分断
この世界の風を操ることのできる器官を体のどこかに生まれ持ち持っているこの世界の住人。その器官が鳥の羽にしか見えないことからそれらを翼腕 翼脚と呼ぶことにしている。彼らは風を鎌のように操ることも自分の背中や足元に風を起こすことにより移動することができるという。それがあの教室でランパードに教えられたことだった。
「周りの風を集めてしまうからこそ、この世界で凪には注意しろ。だったか。」
「でも、飛ばされる前は凪ではなかったですよね?」
凪の状態になったら近くに十中八九、翼人がいる。しかし、ラミィに言われた通り、先ほどの強風の前には凪の状態であることはなく、そよ風が吹いていたことを京翔は覚えている。
そうであるならば考えられるのは二つ。
「可能性として考えられるのは翼人が長距離から俺たちを狙って攻撃してきた。そうでないならばあれはこの世界特有の自然現象である可能性だな。」
京翔は知っている。世界が違うと理でさえも変化することを。
京翔が元居た世界では雨が降ってきたら雨宿りしたり、てるてる坊主を作って飾ったりしたものだ。それに比較し異世界、これから翼人の世界と比較するため地界と空界とそれぞれ呼ぶことにしようか。地界では雨は魔法で強制的に止ませるものであり、降らせるものでもある。加えて魔法と呼ばれる地球の理を超えたものまで存在するのだから少し異常気象が過ぎてもすでに京翔には何の違和感もない。
「そうなんですね。初めて知りました。」
「ラミィは教えてもらってないのか?」
「私が冒険者になった当初は自由を求める職業だったんですよ。とある時期から強制的に徴兵されているので今は自由とは言えないですけどね。」
ラミィは皮肉めいた口調で語る。それはかつての自分がした選択への後悔を含んでいるように感じた。
「なので、ケイトを頼りにしたいんですが、何か他に教えてもらっていることありますか?得に戦闘面で。」
「それなんだけど、俺は魔力がないから戦闘は得には教えてもらってなくてですね…」
「あー、なるほど?」
「一応、奥の手というか。それっぽいものはあるのだけれど、それもうまくいくかどうか。」
「まあ、戦闘能力に関しては期待しないでおくね。」
「知識に関しても魔法の種類であったり、効果範囲であったりだったらいいんだけど・・・。この世界でその知識が通用するかどうか…。ランパードっていう教官に少しは教えられたから少しは敵のことがわかるけど……」
少しの間が空く。二人は思考を放棄した。現状戦闘能力皆無の二人が敵国で生き残ることができる確率は皆無に等しいからである。
「まあ、一旦野営しますか?」
「そうしましょうか。」
そうして今に至る。
「そういえば、ケイトの奥の手って何なの?」
「今まで、後方支援だから使うことはなかったんだけど。魔力が使えない俺にランパードが手助けになるようにって倉庫にあったものを分けてくれたんだ。」
そう言って京翔はポケットの中から銀の刺繍が入った片手の手甲を取り出す。よく見てみると手の表に小石ほどの小さな青い石が装飾されている。
「綺麗な石が装飾されてますね。樹と星ですかね?煌めきが本当の星のようです。」
「これが武器になるらしい…」
「らしいってどういうことですか?」
「武器庫から自分に合ったものを選んでもらえることになったんだけど、自分に合ったのがこれだけだったんだ。」
ランパードはあの時、自分に合う武器を倉庫から選択するように言った。
その場にはルカも一緒にいた。ルカは練習用の木剣では飽き足らず、一般使用の鉄剣でさえも一瞬にして壊してしまう。だからこそその力に見合った武器を渡すとのことだった。
対して、京翔の場合はまた異なった理由で倉庫へと連れていかれた。魔力が含まれた武器は魔力がなくても使える。地界ではイレギュラーな体質とされる京翔のような人間は過去に現れたことはないらしく、それが初めて分かったのは京翔が『メリッサの魔導書』を読んだときだという。
そうして京翔とルカはそれぞれ倉庫から武器を選択した。
京翔はとりあえず目の前にあった武器に触れる。その瞬間に眩暈に襲われ、倒れこみそうになった。
『おいおい、大丈夫か?』
ランパードに心配され、背中を支えられる。
ランパード曰く、自分に合わない武器は使えないのだそうだ。それはその人の魔力が原因だともいわれている。魔力がない自分はその拒絶が大きいのだろうと言っていた。」
『自分に合った武器』
そう呟いてから京翔は目を瞑る。
ゆっくり直感に従って歩く。直感を信じ、その物体を手に取る。
目を開けると手に持っていたのは複雑な意匠がされた箱であった。
箱を開ける。そうすると中には片手だけの手甲が入っていた。
ランパードは少し驚いていたが『使えるのであれば持っていくといい』と言って許可してくれた。
ルカは地球でいう刀のような刀剣を持ち出していた。
ランパードは京翔にだけもう一つ道具を持たせた。その名は『メリッサの魔導書』。禁書指定がされているが、とある人からお願いされたらしい。
こうして、現在の京翔の奥の手は身に着けた使い方のわからない手甲と使い方のわからない魔導書の二つである。
「武器と言われて渡されたのであればそれは武器なのでしょう。余裕があったら起動できるように練習しましょう。次に私の武器を紹介しますね。」
ラミィはカバンのなかからメイスを取り出す。メイスの先端には赤い石がついている。
「一応、メイスで暴漢ぐらいであれば対応できるのですが。魔法は火球しか使えないですし、筋力も全くないので頼りにはしないでください…」
そして二人は真ん中に置いたランタンの火を見つめる。
「さて、これからどうしますか?」
「他の人たちに合流するにしても場所がわからないんじゃあしょうがないよな。」
「とりあえず、森の端まで移動してみますか?」
そうして京翔達は夜明けから森を抜けるため移動を始めた。




