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A1―1 花は折りたし梢は高し その1

「やっぱり浅井先生かな。お人好しすぎるところはあるけど、一番人格者だし」


「そりゃそうだわなあ。美人だしスタイルもいい」


「確かにそうだけど……俺は別に見た目で選んだわけじゃ」


「あー、わかったわかった。そういうことにしといてやるよ。 ヒャヒャヒャ!」


 ヘラヘラ笑う諸星にヘッドロックを仕掛けながら、ようやく冷静になった頭で考える。


 俺は、ついに明言してしまった。もしかしたらこの会話を椿に聞かれているかもしれないのに。

 いや、誰が聞いていようといまいと関係ない。俺が、俺自身が決めたことなのだ。

 ここまで来ればもう引き返せない。これまで以上に真剣に浅井先生と向き合う必要があるだろう。


「言ってはみたものの、マジで付き合えんのかな。浅井先生と」


「そりゃあ余裕だろ。俺の見立てだけどなあ」


「でもあれだけ美人で気立ても良けりゃ引く手あまただろうに。わざわざ俺じゃなくても」


「わかってねえなあ武永。美人こそ最後はパッとしない男を選ぶもんさ」


「それ誉めてる? バカにしてないか?」


「大絶賛よ。俺には真似できねえからさあ」


 ヘラヘラ笑いながら諸星は席を立ち、しばらくすると両手でコーヒーを2カップ抱えて戻ってきた。

 話が長くなりそうだと判断してのことだろう。わざわざ俺の分も買ってくるあたり、悪い奴じゃあないんだよな、コイツも。


「しかし浅井さんか……リーちゃんが悲しむだろうなあ」


「うっ……そっちも解決しなきゃいけないよな。罪悪感を持つのも変なんだが、どうにも」


「別にお前が悪いわけじゃねえさ。こういうのは誰も悪くねえんだ。強いて言うなら星回りが悪い」


 ほろ苦いコーヒーを飲みつつ、諸星はそう笑った。実のない慰めではあるが、それでも気が安らいだのは事実だ。

 誰もが幸せになれる世界であればいいと俺も思うが、なかなかうまくはいかないもので。

 諸星に倣って一夫多妻制を目指すわけにもいかないし、誰かを悲しませることは避けられない。

 俺の人生が何周もあればなあ……なんて非現実的なことまで考えてしまう。

 こんな安っぽい同情では誰も救われやしないのだが。


 少しナイーブな気分になってうつむくと、額にバチン!と痛みが走った。

 諸星が立ち上がっているところを見るに、どうやら奴にデコピンをされたらしい。


「なにすんだよ」


「どうせウダウダ悩んでんだろうと思ってなあ。景気づけだよ」


「誰も頼んでねえよチクショウ。そういやお前、浅井先生には全然興味ないよな。ナンパ野郎なのに」


「なんかヤベー匂いがするからなあ、あの人は。浅井さん自身というより、もっと背後になんか嫌な気配がすんだよなあ」


 諸星の勘はおそらく的を射ている。浅井先生を傷つけようものなら、おばあさんからどんな呪いをかけられるか。

 俺だって半端な覚悟で挑むつもりはないが、もし何か間違いがあって浅井先生を泣かせてしまったらと思うと……そら恐ろしい。

 しかし男にはやらねばならない時があるものだ。


「どっかで浅井先生に告白はしないとな……まずデートに誘うところからだが」


「それなら俺に良い案があるぞお」


「おっ、マジか」


「とりあえず二人で飲み屋に行って」


「それで?」


「帰りにホテルに誘え」


「展開が早えよ! あらゆるステップすっ飛ばしてんじゃねえか!」


 相談する相手を間違えた気がする……どこまで本気で言ってるのかもわからんし、まったく参考にならない。

 ナンパとかだと効率的なやり方なのかもしれないが、別にRTAがやりたいわけじゃないんだよ俺は……


「なんだよお。人がせっかく真面目に答えたやったってのに」


「真面目に答えてそれか……」


「言葉は嘘をつくが、身体は嘘をつけねえからな。駆け引きがしたいわけでもねえんだろ?」


「だからってそんなスピード感で生きてねえよ。俺も、たぶん浅井先生も」


「お前ら品行方正だもんなあ。ウブ同士の恋愛は俺にはよくわかんねえわ」


 そう言い放って諸星は大きく欠伸をした。正直な姿勢は嫌いじゃないが、しかしアドバイスを得られないのは痛い。


「諸星が頼れないってなると、誰に相談するべきかね」


「そりゃやっぱ女の子だろお。お前と浅井先生の知り合いで、ある程度恋愛経験があって、率直に意見を述べてくれそうな」


「そんな都合のいい相手がいるかな……」


 二杯目のコーヒーを飲み干し、ゴミを捨てに行ったところで、遠くから黒い人影が近づいてくるのがわかった。

 嫌な予感がする。直ちにここを立ち去らないと。


「悪い諸星、『アレ』が来た」


「おお、気ぃつけて帰れよ。勘づかれて刺されないようにな」


「ああ。今日は世話になった」


 小走りで近づいてくる影から逃げるため、カバンを背負って即座に駆け出す。

 遠くから『アレ』……つまり椿の呼び声が聞こえてくるが振り返らず足にムチ打って走り続ける。


 仮に首尾よく浅井先生と付き合えたとしても、ヤツを何とかしなきゃいけないのか。前途多難だな、まさに。


 種々の懸念とは裏腹に、俺の胸はかつてなく高鳴っていた。

 こんな俺にもようやく目標ができたわけで。乾坤一擲、一世一代の大仕事だ。


 俺は近いうちに浅井先生に告白する。自分で言うのもなんだか、成功率はきっと悪くないだろう。


 椿の存在は確かに厄介ではあるが、ヤツさえ何とかできればバラ色の日々が待っているのだ。

 やるぞ。俺はやるぞ。やってやる。今に見てろ。






 意気込んでみたはいいものの、どうやって浅井先生に告白すべきか良いアイディアが浮かばない。

 そもそも俺、告白とかしたことないんだよな。高校の時に付き合ってた子とは、なんか流れでそうなっただけだし。


 ネットで調べても情報が錯綜しすぎていてわけがわからない。

 ある記事には「ガンガン攻めろ」と書いてあるかと思えば、また別の記事には「相手の出方を窺いながら一歩一歩着実に」とか書いてある。

 結局どっちが正しいんだ? 恋愛、難しすぎるな……


 そもそも万人向けの恋愛理論なんて無いんじゃないか?

 一種のオーダーメイドというか、相手によって攻め方を変えるのが理想的な気がする。


 そうなるとやっぱり、誰か知り合いを頼るしかないのだろう。


 さて、誰に相談しようか……





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