⑪ ヤンデレとチャラ男
「浅井さん? ああ知ってる知ってる。『学内四大変人』の一人だろ」
諸星はラーメンを啜りつつ答えた。こいつラーメンばっかり食ってるな。俺も人のことは言えないが、不摂生ではないだろうか。
「お前、浅井さんとも知り合いなのか。つくづく変人に縁があるねえ」
「気の毒そうな目で見るな」
「実際気の毒だと思うんだよなあ。大学生ってこう……パーッと遊んだりするもんだろ」
「お前は遊びすぎだから参考にならねえよ」
「そうかねえ」
こうして諸星と昼食を取っている間も、椿は俺の後方にいるはずだ。最近では「気にしたら負け」という強い気持ちで後ろを振り返らないようにしているが。
「オーイ椿ちゃん、そんなとこ隠れてないでこっち来いよお」
「なんでお前はそういう余計なことするんだよ!」
「え、だって可哀想じゃん。あんな暗いところに立ちっぱなしでさあ」
逃げようと思ったのも束の間、椿はすでに俺の隣の席に座っていた。その反射神経をもっと別のことに活かしてくれ。
「先輩、諸星さん、ご機嫌よう。お二人は仲が良いのですね」
「ああ、安心してくれ椿ちゃん。俺ぁ男には興味ないからな」
「よく知ってますよ、うふふ……」
「それもそうかあ。ま、俺と武永が仲良いのは事実だけど」
えっ、何この感じ。椿と諸星とこんな普通に会話すんの? ただの友達みたいに見えるんだが……
「あら先輩……私と諸星さんがお話してるのに妬いてるんですか? 私はどこにも行きませんよ」
「どっか行ってくれた方が嬉しいんだが……いや、お前らが妙に親しげだから不思議だなって」
俺の言葉を聞いた二人は、顔を見合わせた後「ふふふ」、「ヒャヒャヒャ」とそれぞれ笑いだした。さっきから何なんだ、この仲間はずれ感は。
「俺は椿ちゃんとは不戦協定を結んでんのよ。言わば同盟ってやつだな」
「ギブアンドテイクの間柄なのです」
二人揃ってニヤニヤしてるのが妙に腹立たしい。「協定」と聞いて大体の状況は理解したが、理解したからこそ余計に苛立つ。
「諸星、テメェ裏切ったな」
「裏切るとは人聞きが悪いなあ。俺はお前の友達であって、味方ではねえんだぞ」
「何だよその詭弁は」
「詭弁じゃねえさ。俺はお前のことが大事だよ、俺の都合の次にな」
諸星のメガネが光る。前々からロクでもない奴だとは思ってたが、諸星はやっぱりゲス野郎だった。おそらくコイツは俺の個人情報を売って椿から何らかの利益を得ている。その「利益」ってやつの内容も何となくは想像がつくが……おおかた女関係だろう。
癖毛に無精髭、丸ぶちメガネまで備えた胡散臭い出で立ちのコイツがモテるのは納得いかないが、人生とは常々理不尽なものだ。
「まあまあ先輩。そんなに怒っちゃかわいい顔が台無しですよ? ほらほら笑って、カメラはこっちですよ」
「そんな堂々と盗撮するやつがあるか!まったく……お前らには人の情ってやつが無いのかよ」
「憎まれ口叩きながらも相手してくれる武永が俺は好きだぜ」
「やめろ気色悪い」
諸星はキスでもせんばかりに顔を近づけてきた。椿が容赦なく諸星の頭を叩きそれは阻止されたが、二人ともニヤニヤと笑っている。
コイツら、ロクデナシ同士結構気が合うのかもな。
しかし言われてみれば、俺はなんでこんな連中と仲良くおしゃべりしてるんだろう?諸星がクズなことは前から知っていたし、椿に至ってはほぼ刑法犯だ。大学内は広いんだし、コイツらと関わらず生きていく道だってあったはずだ。
「先輩はダメな人間を放っておけないですからね。そういうところが素敵なのですが」
「お前自分がダメな人間って自覚あったの!?」
「えっ、俺そんなダメな人間かなあ……」
「諸星テメェは自覚しろ!」
いかんいかん、ついツッコんでしまう。これではずっとコイツらから離れられない。
いつかは別れが来るものだ。それまでにコイツらが真人間になってくれていないと……って考えるから良くないのか。しかしこんな癖のある奴らを放置するのも社会的損失というか……
「そういや椿ちゃん、なんで武永のことは『先輩』って呼ぶんだ?」
「えっ? だって私もそのうち名字が『武永』になりますし、その呼び方に慣れるよりは『先輩』の方がいいかなって。あと『旦那様』って呼んだこともあるんですが、返事してもらえなかったので……」
「ヒャヒャヒャ! そうかそうか! 早く結婚してもらえるといいなあ」
「先輩、結婚式の仲人が決まりましたよ」
うん、やっぱりコイツらとは早々に縁を切るべきだな。頑張ろ……