2.森の村 / 正射
「ほらほら、こっちだ!」
魔物を挑発しながら次々に矢を放つ。この弓も研究室にあったもので、引くときに弦が柔らかくなり、手を離す瞬間に張力が引き上げられるように加工されてある。左腰に提げた剣の補助だけでは物理的に不可能な高威力の連射も、この機能のお陰で実現できている。
キィィィィィ――――!
甲高い声を挙げて魔物がこっちに向かってくる。一方向に注意を集中させた結果、もう1人の存在が魔物の意識から消えていた。
「はぁっ!」
隙だらけの魔物の背中に2本の牙が突き立てられる。グレイスが両手に持つ短剣が、魔物の外骨格を貫通して柔らかい中身にも傷を与えていた。今度は距離を取ろうとするグレイスに魔物の注意が向かう。反撃しようと鎌を伸ばすが――――
「行動妨害は基本ってね」
『星の戒め』を投げて魔物を地面に押さえ付ける。効果は一瞬、だけど確実な隙を作った。
「おりゃぁぁぁ!」
そこを狙ったのはもう1人の狼。ルプスリッターに換装を終えたアテナの剣が、魔物の脚の1本を断ち斬った。
「ナイス、アテナ!」
大きく手を振って言葉無しに返事してくる。油断しているようにも見えるが、魔物への警戒も怠ってはいない。
「攻め時だ! 一気に畳み掛けるぞ!」
魔物は脚を失ったことでバランスを崩している。まともに身動きが取れない今が絶好のチャンスだ。
「了解だよ!」
「え……あ、ああ」
近接主体の2人が動きやすいように適度な射撃で注意を引く。魔物がこっちを狙う時間は、もはやダメージ蓄積のボーナスタイムみたいだ。
「最後まで気は抜けないけど、だいたい終わりかな?」
魔物は満身創痍といった感じだ。このまま油断しないで削り続ければ、あと数時間も掛からずに倒しきれるだろう。しかし、良い予想とはその多くが裏切られる。今回の予想も大多数に分類されるものだった。
「何か変! マスター、気を付けて!」
アテナの警告が聞こえたときには既に変化が起こっていた。魔物の体から吹き出す靄が勢いを増し、それに合わせて魔物その物の動きも速くなっているようだった。
「う……くっ、ぬぅっ!」
「わっ! ……おととっ!? うひゃぁっ!」
そのせいで、まずアテナとグレイスの状況が悪化する。魔物の鎌が高速で振り回されるせいで、剣の間合いに入れなくなる。特にリーチの短いグレイスは余計に動き辛くなっていた。
「くそっ、ちょっとはこっち見ろよ!」
牽制として矢を射ち続けるが、装甲まで強化されているのか、あるいは単に頭に血が昇っているのか、魔物はこっちを気にする様子すら見せなかった。徐々に速くなる魔物の動きに、遂に2人が付いていけなくなる。
「済まない、抑え切れなかった」
「ごめんマスター。でもこれ、拾っておいたよ」
投げてそのままだった『星の戒め』は、いつの間にかアテナの手元にあった。
「そういえば回収し損ねてたっけ。ありがとな」
喜ぶアテナを見て、こんな場合にも関わらず、戸惑いを隠せていないのが約1名。
「な、なぁ。彼女、あのアテナ……なのか?」
「え? うん。間違いなく本人だけど?」
アテナも、何度も縦に首を振って肯定の意を示す。
「いや……その、性格とか……」
「ああ、そのことか。今は時間もないし、とりあえずそういうものだと思っといて」
「えぇ……」
実際そんな余裕が無いのも確かなんだよな。手当たり次第に暴れていた魔物も、落ち着いたのか、またこっちを警戒し始めた。ただし靄の量はそのままで。
「硬さも速さも戻ってないだろうな。冷静な分、余計に厄介か」
「同時に3人で掛かれば、奴も手が足りなくなるんじゃないか?」
それもいいけど、魔物の防御を抜けないと意味が無いと思うんだよな。……試してみるか?
「これで調べてみるか。弱点とか分かればいいけど……」
リタ達の足枷を外したときのように、スマホ経由で研究室に解析させてみようか。
「あっ! マスター、グレイスさん、来たよ!」
作戦会議も終わりか。まあしょうがないな。
「悪い、ちょっと引き付けておいてくれ! 無理に攻めなくていいから!」
「分かった!」「了解、任せといて!」
魔物が2人を狙ってる隙にスマホの画面に納める。相手が大きいせいか時間が掛かる。
「……。…………。………………よし来たっ!」
魔物の名前、生態、生息地、その他諸々の情報がどんどん表示される。やっぱり外骨格の硬度が増しているんだな。もちろん弱点もはっきりした。
「まずはこいつで止まってろ!」
『星の戒め』で再び魔物の動きを封じる。
「翅の付け根が比較的脆い! 斬り落として中身を狙う!」
「なるほどな!」「オッケー!」
動きが止まったと同時に、2種類の斬撃が魔物を襲う。グレイスの短剣が速さを以て獲物を削り斬り。アテナの剣は一撃の重さにて叩き斬る。
何度も言うが『星の戒め』の効力はそんなに長くは続かない。2人の技は、一瞬の内の早業だった。
「後は、頼んだぞ!」
グレイスが横薙ぎに腕を振るうと、辺り一面が氷の床に変わった。魔物の脚も巻き込まれて、地面から離れられなくなっている。
「おう、任された!」
周りの木々を伝って魔物の上を取る。狙うのは腹の部分。解析の結果、ここに『核』という器官があることが分かっている。原理は不明ながら、魔物が存在するために重要なもの、裏を返せば最大の弱点だということは確実だと書いてあった。
「狙い撃つぜ……なんつって」
限界まで弓を引き絞り、静かに手を離す。キンッ、という甲高い音を響かせて、離たれた矢は魔物の核があるはずの位置に深く突き刺さった。動かなくなった魔物は、少しずつ魔素に還元されていく。
「……てこずったなぁ」
今回はどうにかなったけど結構ギリギリだったな。この感じからいくと、今後も、望む望まざるに関わらず『侵蝕スル者』やその影響を受けた魔物とは戦うことになるような気がする。
「助かったよ。2人共ありがとう」
「いや……まあ、どういたしまして……かな」
色々と考えないといけないだろうな。俺自身が強くなるのはもちろん、装備も万全にしないといけない。でも今は、とりあえず村に戻ろうか。