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51―3 想い人とごちそう その3

 なんでお前がいるんだ、とはあえて訊かなかった。伊坂が裏切ったか、あるいは盗聴でもされていたのか。

 椿を問い詰めてやり口を聞き出しても無駄だろう。一つ手段を潰せばすぐに別の抜け道を見つけてくる奴なのだ。

 後のことはともかく、今この場を切り抜ける方法を模索すべきだ。


「お久しぶりっすー! なんか邪魔して悪いっすね!」


 椿のいる席のさらに奥から、酔っぱらいの声が聞こえた。まだ昼時だというのにモアちゃんはすでにへべれけのようだ。


「お前ら……何しに来たんだよ」


「別に? ちょっと珍しいお店に行きたくなっただけですよ。ほら、私たちサブカル女子ですから」


「そーそー。他人のデートを肴に飲もうとか思ってないっすよ、マジで」


 奴らのテーブルには二杯のグラスドリンクと芋虫を揚げたような物体が並べられていた。片方のドリンクにはサソリが身体を浸しており、まるで酒の風呂にでも入っている様相だ。以前モアちゃんが「うまい酒ならどんなものでも飲める」と豪語していたのは嘘でも誇張でもないのだろう。


 コイツらが遊びに来たという方便も半分くらいは本当なんだろう。


「今日は邪魔するつもりはありませんから、ご勝手にどうぞ」


「ゆっくりしっぽりやっててくださいっす! アタシらのことは空気だと思って!」


「空気って言ってもお前らは毒ガスだろうが……」


 ヘラヘラ笑う二匹の悪魔から逃げるように、できるだけ離れたテーブルに着く。この状況にはさすがの浅井先生も苦笑いのようだ。


 椿が俺たちのデートの行き先を知って、ビビって来ないことも期待していたが、虫程度を恐れる連中ではないか。

 まあ、この程度は想定のうち。次に何を仕掛けてくるかを考えることが重要だ。


「本庄さんとは本当によく会うわね……ところで武永先生は食べたいのある?」


「初心者向けのやつがいいかな……」


 とは言ってみたものの、いずれのメニューも上級者向けにしか思えなかった。サソリにムカデ、イナゴにバッタ、でかいクモまで用意されているらしい。

 食べるとか以前にまず直視したくない。


「なんというか、すげぇな……」


「ええ、至れり尽くせりって感じね。クモを頼むのはちょっと勇気いるわね」


 ちょっとどころの話ではない。これなら奈良で8メートルの高さからバンジージャンプでもする方がずっとマシだ。

 見ているだけで胃がムカムカとしてきた。


「大丈夫? 武永先生、顔色悪いわよ?」


「すまん……いざメニューを見ると、な」


「ごめんね。本当は武永先生が無理してくれてるってわかってたのだけど」


「えっ、マジで?」


「こう……頑張ってくれてる姿が可愛くってつい甘えてしまって」


 無自覚なのか狙ってなのかはわからないが、浅井先生は潤んだ目で俺を見つめた。それも上目遣いで。

 その愛嬌に耐えられる俺ではなかった。





 悩みに悩んだ末、結局アリの入ったピラフを頼むことにした。まあ、「しらす」なんかも凝視すると不気味な外見をしているし似たようなものだろう……たぶん。

 浅井先生は「折角だから」とタランチュラ(バカでかいクモ)を注文していた。うん……何が「折角」なのかわからない。もしかして浅井先生は俺のことが嫌いで、わざと不快にさせてるのか? なんか不安になってきたな……


 料理が来るまでの間、椿が何か仕掛けてこないか気になって奴の方も見てみたが、大人しく芋虫をつまみながらモアちゃんと談笑している。

 何を企んでいるのかはわからないが、わざわざこちらから接触する義理はないので放っておくか……


「しかし浅井先生は度胸あるよな。興味があってもなかなか来れないだろ、こういうとこ」


「うーん……私もね、未知の物を食べるってちょっと不安ではあるの。でも食わず嫌いは良くないとも思って、ね。偏見とか先入観とか、そういうのに囚われない方が幸せになれそうじゃない?」


「世の中には知らない方が良いこともあるって聞くが……」


「でもそれだって、知ってみるまではわからないでしょう?」


 そう言って浅井先生はいたずらっぽく笑った。

 何事をも受け入れる彼女の寛容さを俺はこれまで長所とばかり思い込んでいたが、限度ってものがあるよなあ……

 まあ、それでも惚れた相手だ。限界までは付き合ってみよう。どこまで我慢が続くかはわからないが……





 15分ほどして、俺たちが頼んだ商品がテーブルに運ばれてきた。

 俺の目の前にはごく普通のピラフ(アリが入っていることを除けば)。そして浅井先生の前には揚げられて少し縮んだタランチュラ。


 きっとアフリカの先住民から見ればなかなかのごちそうなのだろう。値段も安くはないし、珍しさで言えば馬肉や鯨肉よりも入手が難しそうだ。

 だというのに、まったく食欲が湧かない。いざ現物を目の前にすると、よだれ一つ出てこない。


「あれ? 先輩食べないんですか? こんなに美味しそうなのに」


 いつの間にか椿が俺の肩に手を置き、耳元で囁いてきた。

 俺の苦しむ姿を見て愉しむその様はまるでマフィア映画の拷問吏のようだ。


「邪魔しないんじゃなかったのかよ」


「邪魔だなんて。私はただ応援しに来ただけですよ。先輩の格好いいところ、見たいなあ」


 椿は煽るだけで、俺の口に無理やり「ごちそう」を詰め込んだりするつもりはなさそうだ。普段ならもっと手の込んだ嫌がらせをしてきそうなものだが。

 何がしたいんだコイツ……ただ嫌味を言いに来ただけなのか?


 浅井先生は不安そうな顔でこちらを眺めている。

 折角のデートに横やりが入ったうえ、俺もあまり楽しくなさそうとくれば、そりゃ内心穏やかじゃないだろう。


 なるほど、ここに来て椿の意図がわかった。コイツは俺たちの関係が気まずくなる瞬間を見たいのだろう。それも特等席で。


 俺がもし虫を食べられなかったら浅井先生にガッカリされるのは間違いない。

 かといって、無理に食べたとしてもその後のデートが悲惨なものになること請け合いだ。胃の中にアリがいる状態でニコニコ過ごせるほど俺の精神は強くない。


 つまり、どう転んでも椿にとっては「おいしい」展開になるわけだ。


 のこのこと店に入ってきた時点で俺の負けだったということか?

 クソッ、こんな奴の思い通りになってたまるか。

 見てろよ。度肝を抜いてやる。



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