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55 選択

 四限の講義が終わり、学内のコンビニ前にあるテラス席に腰を落ち着ける。

 どこでも100円でコーヒーを飲めるのはありがたいことだ。心を落ち着けたい時、あるいは逆に目を覚ましたい時なんかにも有効で、ついついチープなコーヒーを頼ってしまう。


 周囲に椿の影がないことを確認し、安堵の息を吐く。

 今日はバイトもないし、今からどこかへ出掛けるか?

 ぼんやり物思いにふけっていると、手を振りながら近づいてくる人影が見えた。

 あの無駄にデカくて胡散臭い風体は……諸星か。


「よお武永、面白えことになってるみたいだなあ」


 ここ最近のゴタゴタについてはまだ諸星に話をしていなかった。それでも事情を知っているということは、おそらくリーちゃんから色々聞いたのだろう。

 人の気も知らずにヘラヘラしやがって。


「うるせえな。どうせ他人事だと思ってんだろ」


「そりゃ他人だからなあ。自分以外はみんな他人だ」


「だからって人の人生をエンタメみたいに扱うなよ」


「そんなつもりはねえさ。他人事なりに心配してんだぜえ?」


「お前の言葉はいちいち軽いんだよ」


 向かいに座る諸星を睨みつつ、俺は残ったコーヒーを飲み干した。

 我ながら、「心配だ」と口にしてくれる相手に取る態度ではない。

 余裕がなくなってしまっているのだろうか、つい諸星に強く当たってしまう。遠慮のない相手だから余計にだ。


 しかし諸星に対して内心を正直に打ち明けることもなかなか勇気がいるものだ。

 いや、そんな大層な言い方をするほどでもないか。単に気恥ずかしいのだろう、俺は。

 男同士だからといって、何でも割りきって話せるとは限らない。

 むしろ友人にこそ見せたくない部分もあったりなかったり。


「なんだあ、武永。ドブにはまったみてえな顔してんぞ」


「いや、まあ……」


「何があったのか話してみろよ、聞くだけならタダだぜ。それ以上は有料だが」


「そうかい。(あつ)い友情に感謝するよ」


 諸星は机から乗り出し、こちらに耳を向けるジェスチャーを取った。

 いちいち胡散臭い野郎だ。


 しかし聞いてくれるというなら話すのもアリか……? 言いたくない部分はぼかすこともできるし。

 辛辣な反応を返されたら立ち直れないかもしれないが、たまには諸星を信じてやってもいいか。


 それから俺は、ポツリポツリ話し始めた。

 ここ数日で色んな女の子からどんどんアプローチをかけられていること。誰にどう応えるべきか悩んでいること。自分だけでは指針が定まらないこと。


 話せることをすべて話してもスッキリはしなかったが、ひとまず自分の中で状況が整理できた。


 とにかく俺は、いい加減誰の想いに応えるべきか結論を出さねばならないのだろう。

 曖昧にしてごまかし続けることもできるが、そうすると俺自身が疲れるし、何より「彼女ら」に対してあまりに失礼だろう。


「なるほどねえ」


 諸星はイスに深く座り直し、自分の丸眼鏡を拭き始めた。


「俺はこれからどうすればいいと思う?」


「そうだな、とりあえず全員とヤってみたらどうだ?」


「事態が悪化するだろうが!」


「ヒャヒャヒャ! 椿ちゃんがいる時点でそりゃ悪手だわな。言ってから気づいたわ」


「まったく……自分でも贅沢な悩みだとは思うけどな、真面目に考えてんだぞこっちは」


「ふーむ……」


 眼鏡を拭く手を止め、諸星は静かにうつむいた。珍しく思案に耽っている様子だ。

 普段は本能のままに行動し、本気だか冗談だか怪しいことをペラペラしゃべる奴なのに。

 コイツなりに事の深刻さを理解してくれたのだろうか。


 思えば俺が諸星を頼ることは珍しいような気がする。

 一回生や二回生の頃はよく諸星から一般教養のノートを貸してくれと頼まれたものだが、あの時の借りを返してくれるつもりなのかもしれない。


「考えすぎなんじゃねえの? 逆にさあ」


 眼鏡をかけ直した諸星が、俺の目をまっすぐ見据えて告げる。


「だってお前、大事なことだろコレ」


「お前はなあ、真剣すぎるからダメなんだって。誰と付き合いたいかなんて、缶チューハイを選ぶくらいのノリでいいんだよ」


「いや、それだと相手に失礼なんじゃ……」


「失礼で何が悪い。人を勝手に好いたり嫌ったりなんて、そもそも無礼で身勝手な感情なんだぜ? お互いわがままでいいんだよ、こういうのは」


 諸星の唱える理屈も、頭では理解できる。身も蓋もないことを言えば、俺に懸想するのは彼女らの勝手で、俺が責任を負わねばならないものではない。

 「惚れた弱味」という言葉もあるが、基本的に恋愛なんて惚れた側の負けなのだ。

 誰かを好きになるということは、自らまな板の鯉になるも同じ。どう料理されても文句は言えないものだ。


 それでも俺は、できる限り誠実に彼女らと向き合いたい。

 まさか諸星のように二股三股上等で遊ぶわけにもいかないし。


「自分でもわからなくなってきたな……俺は誰が好きなんだろ」


「だから難しく考えんなっての。たとえば……そうだな。大学を卒業しても付き合い続けられそうな相手とか。俺が言っても説得力はねえんだが、一緒に過ごす未来をイメージできる相手がいいだろ。やっぱ」


「未来、ね……」


 大学を卒業して、俺は就職してて、その時に隣にいる人。

 そりゃあせっかく付き合うなら長続きする人がいい。

 大学で付き合ってそのまま結婚、という話も珍しいものではない。

 大げさかもしれないが、本当に先々のことまで考えて相手を選ぶべきなのだろう。


 前からいい雰囲気になってる浅井先生か、何でも一緒に楽しんでくれそうなリーちゃんか、強く想ってくれてる千佳か、それとも別の誰か、とか……




 目を閉じた時、まぶたの裏に浮かんできたその相手は……





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