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⑩ ヤンデレと似非物

「あら、武永先生。こんにちは」


「どうも浅井先生。バイトには慣れた?」


「まだまだね。まず『先生』という呼び方に慣れないというか……」


「わかるよ、俺も昔そうだったし。バイトの身分で先生って呼ばれるのは気恥ずかしいよな」


「へえ、武永先生も。少し意外」


 浅井先生は俺のバイト先の塾に新しく入ってきた講師だ。背がスラッと高く、綺麗にまとめたポニーテールがよく似合う、真面目で可憐な女性である。学年は俺と同じ三回生だが、ロースクールに通うための費用を稼ぐためバイトを始めたらしい。


「斉藤ミナさんの授業はどう?彼女、なかなか言うことを聞いてくれなくて」


「あー、あの子は適度に雑談してあげた方がいいよ。根は真面目なんだけど、集中力が切れやすい子なんで」


「なるほど……勉強になります」


 謙遜しがちな浅井先生だが、バイトを始めて1ヶ月とは思えないほど丁寧に授業を行っている。ぼんやりした俺と違って、本当に真面目な人なんだろう。見習わねば。


「浅井先生は法学部だったよな? なんで教育学部棟に」


「えーと、それは……」


 浅井先生の返答を待っていると、後ろからゾクッと殺気を感じた。ああ、嫌な予感がする。


「先輩? 誰ですかその女は」


「バイト先の同僚だよ、っていうか初対面の人を睨むのやめろ」


 椿は無駄に長い前髪の隙間からじっとりと浅井先生を睨みつけている。礼儀とかそういうのを知らんのかコイツは。


「ん? 武永先生の彼女かな?」


「いや違う違う! そういうのじゃなくて!」


「彼女じゃなくて婚約者です。前世から契りあった仲なので」


「話がややこしくなるからお前は黙ってろ!」


 さすがに浅井先生も怪訝そうな顔をしている。そりゃそうだ。俺だってワケわからんしな、椿の言動は。


「えーと、コイツは本庄椿っていう名前で、俺のストーカーというか」


「配偶者です」


「しつこいんだよお前は!」


 怒鳴られてもヘラヘラ笑っている椿を見て腹が立ってきた。浅井先生にも情けないところを見られたし、なんだか妙に恥ずかしい。


「ふむふむ、なるほど。思慕の念が積もり積もってこういった形に……」


「あの……浅井先生?」


「安心しなさい、武永先生とガールフレンド。貴方たちのことは私が救ってあげるわ」


「は?」


 意味がわからない。救う? 誰が? 誰を? 何故?


「ハッキリ言ってあげましょう。本庄さん、貴女には悪霊が憑いているわ」


 浅井先生はしたり顔で椿を指差した。当の椿はというと、ポカンとした顔で浅井先生の堂々たる立ち姿を眺めている。


「そうね……突然こんなことを言われて戸惑うかもしれない。でもね、世の中には人智を超えたものがあるの。本庄さん、貴女の強すぎる情念は悪霊の仕業としか思えないわ」


 なんだかズレている気がする。椿の異常さは疑う余地の無いものだが、それが霊や幽鬼によるものとは俺には思えなかった。


「えっ、ちょっと先輩。あの頭おかしい女は本当に何なんですか」


 椿にまでおかしいって言われちゃったよ。


「いや……俺にもわからん。昨日までは普通にバイトしてたんだよ。まともどころか優等生かと思ってた」


「オカルト研究会とかなら優等生でしょうね。目つきが『本物』ですし」


 俺たちがヒソヒソと話している間に、浅井先生は鞄から何やら怪しいお札を取り出し、お札に向かって念を送っていた。何だろう……不思議な光景なのに全然有り難みを感じない。


「さあ、本庄さん。このお札を手に取って」


「えっ……普通に嫌なんですけど」


「いいから!」


 浅井先生の尋常ならざる雰囲気に気圧され、椿はしぶしぶお札を手に取った。その上から浅井先生の手が重なる。


「深き地に眠りし我が宗族よ、鉾を捧ぐ馬手弓手に応身せよ。浅茅生より出で、徘徊る薊を鎮め給え。服わぬならば毀たれども慨歎能わず、服わぬなら……」


 椿がすごく嫌そうな顔でこちらを見ているが、とにかく巻き込まれたくないので目を逸らす。

 いつの間にか周りにはギャラリーが集まっており、目の前で繰り広げられる異様な光景に皆が注目していた。


「んんーーー! ブハッ! ハァ、ハァ……これで、きっともう大丈夫よ、本庄さん。お疲れ様」


 汗だくになった浅井先生が手の力を緩めると、椿は掴まれていた手を即座に振り払った。そのままキッと浅井先生を睨みつける。


「何なんですか本当に。こんな見世物にされて、今日は最悪の気分です」


「どう? 本庄さん。何か変わったところはない?」


「殺したい人間が一人増えたぐらいですね。まったく、なんで私がこんな目に……」


 椿が怒りに任せて周囲を睨みまわすと、ギャラリーは蜘蛛の子を散らすように離れていった。ついでに俺も逃げようと思ったが、椿に道を塞がれてしまった。


「ごめんなさいね本庄さん。荒療治になってしまったから気が動転しているのね。またゆっくり話しましょう」


「貴女と話すことはありません。さっさと電波の国に帰ってください」


「そうね、私もずいぶん霊力を消耗したから帰るわ……またね。武永先生、本庄さん」


 わずかに残ったギャラリーにぶつかりかけながら、フラフラと浅井先生は去っていった。何だったんだアレは……演劇の練習か?


「なんか……ごめんな椿。災難だったな」


「まったくです。今日は疲れたからもう帰りますね。あっ、先輩。後でお見舞いに来てください。住所は先輩のノートに書いてありますので」


「いや行かんけどな!?」


「最悪、あの電波女……後悔させてやる……」


 ブツブツとうわ言を唱えながら椿も去っていった。なんだかよくわからないが、椿はどっか行ったし浅井先生の除霊(?)は成功だったんじゃないか?まあ椿の様子を見ると、霊的な云々じゃなく単に恥をかかされて憤慨してただけにしか見えないが……


 ふと我に返ると、周囲の人たちが俺から距離を取ってヒソヒソと話をしていることに気づいた。もしかすると俺も不審人物の一人にカウントされているのではないだろうか。

 ……俺も帰るか。四限あるけど。

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