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「結婚式は、盛大にやりたいわ! お色直しは100回やって、二人で国中を馬車でまわるの! はむかう奴は、処刑して、一生贅沢の限りを尽くすのよ! あとは、それから……」


薄暗い部屋の中で、ジョーマは一人でブツブツ言っている。

その顔はにこにこと楽しそうだ。


僕は相変わらず両手を縛り付けられている。

下には先程放られた謎の根っこが、煮えたぎる湯の中で心なしか悲しげに僕を見つめていた。


今何時だろうか。


朝日が昇るまでどのくらいだろうか。


エルカは無事だろうか。


彼女に何かあったら、それは僕のせいだ。

今何時かわからないが、シーキョは帰りの遅いエルカを心配していることだろう。

マダム・ベルも愛娘がいないことに気がついているかもしれない。

僕は彼らを思って、胸が痛んだ。


こうしちゃいられない。


ジョーマは今、ひとりごとに夢中だ。

今は、僕とジョーマの子供のことまで話が及んでいるようだ。

それに、僕に背を向けている。


逃げるなら今しかない。


僕は両手を縛られている事をうまく使って、体をブランコのように揺らすと、その勢いを利用して、木の棒の上に飛び乗った。


音もなく、上手く飛び乗ることができた。


ジョーマを見ると、まだ一人で喋っている。

話は僕たちの老後まで進んだようだ。


急がなくては、話の中で、二人の物語が終わるまでもう少しだろうから。

随分な大河ドラマなのか、ジョーマは自分の作り話に時折涙ぐんでいるようだった。


僕は、手を縛っている縄を解こうとする。

結び目が硬く、思うようにいかない。

この蛙の体は、人間ほど器用には動かせないことはわかっている。


慌てず、慎重に……よし、解けた。


僕がパッと顔を上げると、恐ろしい顔をしたジョーマと目が合った。


「ゲロゲーロ!!」


口からは情けない悲鳴が漏れた。

いつの間に、大河ドラマが終わったんだ!


蛇が僕めがけて首を伸ばす。


食べられる!と思ったが、蛇は頭をぶつけて僕を床に叩き落とすと、その体で思い切り締め上げた。

僕の体の骨がキシキシと締め付けられる。


死ぬ! 圧死する!


もうおしまいだ。

僕の頭に走馬灯が駆け巡る。



エルカが生まれた日のこと。

僕の手を握る、あの小さな手。

エルカは僕を見つめて微笑む。

僕はエルカが可愛くて、毎日マダム・ベルの元へ通った。


父が亡くなった日のこと。


即位した日のこと。


母がマダム・ベルとエルカを僻地へやった日のこと。

あの親子には二度と関わるなと言われた日。


初めてエルカを影から見に行った日のこと。

エルカはまだ覚束ない足取りでちょこちょこ走っていた。

それをマダム・ベルは愛おしそうに見つめていた。


母が亡くなった日のこと。


また、エルカを見に行った日のこと。

手を泥だらけにしてミミズを掴み、マダム・ベルに見せに行っていた。

マダム・ベルは悲鳴をあげてイスから転げ落ちた。

シーキョはマダム・ベルを助け起こし、イドメは大声を出して笑っていた。

やがて、マダム・ベルもシーキョも声を立てて笑った。

僕はなぜか母を思い出して泣いた。

母も、幸福に笑う時間が持てただろうか。


また、エルカを見に行った日のこと。

木に登っていて落ちそうになったので、思わず駆け寄りそうになるが、ヘッドが僕を止めた。

結局、シーキョがキャッチしたので、僕は行けなかった。

影からしか見ることのできない僕が歯痒かった。


エルカの誕生日。クリスマス、新年、うららかな春の日、燃えるように暑い夏の日、澄み切った秋の日。

目まぐるしく過ぎる日々の中で、エルカはすくすくと育って行った。


エルカ、かわいい、僕の大切な妹。

どうか、どうか、愛情しか知らずに育ってくれ。


ついに僕は、自分の本当の姿でエルカの前に姿を現わすことができなかった。

王宮の泥にまみれた僕は、純白の絹のような彼女に近づくことが遂にできなかった。

もしかすると、汚してしまうのではないかと思うと恐ろしかった。


やっと言葉を交わしたのが、蛙の姿になってからなんて。


僕は関わるなという母の言いつけを愚かなほど守っていたのだ。


本当はもっと話したかった。

くだらない事で笑い合いたかった。

あの、暖かな日差しの下、堂々と、あの家族に加わわることができたなら、僕は……。


この死の瀬戸際にあって、思うのは後悔ばかりだ。

だけど、僕はずっと、公か私かで言うと、常に公を優先させてきた。

一国の女王に、魔女を据えるなんて、たとえ脅されたとしても、はいとは言えなかった。

たとえこのまま死んだとしても。


「お兄様ー!!」


ふと、エルカの声が聞こえた気がした。


いけない、僕は、まだ、エルカの社交界デビューも見てないし、結婚式のバージンロードも一緒に歩いていないじゃないか。


そうだ、僕は、まだ、死ねない。


僕は力を振り絞って、蛇の体から逃れようと両手両足を外側へ突っ張った。

蛇は驚いたように僕を見る。


蛇よ、これが王の威厳だ。


「お兄様ー!! 助けに来ましたぁ!!」


今度は実感を伴った声が聞こえた。

部屋の入り口にエルカが立っていた。


「エルカ!」


僕が叫ぶと、ジョーマはぎょっとしてエルカを見て言った。


「な、どうやってここへ!?」


ふふふ、とエルカは笑う。


「あなたの正体は既に見切っている! それは偽乳だ!!」


そう言ってエルカはジョーマのおっぱいを指差した。

ジョーマのおっぱいはプルンと揺れる。


「何を言ってるの!?」


ジョーマは突然現れたエルカに押され気味だった。


「あなたの本体のところに、今、ヘッド兵士長が向かったわ! さて、本体を攻撃したら、どうなるんでしょう?」


エルカはやや楽しそうに言った。




* * * *




私が言ったセリフは、思った以上にジョーマに効いたみたいだった。

ジョーマは物凄い怖い顔をして、物凄い速いスピードで部屋から廊下に飛び出した。


「ビンゴですな!」


物影に隠れていたヘッド兵士長が姿を見せて言った。


「さあ! 参りましょうぞ!! 魔女を見失わないように!」


私は、状況について行けてないらしいお兄様を蛇から助け出し両手に抱えると、頭の上にヘッド兵士長を乗せて、ジョーマの後を追うべく、廊下へと走り出た。


「どういう事なんだ! 私に説明してくれ!」


ジョーマは、廊下に出た後、上へと続く階段を音もなく登って行く。

まるで幽霊のが歩くように、滑りながら行く様はなんだか面白い。

精神イメージって、便利だな。


お兄様が私の手の中で叫んだ。


「古い魔法です! お兄様」


私はジョーマを追いかけながら、さっきヘッド兵士長から聞いた事を伝える。


「自分の体と心をべつべつにして、心の方を動かして、みんなに見せるのです!」


「? ? ?」


「つまりですな」


わかっていないお兄様を見兼ねて、ヘッド兵士長が説明を始めた。


「肉体と精神を切り離し、精神をイメージとして具現化させる魔法がございまして。こうすると、精神イメージは実体を伴ってはいるのですが、ただのイメージなので、いくら攻撃されようとも傷つかないし、死なない」


お兄様は、ほうほう、と言って聞いている。


「ただ、肉体と精神が離れすぎてはダメで、離れている間、肉体は全くの無防備状態になる。そこを攻撃されるとまずい。なのであまり使われておらん魔法なのです」


「今、ジョーマにカマをかけて、肉体の方に案内させてるのです! 精神はイメージだけど、瞬間移動はできないので、ついて行けば肉体にたどり着くはずなのです!」


私が言うと、お兄様はなるほど、と頷いた後に言った。


「なんだか、御都合主義な魔法だなぁ」


確かにそう。

だけど、物語って大体が御都合主義じゃない?



私はなおもジョーマに気付かれないように注意しながら追いかける。

だけどジョーマは進むのに夢中で、後ろを振り返ったりしないのでまったく心配なかった。


一回、お城の中庭に出たところで、ジョーマは別の階段を登って行く。

どうやらこのお城の一番高い塔の上を目指しているようだ。


塔の狭い階段をどんどん登って行く。

普段原っぱを駆け回っている私は余裕でついて行く。

やがて、一番上の部屋にジョーマは到着したようだった。

私はさっと部屋から見えないように入り口の壁に張り付く。


「なんだ、無事じゃない」


ジョーマは自分の体に話しかけ、すっと手を伸ばしたようだった。


今だ! 隙あり!


私はジョーマ(精神)の後ろに隠れているジョーマ(肉体)めがけてナイフを突き立てようとする。

ヘッド兵士長の話だと、精神をすり抜け、肉体に傷が付くと思ったのだ。


が、素早く気づいたジョーマ(精神)が私に向かって火の玉を放ってきた。


私は寸前のところでかわす。

二つ結びの髪の毛の片方が少し焦げ、外れた火の玉は後ろの壁にあたり、壁が大きく壊れて外が見えた。


私はくるっとジョーマ(精神)に向き直る。


ジョーマ(精神)はジョーマ(肉体)を隠すように立つので、彼女の本体はよく見えない。

だけど、精神イメージよりも随分背の低い人物のようだった。

やっぱり、噂のとおりお婆さんなのかもしれない。


「小癪よ! エルカちゃん! だけど、ここでお終いよ! 女の子と蛙二匹に私は倒せない!!」


そう言ってジョーマは、私に二発目の火の玉を放った。

私はまた逃げたけど、逃げた先に三発目があってまともに食らってしまった。

私の体は壁に打ち付けられる。


思ったより熱くはないけど、体があちこち痛くて動けない。

私はうずくまる。


そんな私に向かって、ジョーマは再び手をかざす。

私は怖くてぎゅっと目を瞑る。


「今のは続けて放ったからちょっと弱くなっちゃったみたい。だけど、次は本当に死んじゃうかもね」


どうしよう。

私、死んじゃうのかな。


脳裏には、大好きなお母様、シーキョ、イドメの顔が浮かんでくる。


それから、いつか見かけた寂しそうな顔をした、私とおんなじ髪の色をした年上のお兄さんのことも。

私は短い人生で、あまり後悔したことないけど、あのお兄さんに一緒に遊ぼうって声をかけてあげればよかった。


なぜだか今、それを強烈に思った。




「……めてくれ」




誰かの声がかすかに聞こてきた。

ジョーマの動きが止まる。


「……やめてくれ」


今度ははっきりと聞こえた。

ジョーマはニコリと笑う。


私はそっと目を開ける。

一瞬、私とおんなじ髪の色をしたあのお兄さんが見えた気がする。


慌てて目を凝らすと、今度はお兄様が、私とジョーマの間にいるのが見えた。


「……もう、やめてくれ! 私は、お前と結婚しよう! だから、もう、エルカを傷つけないでくれ!!」


お兄様が、ポロポロと涙を流しながら言う。


お兄様、だめです。私なら大丈夫。


どうせ、辺境の地で生きて、死ぬだけの人生だもん。

誰の役にも立てなくて、無理矢理ついてきてお兄様にも迷惑かけちゃっただけだもん。

そんな私と王国、どっちが大事かなんて比べるまでもないのに。


私は声に出そうとしたけど、口からは変な呻き声が出ただけだった。

そんな私の気持ちに気付いてか、お兄様は優しく微笑んだ。


「人生に一度くらい、王としてではなく、人として、兄として、大切なものを守りたいんだ」


お兄様の小さな緑色の姿が歪む。

気がついたら私の目には涙が溢れていた。


なんて、悲しいの。

なんて、あったかいの。


だけど。


そんなのだめだ!!


「だめ……です、おに……さま……」


よかった、今度は声になった。


私は壁を掴みながら立ち上がる。

全身痛くて、熱い。

だけど気にならない。


「おに……さま……は、……王さ……だから。王……様は、みんなの、こと、まもらなきゃ」


だんだんと声が出てくる。

お兄様が私を守ろうとしてくれたこと、すごく嬉しかった。

それが私の勇気になる。

体の痛みも、不思議ともうない。


立ち上がると、窓から外がよく見えた。

夜は少しずつ明けているらしく、東の空が白んでいる。


ヒュオっと風が吹いて私の髪を揺らした。

時間はほとんど残されていない。


「そうよ! ジョーマ!! 私にも勇敢な王家の血が流れてるんだ!! あなたに殺されても、死んでもなお、心は勇敢なままだ!!」


私はナイフを握り直す。

お父様、お兄様が守っていた大切な王国を、あなたなんかに渡すものか!



すると、


「そうですぞ!! 皆の者、かかれー!!」


いつのまにか、姿を消していたヘッド兵士長の声がして振り向くと、部屋の入り口から大量の蛙が入ってきたのだった。

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