魔導書とその後
京翔が保健室を出て行き、しばらく静寂が続いた。
足音が聞こえなくなった時にはランパードは普段と違い、真面目な顔をしていた。
「で、弁明してもらおうか。なぜ『メリッサの魔導書』が図書室にあるのか。」
アスリーが切り出す。なぜ魔導書が先日まで一般民であったケイトに魔導書を手に取ることが、見つけることができたのかを。
「いやぁ、なぜだろうね。不思議でしょうがない。特級魔導書は隠し書庫に全て入っているはずなのだが。誰かが持ち出したか、それか…」
「魔導書の意思、か…」
魔導書には意思がある。正確には意思ではなく、その著者の意思である。しかし、著者の技量が低く、込められた意思が弱い場合には使用した時に然程影響を及ぼすことはない。しかし特級と称される魔導書は名の通り、一般的な魔導書とは一線を画した特別な力を持っており、この世界に21冊存在する。そして今回の『メリッサの魔導書』はその特級に当たる。著者は『忘却の魔女』と呼ばれるメリッサである。この魔法を極めし魔女と称された21人がそれぞれ書いた魔導書はその魔女の意思を持っている。読む人を選び、拒絶し、取り込む。そのためには魔導書自体が移動していることはあり得る事であった。そのためランパードは保管している4冊の魔導書を誰の目にもつかない隠し書庫に封印してあったのだが、今回はその封印を超えて移動したという可能性が出てきた。
「今回は彼が出てこられてよかったけれど、一応他の魔導書も確認しておくべきか。」
「そうですね、翼人と海人が関係しているかもしれないですね。こちらでも空間外壁を確認してみますか。」
アスリーはそう言うと部屋を後にして、ランパードは何もないところから現れた両開きの扉の中へと入っていった。
京翔は自室で寝ていた。特に何もしていないのだが、非常に疲れていた。
この世界に来て数日、忘れかけていたがここは異世界だ。この世界に順応し始めていたことを危惧しながら京翔は再確認した。
これからの行動に際して第一に考えるべきなのは帰る方法を探ること。つまり前回と同様、転移装置を使うことだ。あの転移装置で前回は帰ることができた、はずだ。あの場所へ赴くこと。それが目的だ。そのためには情報が必要なのだが、最初は文字だ。文字が読めなければ意味がない。図書室ではその辺を中心に調べよう。ランパード当たりに聞けば何かしら方法が見つかるかもしれない。それがクリアできたらこの世界の歴史や常識について調べよう。
京翔はこれからの予定を見据え、そしてそのまま深い睡眠に落ちた。
「文字を教えてくれないか?」
「なぁんだね、いきなり。元気になったのかい?」
「それは、もう大丈夫です。文字が読めないと図書室の本で学ぶこともできないんだ。」
「そうだねぇ。じゃあ、ルカ君に任せるとするかねぇ。」
ランパードは放送によってルカを呼び出した。
「ケイトの文字の勉強ですかぁ。正直、気が乗りませんね。」
「まあ、そんなこと言わないでさぁ。もしルカ君がそれを達成出来たらなんでも求める者を与えようじゃぁないか。」
「わかりましたぁ、やりますぅ。」
「軽っ⁉」
「やっぱりぃ、やらなくていいですかぁ?」
「ごめんなさい、よろしくお願いします。」
そうして、その日からルカに文字を教えてもらうことになった。
最初は絵本を、続いて小説を使っての勉強だった。しかし、只の絵本ではなく、ルカがランパードとともに考えた魔法を付与することによって内容を音声で読み出し、読んでいる箇所を発光させるというものであった。
この本を使って勉強すること数日、京翔は基本的な文字を全て覚えることに成功した。
それからは図書室に籠り、生き残るための情報、歴史、魔法など様々な本を読み漁った。
そして学校に来てから1か月が経過した朝、目が覚めると教室へと向かっていた。ランパードが生徒全員に向かって集合するように言ったからだ。
教室で適当な席に座っていると、ランパードが入ってくる。
「さぁて、今日は久しぶりに魔法学演習でもしましょうか」
ランパードは昨日と異なり、真面目な顔つきで説明を開始する。昨日までのふざけ切ったような話し方ではなく、歴戦の戦士のような雰囲気を醸し出すランパードは違和感しかなかった。周りの生徒を見ても驚きと緊張が顔に現れているところを見ると、京翔と同じような考えを持っているに違いない。
「まずは演習室へと移動して的に向かって好きな初級魔法を打ちなさい。測定値を記録するのを忘れないように。あとケイト君はこちらへ来るように。」
京翔以外の生徒全員は緊張した顔持ちをしながら演習室へと移動する。京翔はランパードの元へと歩いて行った。
「ケイト君、体調は問題ないかね。」
「ええ、特に問題はなさそうです。」
「そうか、これから魔法学演習を行うがケイト君には魔法が使うのが難しいだろう。」
「そうですね、まだ一回も使ったことがないですし。」
「そこで、だ。君には魔道具を渡そうと思う。」
「魔道具?」
「そうだ。魔道具だ。それならばケイト君であっても魔法と同等の力を使えるだろう。」
魔道具とは魔力を通すことによって魔法のような現象を起こす道具のことである。魔力はこの世のすべてのものに存在しているため魔法が使えない人でも使えるのだとか。
「今回、ケイト君に合いそうな魔道具を3つ持ってきた。取りあえずこれを使うといい。」
「わかりました。……少し聞いてもいいですか?」
「なんだね?」
「何か、ありましたか?突然口調が変わってしまったので驚いてしまって…」
ランパードは少しためらっていたが、渋々口を開いた。
「これは、もう少し後になったら発表することになってはいるのだが……」
一拍置いてランパードは
「人間、翼人、海人が3日後にぶつかる。この学生も半強制的に出兵することになる。」
最も面倒くさくなりそうなことを口に出したのだった。




