゃんや、変態の伊坂、怠惰の化身である喜多村さんもイマイチ頼りない。
その点モアちゃんは(酒乱ではあるが)社交的な性格であり、恋愛経験の一つや二つあるだろうと踏んで話を持ちかけてみた。
案の定、酒の場で知り合った男性と深い仲になったこともあるらしく、相談相手としては悪くないと判断し今に至る。
もちろんモアちゃんに裏切られて椿に報告されるリスクはあるのだが、情報漏洩があっても問題ない範囲の相談に留めておけば大丈夫だろう。
浅井先生とのデートの場所や日時さえ伏せておけば、そうそう邪魔されることもないはず。
「で、武永さんは何が訊きたいんすか? 卑猥な話っすか? それとも淫猥な話?」
「なんでスケベ一択なんだよ……」
「他に何があるんすか?」
「付き合うきっかけをどうやって作ろうかな、とかさ」
「そんなもんチュッとしてガッとやったら終わりっすよ。 何を迷うことがあるんすか?」
モアちゃんはビールを一息にあおり、ぷはぁと息を吐いた。思考も振る舞いも豪胆すぎる。
見た目からして陽気な彼女らしいと言えばそうなんだが。
それにしても諸星みてえなこと言いやがるなこの子……それとも「パリピ」的な世界観ではこれが普通なのか? 俺の感覚が堅物すぎるとか?
いやいや、そんなことはないはず……たぶん。
「ちゃんと告白して付き合いたいんだよ俺は。おそらくだけど浅井先生もそういうタイプだし」
「あーなるほど、そういうスタンスっすか。いいっすよ。武永案をお聞きしましょう」
モアちゃんは新しく運ばれてきたハイボールと唐揚げを交互に飲み込みつつ、話を促してくる。
いや唐揚げを飲み込むってなんだ? ちゃんと咀嚼してるのか? 飲食のスピードが早すぎて気になるが、とにかく話はしてみるか……
「まだデートプランとかは決まってないけど、告白するなら格式のあるレストランとか……」
「あーもう論外っすね。講義なら『不可』っす。落単して落胆して終わりっす」
バッサリ斬られた。そんなにダメだったのか。せっかく告白するならロマンチックな場所がいいと思ったんだが……なぜ……
俺の落ち込んだ表情をつまみにして、モアちゃんはハイボールをおかわりしている。マジで何杯飲むつもりなんだろう。
飲み放題にしてないと俺の財布が破産するところだったな……
「武永さん、言い寄られることはあっても自分から口説いたことあんまないっすよね。丸わかりっすよ」
「それはそうだが……さっきのはどこがダメだったんだ?」
「そりゃ気合い入った場所で告られたら女の子としては断りづらいじゃないすか。ちゃんと断れる余地を残しとかないと、引かれるっすよ普通」
……返す言葉もなかった。赤ら顔で枝豆をつまんでる割に、真っ当な正論をぶつけてくるなモアちゃん。
耳が痛い部分もあるが、だからこそ聞く価値がありそうだ。
「だいたい告白にこだわる必要もないと思うんすよねー」
「そうなのか!?」
「いや、しちゃダメってわけじゃないんすけど。告白はあくまで最終確認っていうか。そこまでに手を繋いでみたりとか、身体を近づけてみたりとかで、拒否されないかテストするのは大事っすよ」
「ほー、勉強になるな」
「まあ話半分に聞いてほしいんすけどね。誰にでも通用するテクみたいなやつはどこにもないっすし」
震える手でエイヒレをつまみながらモアちゃんは語る。見た目は完全なアルコール中毒者だが、言っていることには妙な説得力があった。
どうしてモアちゃんがこんなに恋愛事に詳しいのかは謎だが、何にせよありがたい。
クソ真面目なだけが取り柄の俺にとって、恋愛というのは苦手分野の一つなのだ。
「でもアタシに相談して大丈夫なんすか? つばっちにバレると面倒っすよね?」
「そこはモアちゃんを信じてだな……」
「またまたー。アタシのことただの酒カスだと思ってるっしょ」
「いや……今日で少し見方は変わったよ。相談に乗ってくれて助かった」
「マジっすか。成功したら報酬も弾んでもらうっすよ」
「はいはい……まあ遅かれ早かれ椿にはバレるだろうからな。その時までは協力してくれ」
続けてモアちゃんがソーセージのアヒージョをねだってきたので注文を通してやると、突然背筋に冷たいものが走った。
「あら先輩、また浮気ですか? それも今度は私の友人と」
背後霊のごとく後ろに張りついた椿が両肩を撫で回してくる。
いつ来た? どこから聞かれていた? 慌てるな。こちらの意図を悟られてはならない。
「つばっちじゃないっすか! いやー、偶然っすね!」
「偶然ですねえ。いえ、先輩と私が引き合うのは必然、運命、赤い糸……」
椿は俺の隣に腰かけると、俺の飲みかけのビールを許可もなく飲み干した。
良かった。いつもの気色悪い椿だ。いや、良くはないんだが……まあ最悪の事態ではない。
「それで、どうして先輩がモアちゃんと飲んでるんですか?」
「大学でたまたま会ってな。バイトの給料が入った話をしたら酒をオゴれとうるさくて」
「オカンの教えなんすよ。『タカりではなくおねだり。可愛く頼めば許される』って。我が母ながらタメになるっす」
「あら、てっきり泥棒猫が増えたのかと」
「浮気も何も武永さんにキョーミないっすよ! アタシが愛するのはアルコールだけっす!」
「それならいいんですけど……」
なんとか誤魔化せたか? モアちゃんなら俺にオゴりを強要することもあり得る話だし、一応信憑性はあるか。
このまま話を逸らして他愛のない雑談に入ればこちらのものだ。頼むぞモアちゃん。
「あれ? お二人とも互いに目配せして、何かありましたか?」
「えっ!? い、いや……気のせいなんじゃないか?」
「そうっすよ! 武永さんがアタシをいやらしい目で見てくるくらいで、他には何も……!」
「なんだか気になりますねえ。うふふふふ」
椿が俺の膝のうえに手を置き、首をかしげる。
断じて愛らしい仕草などではない。これはヤツなりの威嚇行為なのだ。
「もしかして、何か悪だくみでもしてたんですかあ?」
椿の気色悪い猫なで声が外耳道から侵入してくる。ダメだ、完全に疑われている……!




