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53―7 ヤンデレとかくれんぼ その7

 重なった唇ごしに、椿の体温がみるみる上昇していくのがわかる。

 狂言でも何でもなく、コイツは本当に俺のことが好きなんだろうな。全然嬉しくはないが、ハッキリと実感してしまった。

 押さえた椿の頭に薄く汗がにじんでいる様子も伝わってくる。

 もうそろそろ離してもいいだろうか。というか、そうしないと流石に俺のほうが参ってしまいそうだった。


「ぷはっ……せ、先輩? あ、あの、お気持ちは嬉しいのですが、物事には順序とか前触れとかそういうのが必要だと思うんです。そりゃあ先輩の接吻なら私はいつでも歓迎ですが、いきなりは心臓に悪いと言いますか、幸福も一定量を超えると身体に大きなダメージを与えるわけでですね。私だって突然のキスに憧れるくらいには乙女ですが、急すぎるとですね、やはりですね、驚きが勝ってしまうというか」


 ボソボソ早口で話す椿を無視して振り返ると、村瀬と伊坂が呆然と口を開けてこちらを見つめていた。

 気持ちはわかるが、いつまでもボーッとされていても困る。


「帰るぞ村瀬。もういいだろ」


「いや、キミ……事態を余計にこじれさせてないか?」


「そうかもな。でもこれでいいんだ、俺とお前の身を守るためだ」


「そんな、だって……」


 まだ何か言いたそうな村瀬の手を取り、駅の方向へと歩き出す。

 村瀬は転びそうになりながらも、厚底のブーツをうまく操りなんとか着いてきた。


 椿の様子を横目で盗み見ると、ヤツはすっかりしゃがみこんでしまっていた。両手で顔を挟んだまま何事かブツブツ呟いている。

 横から懸命に話しかけている伊坂の声など少しも聞こえていないようだ。


 予想通り……いや、予想以上か。とにかく脅威は去った。

 少なくとも今日のところは身の安全が保障されたのだし、さっさと帰るに限る。






 駅のホームまで戻ると、ひどく腹が空いていることに気がついた。

 六甲に着いたら村瀬と飯を食うかな。まさかロリィタ服の女と定食屋に入るわけにもいかないし、カフェ系の店にでも入るかなあ。

 そんなことをのんきに考えていると、隣に座る村瀬の心配そうな声が聞こえてきた。


「武永くん、本当に大丈夫なのか? 今の椿くんは歓びで天に昇っているだろうが、正気を取り戻したらやはりボクの身が危ないんじゃ……」


「心配すんな。むしろアイツは村瀬に感謝してるぐらいだろうさ。こうなるきっかけを作ったのはお前なんだから」


「しかしだな……」


「言いたいことはわかるよ。別に村瀬のやったことが帳消しになったわけじゃない。だけどな、あの瞬間椿の頭の中で村瀬は『生かす価値あり』に変わったんだよ。お前がまた突飛なことをすれば、椿もその恩恵を受けるっていう前例ができたわけだし」


「うぅむ。しかしあの嫉妬深い椿くんがそう簡単に許してくれるだろうか」


 村瀬の心配も的外れではない。確かに椿は嫉妬深く、陰湿な人間ではある。合理的でない行動を取ることも多い。

 しかしこれまで椿と闘ってきたきた中で、俺にもわかってきたことがある。奴の性格とか、傾向とか、一種の行動規範のようなものが。


 椿も一応人間だ。24時間365日いつでも交感神経が迸っているというわけではない。

 悪い方に感情が昂ると躊躇なく危害を加えてくるバーサーカーになるが、その感情さえ宥めることができれば突然襲いかかってくることはないのだ。


 それにアイツは何だかんだと言いながら俺以外の人間を本気で害することは滅多にない。

 まあ、「周りの人間に迷惑をかけてはいけない」とかそんな道徳的な判断でなさそうだが……

 他の人間を傷つけた場合、自分が警察等の公的機関に睨まれるかもしれないという利己的な動機があるのだろう。


 ただし俺は例外。「本庄椿」という存在を強く深く印象づけるため、手段を選ばず襲いかかってくる。本人も言っていたが、正攻法では浅井先生や他のライバルに叶わないから、という理由らしい。

 まあ、単にサディスト的な嗜好もあるんだろうけど。


 まったく理解できない思考回路ではあるが、椿がそういう考え方であるということはいい加減理解できてきた。

 あんな奴のことを深く知りたくはなかったが、己の敵を知ることに勝る護身術はないものだ。


「まあ武永くんがそこまで言うなら問題ないんだろうね。キミたちは相思相愛だから」


「冗談でもやめてくれ。さっきの行為は思い出したくないんだよ」


「何はともあれ、誰も傷つかない方法で収めたのは見事なものだよ。よしよし」


 村瀬は背伸びして俺の頭をポンポンと叩いた。袖のフリルが顔に当たってうっとうしい。


 だいたい、アレはそんな器用な解決策じゃなかったし、俺自身はちょっと傷ついてるんだが。

 何が悲しくてあんな亡霊じみた女とキスしなければならないのか。

 カエルとキスするほうがまだマシだとすら思えるのに……






 六甲駅に帰ってきた俺たちが食事を終えると、もう22時近くになっていた。

 店を出るとすでに人影もまだらだ。一応すべて片付いたし、あとは俺たちも家に帰るだけ。


 頼りない街灯に照らされた村瀬が伸びをする。その様子をぼんやり眺めていると、おもむろに村瀬が顔を近づけてきた。

 色々とあったせいか思わずのけ反ってしまう。


「ふふ、そんなに怯えなくてもいだろう。で、どうだった? 椿くんとの口づけの感想は」


「どうもこうもねえよ。ただ不快だっただけだ」


「ははっ、照れ隠しだね。じゃあ聞き方を変えよう。ボクと椿くん、どっちが良かったかな」


「それは……」


 椿なんぞよりは村瀬のほうがマシではあったが、なんとなくその事実を悟られたくはなかった。

 それを認めると、まるで俺が村瀬に気があるみたいでなんとなく癪だ。


「お前こそどうなんだよ。わざわざ俺なんかとキスしなくても良かったろ」


「ボクは後悔してないよ。武永くんは嫌だったか?」


「別に、嫌とかでは、ないけど……」


「そうかそうか。悪くはなかったか。ふふふ」


 俺のしどろもどろの返答を聞いた村瀬は蠱惑的に笑った。

 なんなんだコイツ。やっぱり俺のことが好きなのか。

 村瀬のことは良い友だちだと思っているが、露骨に異性として振る舞われるとさすがに意識してしまうというか……


「しかしボクは明日から良子ちゃんにどんな顔で会えばいいんだろうね……罪悪感で胸がはちきれそうだな、ふふ……」


「言葉の割に楽しそうだな。お前本当に反省してるのか?」


「もちろん。今すぐ良子ちゃんに土下座すべきだと思ってるよ」


「胸を張って言うことじゃねえ」


「しかし待てよ。キミたちが付き合っていない状態でボクが先に『お手つき』をしたわけだが、これは寝取りになるのか? あるいはキミたちが付き合ったらボクは寝取られたことになるのか?」


「知るか。どうでもいいだろそんなこと」


「そうだね。どっちでも興奮できるしね」


 ……単にコイツの嗜癖が歪んでるだけじゃねえか、これ。

 ちょっとドキドキして損した。






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