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50―3 メンターと未来図 その3

 学内四大変人。いまは椿、浅井先生、リーちゃん、村瀬がその称号(蔑称?)を(たまわ)っているが、まさか「先代」がいたとは。

 驚いた俺の表情を見て、喜多村さんはニヒ、と笑った。


「学内四大変人って世襲制なんですか?」


「時期によっては『五大』だったり『三大』だったりするらしいけどねー。みぃが四回生になって大学にほとんど行かなくなってからは、竜田川ちゃんが代わりに席に着いた感じかなー」


 なるほど……てっきり喜多村さんは眠ることにしか関心が無いのかと思っていたが、意外に後輩のことも見ていたらしい。俺が彼女らと親しいことも知っている様子だ。


「でも、それなら村瀬のメンターになれば良かったんじゃないですか? 俺はあくまで彼女らの関係者でしかないですし」


「面談の組み合わせはみぃ達が決めれるわけじゃないしねー。みぃは教務課に煙たがられてるから、面倒見のいい武永君のところに放り込まれたんじゃないかなー」


「世話する立場逆じゃないですか……」


 それにしても、「したいことがない」か。指摘されてすぐは飲み込めなかったが、だんだん納得できてきた。


 俺が教師を目指すきっかけになったのは千佳の家庭教師に就いたことだが、単にそれ以外に職業にまつわるエピソードが無かっただけだ。

 他のきっかけがあれば、きっと俺は別の職業を目指していただろう。


 なんとなく教師を目指そうと思って、とりあえず入れた大学で、ひとまず始めたバイトにハマり、とりとめのない日々を送ってきた。

 椿と出会ってからは良くも悪くも刺激的な日々を送ってきたが、それだって主体的に選んだことじゃない。いつも巻き込まれてばっかりだ。


 そうか。俺には何にもない。誇れるものどころか、恥じることすら。


「なんだか物憂げなカオしてるねー」


「自分が空っぽだなんて言われて、落ち込まない人間なんていませんよ……」


「うーん、そういう意味じゃないんだけどなー。誤解させちゃったなら申し訳ないねー」


 突然喜多村さんは机から乗り出し、俺の額を指でつついた。

 うつむき加減だったのに思わず顔を上げてしまう。


「なっ、急になんですか」


「君はねー、言わば空っぽの部屋みたいなものなんだよー」


「部屋、ですか?」


「そうそう。ベッドも冷蔵庫も机も本棚も好きな位置に置ける。調味料だって揃えたいし、服を掛けるスペースも作らなきゃー。テレビはこっちに置いて、パソコンはこっちで開いて、ああそうだ。サボテンも飾ろうかなー、なんて。ワクワクしないー?」


「それはまあ……自分も一回生で部屋を借りた時、結構楽しかったですけど」


「でしょー? 空っぽってことは、自分の好きなものを詰め込めるってこと。悪いことじゃないんだよー」


 喜多村さんの言わんとすることはわかったが、素直に誉められているとも思えなかった。

 俺が空き部屋だとしても、使う人がいなければずっと空っぽのままじゃないか。

 そのまま一生を終えてしまえば、文字通り虚しいことにならないか。


「大丈夫だよー、心配しないでも。君の部屋を埋めてくれる人はいるはず。それが誰かはわからないけどさー」


 俺の懸念を見抜いたかのように、喜多村さんが言葉を継ぐ。

 ただ能天気なだけの人間かと思っていたが、この人は案外他者をよく観察しているのかもしれない。


「俺が空っぽなことはわかったんですが、それなら俺はこれからどうすればいいんでしょう」


「んー? 何もしなくていいんじゃないー?」


 喜多村さんはあくびをしながら胡乱(うろん)に答える。

 この人、やっぱり考えなしにしゃべってるだけなんじゃないか?


「いやいやいや、俺だってもう三回生ですよ! 方向性くらいは決めておかないと、周りから出遅れるじゃないですか」


「まー不安ならとりあえず教職目指してみてもいいんじゃない? 資格持ってて損はないだろうしー」


「とりあえずって、そんな……」


「大丈夫だよー、きっと遠くないうちに君の未来は大きく動くから。それまでの辛抱かなー」


「また無責任な……何なんですか喜多村さん、未来予知でもできるんですか?」


 俺が嘲るように笑うと、喜多村さんは真面目な顔で黙りこんでしまった。今のはさすがに失礼だったか?


「……そうだよ、って言ったら信じるー?」


 喜多村さんはまた身を乗り出し、俺の耳元で囁いた。

 冗談で言ったつもりだったが、まさか本当に?


 愕然とした俺をしばらく見つめた後、喜多村さんは急にクスクス笑いだした。


「信じた? 信じちゃった? ふふー、やっぱり君はかわいいねー」


 彼女は、顔をしかめた俺を見てもなおニヤニヤしている。


 掴みどころがないというか……単に性格が悪いだけなんじゃないか、この人。


「はあ……もういいです。結局面談やった意味ありませんでしたね」


「そうかなー? みぃは楽しかったけどねー」


「そうですか。今後会うこともないでしょうけど」


「また会えるよー。きっとね」


「もう勘弁してください……」


 俺が帰り支度を始めても、喜多村さんはその場を動かなかった。

 俺を見送るつもりなのだろうか。そんなことされても彼女の評価が上がるわけではないが。


「ああ、そうそう。最後にひとつだけー」


「なんですか」


「誰を選んでも君は幸せになれるから、直感を大事にねー」


 誰を、選ぶ? どういう意味だろうか。進路相談の話をしてたんだし、「何の職業を選んでも」とかならわかるが。

 まあいいか。あの人の言うことを真に受けても仕方なさそうだ。

 今日のことは忘れよう。またバイトに行けば、少しは気が紛れるだろうし……









「お疲れ様でした、ずいぶんお楽しみでしたね」


「うおっ、お前驚かすなよ……」


 ミーティングルームを出るなり、椿が腕を組んできた。不愉快なので腕を振り払うが、しつこく絡んでくる。

 いつものことではあるが、毎度新鮮にうっとうしい。


「で、何か面白い発見はありましたか?」


「最後までわけがわからんかったよ。『誰を選んでも幸せになれる』とか言われたけど……」


「ふぅん……少し気にくわないですが、まあ言わんとすることはわからなくもないですね」


 何故か椿は納得している様子だった。長い前髪をいじりながら軽く思索にふけっているようにも見える。

 もしかして喜多村さんの腹づもりを理解してないのは俺だけなのか? 彼女が回りくどいとかじゃなく、単に俺がニブいだけか?


「なあ椿、喜多村さんの真意がわかるなら教えてくれよ」


「構いませんが……教えてほしければ、わかりますね?」


「お前を拷問して白状させればいいか?」


「それもいいですね。試しに監禁してみますか? 168時間くらい先輩に見つめ続けられたら吐いちゃうかも」


「そうだな、想像するだけで吐き気がするな」


 蕩けた顔の椿を無視してバイトに向かおうとするが、やはり椿はまとわりついてくる。

 俺はこんな奴に構っている場合ではないのだが。


 実は、喜多村さんの言葉で引っ掛かる部分がもうひとつあるのだ。


「近いうちに未来が動く」


 いったい俺はどうなるというのだろう。良い方に転ぶか悪い方に転ぶかは知らないが、少なくとも今とは違う生活が待っているのだろう。

 少し楽しみなような、やっぱり不安なような。


「さあさあ先輩、今度は私とおしゃべりしましょう。先輩との未来の話ならいくらでも語れますよ。どこからいきましょう。まず新婚旅行のプランからいきましょうかね。やっぱりホノルル? オアフやワイキキもいいですねえ」


「全部ハワイじゃねえか」


 どんだけハワイに行きたいんだ……


 目を爛々と輝かせて迫ってくる椿を押し返す。新婚旅行とか以前に付き合ってないという事実をどうやってコイツにわからせようか。


 未来のことはともかく、今は目の前の脅威を振り払うので精一杯だな……



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