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53―1 ヤンデレとかくれんぼ その1

「おはようございます先輩、いい朝ですね。もちろん先輩がいればいつ何時だっていい朝なのですが、今日は特に最高のシチュエーションということです。木漏れ日が心地よく降り注ぎ、小鳥は気ままに歌いだす。まるで二人の生活を祝福しているかのような、優しい朝。ああ、こんな日に先輩と出会えるなんて……これはもう運命では? 神が、世界が、必然が、我々に結ばれるべきだと囁いているのではないでしょうか。ねえ先輩、何か返事してください。私と会った感想は?」


「朝からスタミナ丼食わされてる気分だ」


「そうですか、そんなに栄養ついちゃいましたか。嬉しい」


「胃もたれで吐きそうって言ってんだよ」


 通学ルートの途中で信号待ちをしていると、後ろからヌルッと背後霊が現れた。

 神出鬼没なのはいつものことだが、俺が身構えていないタイミングで毎回出てくるのでとにかく心臓に悪い。


 確かに気持ちのいい朝ではあったが、それも椿が現れたせいで台無しだ。

 小鳥のさえずりすら俺をあざ笑う声に聞こえてくる。


「毎回ビビらせやがって、俺をショック死させたいのか?」


「いいえ、先輩には長生きしてもらわないと。120歳まで一緒にいましょうね」


「その割にお前、時々俺の命を狙ってるよな……」


「恋はいつでも命懸けなんです。ハートを射止める、なんて修辞があるでしょう?」


「心臓を物理的に攻め立てるという意味ではないと思うが」


 ふと椿の表情を見ると、ヤツは元々細い目をさらに細めてご満悦そうに笑っていた。俺に相手してもらえるのが何よりの楽しみなのだろう。


 チクショウ、また椿のペースに呑まれている気がする。

 しかしコイツに対して主導権を握るような妙案はさっぱり思いつかない。というか、考えうる方法は色々試してきたが、それらが功を奏したためしが無いのだ。


 一度出会うと乗せられてしまう以上、椿に会わないようにするのが一番の有効打なのではないか。

 伊坂と契約を結んでから椿の目をかい潜れることも増えたが、しかし伊坂も気まぐれで俺を裏切ってくる以上、過信はできない。

 やはり自らの手で打開策を見つけるしかないか。


「先輩、ずいぶんと考えこんでますねえ。何か面白いことでも思いつきましたか?」


「うるさい。何かあってもお前には話さん」


「えっ、『お前のことを離さない』だなんて、そんな……」


「そう聞こえたなら耳鼻科に行け」


「先輩が付き添ってくれるなら行きますが」


「もしくは耳を切り取れ」


「耳のない女性がお好みですか? それならそうと早く言ってくれればいいのに」


 椿はカバンから刃渡り20cmはあろう長いハサミを取り出し、自らの耳にあてがった。


 背中に嫌な汗が走る。コイツなら本当にやりかねない。

 にび色に光るハサミ。肉の一枚や二枚なら両断できそうなその鋭利さに、他人事ながらゾッとする。


 慌てて椿の二の腕を強く掴むと、把持力を失ったヤツの手からハサミが落ちた。


「あら、止めてくれるんですか。お優しい……」


「止めないとお前、『耳を失った責任を取れ』って俺に迫ってくるだろうが」


「よくおわかりで」


 クスクスと笑いながら、椿は鋭利な刃物をカバンにしまった。

 銃刀法違反って刃渡り何cmからダメなんだっけ? 椿の私物は明らかに違反してそうだが……


 冗談にしろ本気にしろ、物騒なことはやめてほしいものだ。


「耳なんか切る前にお前はその無駄に長い髪を切れよ」


「髪の短い女性がお好みですか?」


「そのくだりはもういいっての」


 益体のないやり取りを交わしつつ、大学への長い坂道を登り続けると、椿の通う文学部棟の近くまでたどり着いた。

 異常者とはいえヤツも一介の学生ではある。講義のためここでお別れだ。コイツに一抹の常識が残っていることが唯一の救いだ。


「では先輩、私はここで。また二時間に」


「スパンが短すぎるだろ……二度と会わなくてもいいんだがな」


「先輩と会えないような世界なら滅ぼしますが……」


「魔王か?」


 とにかく椿は足を止めた。今のうちにさっさとずらかろう。

 後ろで椿が手を振っているような気がするが、一切振り返らず俺は自分の通うキャンパスへと向かう。


 さて、ようやく一人になれた。椿の目から逃れる方法を考えないと。いい加減、俺の心身の健康に支障が出てもおかしくない。

 毎日毎日亡霊に追われる日々。精神の均衡を保つだけでギリギリだ。


 何しても逃げ切ってやるからな。とりあえず、まずは三日間。椿の奴に遭遇せず過ごしてみせるぞ。


「ふふっ、たくさん遊びましょうね……」


 遠くで椿の声が聞こえた気がする。俺はその囁きから逃がれるよう、一心不乱に走り続けた。







「椿ちゃんから逃げたい? そりゃお前……無理に決まってんだろお」


 諸星はきつねうどんを啜りながら素っ気なく答えた。

 相談相手を間違えた気がする。困っている親友に対して、アドバイスとか気の利いたことは言えないのだろうか。


「アイツだって人間のはずだ、どうにか方法が……」


「だってホラ」


 諸星が親指で示した方角を見ると、椿が物陰からこちらの様子を窺っていた。

 周囲の人間はその怨念じみたオーラに目もくれず、普通に過ごしている様子だ。もうとっくに見慣れた風景ということだろうか。


 それだけ長い期間ロクに対策も打ててない俺って……

 いかんいかん。弱気になるな。闘う前から負けてどうする。


 それにしても、予告通り朝から二時間経って現れやがったか。無駄に律儀な性格も椿を厄介たらしめる要素の一つだ。


「人間を相手にしてると思わんことだなあ。今だって、俺たちの会話をどこまで聞かれてるやら」


「えっ、盗聴されてるのか? どこから? どうやって?」


「物のたとえだよ。壁に耳あり障子に目ありとは言うが、椿ちゃんの場合天井や床にも耳目があるわなあ。場合によっちゃ手足まで生えてるかも」


「いよいよバケモンじゃねえか……」


 考えるほど憂鬱になる。心なしか食欲もなくなってきたほどだ。チーズコロッケの載せられたB定食を目の前にしても、箸を掴もうという気が起きない。


「なあ、マジでどうにかならねえのかアレ。俺一人で抵抗し続けるのももう限界なんだよ」


「いっそ彼氏になってやったらどうだ? ストーカー行為は止むかもなあ」


「お前には人の心が無いのか?」


「冗談冗談、そう怒るなよお」


「まったく……」


 諸星はヘラヘラ笑いながらうどんの汁を啜っている。他人事だと思って気楽なものだ。

 イライラしながら諸星の所作を眺めていると、ヤツの動きがふいに止まった。

 どうやら何か思いついたようだ。


「案の一つぐらいなら出してやるよ、責任は取らんがなあ」





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