52―2 博徒とラティチュード その2
「よし、諦めましょうか」
「ちょっと待ってリーちゃん早い早い」
「我々は死力を尽くしました。あとはマキマキさんの冥福を祈りましょう」
「いやこれから頑張って探す流れだったじゃん! まだまだ二人の大冒険が続くところだろ!?」
「彼女は素敵な人でした。わたしたちはいつも麻季さんの笑顔に支えられ……」
「一ミリも思ってない追悼をやめて!」
冗談はさておき、麻季ちゃんの捜索が難航しているのも事実だ。彼女の出没しそうな施設を色々巡ってみたが、まったく収穫は無い。
仁川や園田の競馬場にはおらず、尼崎の競艇場でも目撃情報は無い。
麻季ちゃんの(見た目だけ)真面目そうな容姿はああいった場所で目立つのだろう、常連のオヤジさん方は彼女のことを知っていたが、数日姿を見ていないと皆口を揃えて言う。
目撃情報すら無いならお手上げだ。まあ、「麻季ちゃんを見かけなかった」という事実が確認できただけでもまったくの無駄足ではないが。
明日からは椿と協力して大学近辺を探せばいい。
しかし、それでも見つからなかったら?
いよいよ警察に捜索届でも出すか? それよりまず保護者に連絡? でも連絡先なんて知らないし……いや、大学の教務課に事情を話せばどうにか……しかし大ごとにするには早いような気も……
「で、リーちゃんは何してんの?」
「見てわかりませんか。たこせんを食べています。ああ、もしかしてご存知ないですか。たこせん。これはたこ焼きを大きなえびせんべいで挟んだ大阪の名物で」
「いやそうじゃなくて! たこせん食ってる場合かって言ってんの!」
「まあまあ。空腹が続くとインスリンの分泌が乱れますよ。実際ナガさんも思考がどん詰まりでは?」
「それはまあ……」
リーちゃんの言うことも一理ある。昼食以降は水も飲まずに動き回っていたためか、頭の回転が鈍くなっているのが自分でもわかる。
どこに行っても有力情報が掴めず、椿からの連絡も無いので、一息つくタイミングがなかったのも良くない。
我知らず疲れが溜まっていたのかもしれない。
「食べます?」
「ああ、悪いな……」
リーちゃんの差し出した「たこせん」はせんべいの歯応えとたこ焼きの柔らかさが絶妙で、面白い食感だった。
しかし大阪名物と言いながら兵庫県下の尼崎にもあるんだな、たこせん。
行き詰まっていても旨いものは旨い。少し気力が湧いてきた。
「美味しかったですか?」
「ああ。縁日ぐらいでしか食べないから久しぶりだしな」
「前食べた虫とどっちが美味しかったですか?」
「うっ……嫌なこと思い出させないでくれよ……」
浅井先生と虫を食べに行った話は未だに諸星とリーちゃんの笑い種で、会うたびに毎回いじられている気がする。
いつの間にか学内でも俺が虫を食べた噂だけが広がっており、ノラクラミミズを生で食っただのタイワンオオムカデを丸呑みしただのあられもない風評が広がっているようだ。
実際に食ったのが巨グモだし、訂正してもそれはそれで騒がれそうだから放ってはいるが……
すでに俺の評判は散々なので今さら繕ったところで大勢は変わらないだろう、という悲しい諦念もあったり。
それはともかく、麻季ちゃんはどこに行ってしまったのだろう。
まだほとんど進捗はないのだ。ここで捜索を打ち切るわけにはいかない。
「もうひと頑張りするかねえ」
伸びをしながらベンチから立ち上がったものの、リーちゃんは未だ動こうとしない。ぼーっと遠くを眺めている。
もうたこせんも食べ終わっているというのに。
「どうした? リーちゃん」
「うーん。これ以上探す意味あるんですかね」
「何てことを言うんだ君は」
リーちゃんがあんまり麻季ちゃんのことを好きでないのは知っているが、さすがに見捨てるのは冷たすぎるだろう。
知り合って以来たまに遊んだりする仲なのに。まあ、いつも麻季ちゃんが遊ばれてるというか、手玉に取られているだけではあるが……
「ただまあ……少し暗くなってきたしな。諦めるわけじゃないが、ひとまず六甲まで戻るか」
「そうですね、帰ったらラーメンを食べましょう。今日は豚骨を食べねば安眠できない気がします」
「はいはい……」
二人で阪神電車に乗り込むと、夕焼けに照らされた街並みが車窓に映った。
住宅街、住宅街、なんか広い建物、駐車場、住宅街、駅、また住宅街……似たような景色がいつまでも続く。
ふと気がつくと、六甲近傍の新在家駅に着くアナウンスが耳に入った。いつの間にか寝入ってしまっていたようだ。
同じように眠りこけていたリーちゃんを担ぎながら、急いで電車から降りる。いつの間にかあたりは暗くなっていた。
「朝ですか。それにしてはずいぶん暗いような」
「リーちゃん……そんな熟睡してたのか」
「それはもう。三種類ぐらい夢を見ましたね」
「へえ、どんな夢なんだ?」
「ユニバーサルなスタジオでナガさんの尻が突然発火して……」
リーちゃんが眠そうにふにゃふにゃと語り始めた時、俺のスマホから突然着信音が聞こえてきた。
登録していない番号だ。おそらく椿だろう。
「もしもし?」
「先輩! 大変なんです! 麻季ちゃんが見つかったんですが、麻季ちゃんじゃないというか……ええと、何て言えばいいのか……」
「ど、どうした……? 落ち着けよ椿」
「おかしいんです。記録と記憶が違うというか、辻褄が合わなくて、胡蝶の夢とかそういう……」
電話越しに椿が狼狽していることはわかる……というか狼狽していることしかわからなかった。
とりあえず会って話をしないと、どうにもならないように思える。
「落ち着けってば! とにかくそっちに行くから! 今どこにいるんだ!?」
椿と麻季ちゃんはいま駅近くの神社にいるらしい。俺たちが帰ってくるのを見越してそこを集合場所にしていたのか、あるいは別の理由か。
しかし麻季ちゃんが見つかったなら早く言ってくれればいいのに。
まあ、あのうろたえっぷりを見るに、何か連絡できない事情があったのかもしれないが。
まだ眠そうなリーちゃんが俺の袖をくいくいと引っ張ってきた。
「どうしました? ただならぬ気配を感じますが」
「何が起きてるのかわからん……とにかく行ってみるしかないな。ついてきてくれるか?」
「ガッテンです」




