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50―1 メンターと未来図 その1

 とにかく眠そうな人だな、というのが第一印象だった。

 寝癖なのか癖毛なのかわからないモコモコした長い髪に、とろんとした目。

 とてもやる気のある人間には見えなかった。


 彼女の名前は「喜多村美以子(きたむらみいこ)」。教育学部の四回生なので、俺の先輩にあたる。

 今日は上級生に話を聞かせてもらう進路相談会ということで、それぞれ個別のブースに別れて相談をするはずなのだが……


「じゃあー、みぃは寝るねー」


「ええ……ちょっと待ってくださいよ。まだ何も相談できてないし、報告書も書けって言われてるんですが」


「なんかテキトーにさー、でっちあげといてよ。その方が君も楽でしょー」


「そういうわけには……訊きたいこともありますし、折角の機会は大事にしないと」


「なんだよー。堅物だなー」


 机に突っ伏していた喜多村さんは上体を起こし、不服そうな顔で俺の目を見つめた。

 俺と話すより寝る時間の方がよほど大事なのだろう。

 なんで俺のメンターがこんな不真面目な人なんだ。明らかに相性が悪いと思うが。


「で、何が聞きたいのー? 参考にはならないと思うんだけどなー」


「参考になるかどうかは俺が決めることです。喜多村さんは教員採用試験とか受けるんですか?」


「んー? 受けないよー?」


「なら民間の会社ですか? 就活してたり?」


「何にもやってないけどー」


「じゃ、じゃあ大学院とか……?」


「それも嫌だなー」


「えっと、将来はどうするおつもりで……」


「ニート!」


 本当に参考にならなかった。どうなってんだこの人は。なんでそんな明るく絶望の未来を語れるのか。

 楽観主義とかいうレベルじゃない、ただのバ……


「みぃのことおバカって思ったでしょ。わかるよー、武永君。全部わかっちゃう」


「い、いや……そんなつもりは」


「実際バカだとは思うよー。折角いい大学入って、悪くない会社にも入れるのにー、って。自分でも感じるもの」


 喜多村さんのほがらかな表情を見るに、自虐というわけではなさそうだ。自分を客観的に評価した結果を述べた、とでも言わんばかりに堂々としている。

 まあ、そんな胸を張って言う台詞ではないとは思うが。


「武永君くんはさー、何がしたいの?」


「俺、ですか。折角教育学部に入ったんで教員になるのが王道かなとは思いますけど、民間で教育関係の仕事に就くのもアリかなって」


「そうじゃなくて」


「え?」


「『どんな職業に就けるか』を訊いてるんじゃないよー。『何をしたい』かを訊いてるの」


 なんだ? 俺をからかっているつもりか? もしくは試されているのか。俺の何を測るつもりかは知らないが。


「むっずかしいカオしてんねー」


 俺の眉間をつつきながら、喜多村さんはニコニコと笑いながら首を傾げた。

 難しいことを尋ねたのはあなたでしょうが、とよほど言ってやりたいところだ。

 「何をしたい」だなんて、抽象的なことを訊かれたって、俺にもわからない。

 そりゃあ普通に楽しくほどほど幸せに生きていければそれでいいんだろうけど。


「何なんですか。俺を困らせて楽しいんですか」


「みぃは真面目に話してるんだよー。人間は幸せになるために生きてるの。やりたいことをやるのが幸せでしょー?」


「それは、そうかもしれませんが……」


「なんでもいいんだよー? ふかふかのベッドで毎晩眠りたいとか、いつでもお昼寝できる生活サイクルを作りたいとか」


 寝ることしか考えてないのかこの人は……しかし、やりたいことか。

 考えてみれば、俺が教師になりたいのは、それが一番わかりやすい進路だからかもしれない。

 そもそも職業として安定しているから、という実利的な理由もあったり。


 色んなしがらみを取っ払ったとして、俺が本当にしたいこと。


 沸騰しそうなくらい頭をひねってみるが、考えれば考えるほどわからなくなってくる。

 「唐突に大金が降ってこないか」とか、「浅井先生と付き合いたい」みたいな、ささやかな願望ならすぐに思いつくが、それが答えだとは思えない。

 言うなれば、核。俺の人生の中心に居座る、大きな塊。それがどこにも見当たらないのだ。


「あー……」


「いいねー。悩んでるねー。人は悩んだ数だけ大きくなれるよ」


「相談に来たのに悩みが増えたら本末転倒じゃないですか」


「荒療治って言葉を知らないー?」


「いや、俺は病気とかじゃないんで」


「そうかなー。みぃの見立てだと君は……骨粗鬆症(こつそしょうしょう)だねー」


 また出鱈目なことを言ってる。これ以上話しても時間の無駄だな。まだ刻限じゃないが、帰らせてもらおう。

 バイト先に行って授業の準備でもした方がよほど有意義だ。


「あれー、もう帰るのー?」


「はい。お陰様ですごく参考になりましたんで」


「それは良かったー。あったかくてして眠るんだよー」


「はいはい……」


 皮肉も通じないのか。なんでこの人、ウチの大学に入れたんだろう。

 真面目に勉強するようなタイプには見えないし、実は天才肌とか。


 まあいい。つまらないことは忘れて、有意義な日を送るべきだ。地道に、一歩一歩を踏みしめて進む。人生とはかくあるべし。






 帰り道に思い出したのだが、あの相談会はあと2回ある。つまり、最低でもあと数十分は喜多村さんとおしゃべりをしなければならないということだ。

 サボることも考えたが、それはそれであの先輩は喜びそうだからなんとなく癪だ。

 面倒だが、一応顔は出しておくか……


「またまたお悩みのようですねえ、先輩」


「帰れ。今日はこれ以上変人の相手する気力ねえんだよ」


「そうですか。ところで変人と恋人ってちょっと字面似てません?」


「ならお前のことは異常者って呼ぶわ」


「異常者には『共』と『常』が含まれますね。常に共にある者ですから、やっぱり恋人では?」


「『田』はどこに行ったんだよ……」


 クソっ、ツッコミどころが多すぎてつい反応してしまった。これでは椿の思うツボだ。

 今度こそ無視しよう。バイト先に着くまでの辛抱だ。意志を強く持て。石のように押し黙るのだ。


「ところで先輩、年上の女の人がお好きなんですか?」


 無視無視。答えたら終わりだ。


「喜多村さん、でしたっけ? あの人とずいぶん楽しそうに話してましたねえ」


 なんで知ってるんだコイツ。あのミーティングルームの付近に椿の姿はなかったが。

 問いただしたいところだが、ここで口を開いてはいけない。


「……先輩があの人の問いに答えられなかった理由、私にはわかりますよ」


「えっ」


 椿がいやらしい顔でニタリと笑った。




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