表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/270

50―2 メンターと未来図 その2

「あれ? 私のこと無視するんじゃないですか?」


「うるせえな。勿体ぶってないで『答え』を言え」


 喜多村さんに投げかけられた「君は何がしたいのか」に対する「答え」。それを本当に椿が掴んでいるのかは怪しいが、今は藁にもすがりたい。


「タダで教えるわけにはいきませんねえ。交換条件として……」


「チッ、どうせハッタリだろ。もういい。俺は早くバイトに行きたいんだよ」


 椿はニヤケ面を崩さないまま、俺の後ろを三歩下がってついてくる。まだ何か用があるのか。あるいは用なんてなくてただの嫌がらせか。


「いいんですか先輩、せっかく目の前に答えがぶら下がってるのに」


「お前が本当のことを言ってる証拠がない以上、信用する義理もないからな」


「そうですか……なら一言だけ」


 椿は急に駆け出し、俺の目の前に躍り出た。ヤツの生気のない顔が接近してくる。


「私は先輩の色が好きなんです。先輩といる時だけ、私は乙女として咲き誇れる……」


 詩人めいたことを告げて、椿はさらに駆けていった。ぼーっとしている間にその後ろ姿はどんどん小さくなる。

 取り残された俺は、頭の中を埋めつくす疑問符を振り払うので精一杯だった。







「また来たんだねー。意外と物好き?」


「あなたに会いに来たわけじゃないです。自分の成績のためですから」


「素直じゃないなー」


 翌週の面談でも喜多村さんは変わらず眠そうな顔をしていた。

 パジャマのようなゆったりしたワンピースとブランケットを装備し、いつでもどこでも眠る準備は万端のようだ。

 彼女のモコモコした長めの髪が、育ちすぎた羊を連想させる。


「それでー、結局武永君は何がしたいのー?」


「もうちょっと具体的に言ってくださいよ。この話、知り合いにしても変なこと言われただけですし」


「変なことってー?」


「それは……」


 椿とのやり取りを喜多村さんに話してみたが、彼女は話を聞いているのか眠っているのかわからない態度で、時々頷くだけだった。


「なるほど、色かー。武永君はその子と仲良しなんだねー」


「はあ? やめてくださいよ気色悪い。アイツとは別にそんなんじゃ」


「照れててかわいいー」


「照れとかじゃなくて……」


「そんな君にはお姉さんからもう一つヒントをあげようー」


 そこまで言って、喜多村さんは机に沈んだ。ゴトリ、木と額がぶつかる痛い音がする。

 さすがに心配になって彼女の顔色を窺うが、モコモコの髪に邪魔されて表情が見えない。ただ、耳を澄ますと寝息が聞こえてきた。


「肝心なところで寝るなよな……」


 そのまま時間だけが過ぎてゆき、もう終了間際になっていた。

 喜多村さんはまったく体勢を変えず、すぅすぅと眠っている。


「起きないんだったら帰りますよ、喜多村さん」


「んー……あと5分」


「5分経ったらもう定刻過ぎますよ」


「じゃああと10分ー」


「なんで延びるんですか」


 などと言っている間に、面談終了の時間が来た。

 結局今日もロクな収穫は無かったな。別に期待しちゃいないが。


「お疲れ様です、疲れてないでしょうけど」


 机に突っ伏した喜多村さんの頭を見下しながら、リュックを背負う。

 ため息をつきつつ一歩踏み出そうとすると、おもむろに腕を掴まれた。


「なんなんですか、もう……」


「君の知り合いの椿って子、きっと真っ赤なんだろうねー」


「寝ぼけてるんですか? いいから腕を放してください」


「乙女椿は暑さにも寒さにも負けない……」


 ムニャムニャとうわ言を述べた後、力尽きた喜多村さんの手が俺の腕を離れた。

 また眠ってしまったのか。本当にだらしない人だな。意味深なこと言ってるけど、実はテキトーにふかしてるだけなんじゃないか?


 まあどうでもいいか。今日もバイトだ、早く帰ろう。








 バイトが終わり、講師控え室で浅井先生に少し話をしてみた。

 変な先輩と話す機会ができたこと、訳のわからない問答を投げかけられていること、それなのにバイト中も彼女の言葉が頭から離れなかったこと。


「話を聞いてもさっぱり意味がわからないわね」


「だよな。浅井先生からしても何もわからんよな」


「いえ、でも一つだけ。本庄さんの言ってたことはわかるかも」


「えっ、どこが?」


「その……武永先生の色が好きってこと。私もそうだから」


 浅井先生はあからさまに俺から顔をそむけ、ボソリと言った。なんとなく耳が赤い気がする。


「椿にもそんな風に言われたけど、結局俺の色って何色なんだろうな」


「白いんだけど、純白ではなくて……こう、もう少し取っつきやすい色というか……」


「オフホワイト、っていうやつか?」


「それよ!」


「で、それが俺の進路と何の関係があるんだ?」


「……さあ」


 まあ、これ以上浅井先生を困らせてもしょうがない。

 答えも何も見つからないまま、最後の面談に臨むしかないのだろう。








 面談のブースに着くと、まだ喜多村さんの姿は見えなかった。おおかた寝坊だろうが、もしかしたらこのまま姿を現さないこともあるか……?

 などと考えているうちに、寝起き顔の喜多村さんが髪をワシワシと整えながら現れた。


「おはよー武永君。答えは見つかったかな?」


「おはよう、って……もう夕方ですよ。答えはまあ……結局わかりませんでした」


「なら答え合わせしよっかー」


 くぁ、とあくびをしながら喜多村さんは事も無げに言った。

 答え合わせだって? 俺の将来やりたいことをこの人が知ってるっていうのか?


「ハハッ、あなたに俺の何がわかるんですか」


 思わず鼻で笑ってしまったが、無礼なのはお互い様だ。他人の人生に対して知った風な口を利くなんて……


「じゃあ教えてください。俺のしたいことって何なんですか」


「君のしたいことって、本当は無いんでしょ。このルーズリーフみたいに、白紙のまんま。そりゃ答えも出るわけないよねー」


「そんなこと……」


 そんなことない。喉まで出かかったその言葉がなぜか途中で詰まってしまった。

 俺はそんな空っぽな人間じゃないって主張したいのに、なぜ弁明が出てこない。

 俺は、だって、俺は……


「な、なんでそんなことわかるんですか……ちょっと知り合っただけなのに」


「実はねー、みぃは前から君のことを知ってるんだよー。武永宗介君」


「えっ……」


 俺になんて興味ないかと思っていたが、ちゃんとフルネームまで知ってたのか……この人、いったい。


「君のことはずっと気にかかってたんだよー? 元・学内四大変人としてねー」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ