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蛙の鳴き声を聞いたので、書き始めました。

童話のような物語です。



むかーしむかし、あるところに、とある王国がありました。


ながく続く平和な王国には、若い王さまが住んでいました。


あるとき、王国の東にわるーい魔女が住みつきました。


魔女は言いました。


王さまが、結婚してくれるなら、悪さをやめます。


しかし、王さまは怒って、兵隊を連れて東の魔女の討伐に向かったのです。


王さまの、運命や、いかに……





そこまで読んで、私は童話をパタンと閉じた。

コンコンと、窓を叩く音がしたのだ。


私はプリンセス・エルカ。

ちなみにプリンセスは、決してキラキラした名前ではなく、肩書きだ。一応。


私のお母様は元々成金商人の娘で、商売のため王宮に出入りしていたのをお父様に見初められて恋に落ち、結婚した。


お母様が不幸だったのは、お父様がたまたま王様だったこと。

あと、たまたま既に奥さんが5人いたこと。

それから、産まれた子が女の子だったこと。

だから、後継争いのゴタゴタに巻き込まれなかったのは不幸中の幸いかもしれない。


実際、お父様が亡くなった後、誰を後継にって揉めた時、私の名前は話にも上がらなかったと聞く。

ま、私はその時赤ちゃんだったし。


結局、後を継いだのは、一番目のお妃様が産んだフログお兄様。

12歳の時に王様になったらしい。

会ったこともないけれど。


12歳って言うと、今の私と同じ年。

それで国を背負うってどう言う気持ちなんだろう?

私は草原を走り回ってる方が好きだから、想像もできない。


そのお兄様が新しい王様になった後すぐ、私とお母様は、超絶田舎に追いやられた。

この家は、普通の家よりも大きいし、十分お屋敷と呼べると思うんだけど、お母様が結婚する前に住んでた家よりもだいぶ小さいんだって。

お母様はよく文句を言ってる。


だけど、私はこの家も、気に入っている。


プリンセスの暮らしとは程遠いけど、二人いる使用人は優しいし、ご近所さんも親しげに話してくれる。

畑で採れる野菜は美味しいし、原っぱを駆け回ることも、木登りだって大好き。

おてんばすぎると、お母様に怒られるけど。


後、私の見た目について。


正直言って、あんまり高貴な感じはしない。

金色の髪と青い目はそれっぽくないこともないけど。

いつもは髪の毛を二つ結びにして誤魔化しているけど、くるくると天パーだし、肌は日に焼けて真っ黒。

おまけにそばかすもある。


でも、自分では案外気に入っているし、結構好きだ。

どうせ一生お城に行く機会なんてないんだし、そしたら好きなこと、いっぱいして暮らしたい。


そんな私だけど、今はちょっとだけ困っていた。


話は最初に戻るんだけど、夜中、部屋の窓をコンコンと叩く何者かがいて、あ、もしかして、お化けかなって思って窓を開けたらそれよりもびっくりするものがいた。


それはなんと、手のひらサイズの青蛙。


その青蛙は、私を見るなり言った。


「助けてくれ! 我が妹、エルカ!! 東の魔女の呪いでこんな姿になってしまった!!」




「いい加減にしなさい! あなた、今何時だと思っているの!?」


お母様を起こしたら怒り出してしまった。

私は手にさっきお兄様だと名乗った青蛙を持っている。


「今、夜の11時です!」


私はハキハキと答える。


プリンセスたるもの、自信がなくてもあるように見せなさい、ハキハキと大声で。と言うのがお母様の口ぐせだった。

ついでに、時は金なり、も。


「エルカ! あなたは、もう!」


お母様は起こされたベッドの上で、片手を頭に添えている。

いつもの偏頭痛だろうか。


「あなたは今年で12歳になるのだから、もう少し、王家の人間としての自覚を……」


まずい、お母様のいつものお説教が始まってしまう。

私は先手を打ってみた。


「でも! 本当に蛙が喋って言ったんです! 私のお兄様だって!!」


すると青蛙も援護するように言った。


「そうですとも、マダム・ベル。魔女の呪いでこのような姿になってしまったんです!!」


青蛙、もとい、お兄様が言う。


ちなみに、ベルと言うのはお母様の名前だ。

お母様は、悲鳴をあげた。


「イヤアアアア!! 蛙が喋ったああああ!!」


だから、そう言っているのに。


お母様は私の手からお兄様を引ったくると、思い切り壁に打ち付けた。

お兄様は、グエッと言って壁に張り付いた。

そう言えば、壁に叩きつけると戻るなんてお話があったっけ。

だけど、お兄様は別に戻らなかった。


お母様が落ち着いてから、お兄様は話し始める。

場所は寝室じゃゆっくりできないから、食堂に移った。


「突然の訪問、大変申しわけありません」


お兄様はうやうやしく言う。


これが人間の姿だったら、バッチリ決まったのかもしれないけど、残念ながら青蛙なので、なんだかひょうきんに見える。

私は面白くて、うふふ、と思わず笑ってしまった。

でもお母様的には不気味に見えるみたいで、顔がピクピクしていた。


「実は数日前、私は東の魔女の討伐に、軍隊を派遣したのですが……」


東の魔女の話はもちろん知っていた。

だって隣の領地に住んでいるんだから。


盗みをしたり、イタズラをしたり、とにかく好き勝手やってるそうだ。

近く、王様が討伐に行くんじゃないかって噂があったけど、本当だったらしい。


「返り討ちにあってしまって……。私たちは全て蛙の姿にされてしまったのです」


シーン。


私とお母様は黙っている。

私は、物語みたいで素敵だと思うけど、お母様は、あんまりよく思ってないことはその顔から想像できた。


「蛙と言っても、青蛙だけでなく、ガマガエル、ヒキガエル、ウシガエルと、様々です」


沈黙に耐えかねたのか、お兄様はとってもどうでも良い補足をした。


「私たちに、どうしろと言うのですか?」


お母様は静かに聞く。


あ、私は知ってる。これは怒っている時だ。

でもお兄様は、そんなこと知らないからペラペラと話を続ける。


「魔女は言いました。私が魔女と結婚しなけば、兵の牢にペットの蛇を放つと。でも、決意が固まるまで、7日目の朝日が登るまでは待つと。それを過ぎてしまうと、部下は食べられてしまうし、私は人間としての自我を忘れ、完璧に蛙になってしまうのです」


蛙になるなんて! なんて楽しそうなんだろう!

できることなら、私もなってみたい。


「今日って何日目なんですか?」


私が気になっている事を聞くと、お兄様は気まずそうに答えた。


「6日目だ……」


なんだ、後、1日もあるじゃんと思っていたら、お母様は怖い声で言った。


「あと、1日ですか!? 6日間も、何をしていたんです?」


「最初は王宮を目指して歩いていたのですが、鳥につつかれるし、蛇に付け回されるし、とてもじゃないけどたどり着けない。そこで魔女の住処に近いあなた方の家を思い出しました。どうか、力を貸してください」


お兄様はゲロゲロ言いながら、訴えるけど、たまに飛んでいる虫を食べたりするものだからあまり説得力はない。

お母様が怖い顔をしていると、すみません、反射的にベロが出てしまうんです、と言った。


「あなたが、仮に、陛下で、その話が本当だったとしても、エルカには、何もできませんよ。この子はまだ子供で、しかも女の子なのですから。そして、もちろん、私も何もできません。か弱い女、なのですから」


全くか弱くない太い低い声を出して、お母様は言った。

キッとお母様がお兄様を見ると、お兄様は蛇に睨まれた蛙のようにピタリと動けなくなってしまった。


「でも、お母様!! 私は行きますよ!!」


私はお兄様にウィンクする。


兼ねてから、この土地を出て、冒険したいと思っていたのだ。

だけど、


「ダメです!!!」


お母様の大きな声での否定で、結局それも却下された。

ケチ、と誰にも聞こえないくらい小声で呟くと、お兄様には聞こえたらしく、ちょっとだけ笑っていた。




* * * *




「本当に一人で行かれるのですか?」


暗い馬小屋に、シーキョの声が響く。

僕はキング・フログ。この国の王様だ。


そんな僕は今、一人で、馬の背に乗っている。


馬の背はやけに広く、そして乗りにくい。

蛙の体になってから初めて馬に乗るが、これ、本当に大丈夫だろうか。

馬の背から落ち、踏み潰されるビジョンが浮かんできて、思わず身震いした。

いけない、と自分を鼓舞する。


シーキョは体格の良い男で、かつては近衛兵隊を務めた男だ。

僕が幼い時は、剣の稽古の相手にもなってくれた。

随分前に定年を待たずして退職し、今はエルカの家庭教師をしているらしい。


ボディガード兼、と言ったところか。


この屋敷にはもう一人、エルカとマダム・ベルの身の回りの世話をしている中年の女性がいるのだが、僕は何度か遠くから見かけたくらいで、その女性の事を詳しくは知らなかった。


「ああ、やむを得ん。お前に付いてきて欲しいところだが、そうも行くまい。エルカを頼む。実を言うと、ずっと会って話したかったんだ。少し元気すぎるくらい、良い子に育ったな。私にもしものことがあっても、二人を守っていてくれ」


僕が本音を告げると、シーキョはえらく感動した様子だった。


「貴方は、お優しい方ですな。お母様には、あまり似ておられない」


シーキョよ、それは悪口だぞ。


時と場所によっては、お前は縛り首だ。

しかし、否定はしないよ。


存命中、母は、自分と僕に害をなすものすべてを攻撃し、排除したのだから。

今はそれも、彼女なりの不器用な愛情表現の一つだったと、母が亡くなった今となっては、そう思えるくらいには僕も成長した。

当時はほとほと嫌気がさしていたが。


「私は魔女を倒し、帰ってくる。シーキョよ、帰りには必ずこの屋敷に寄ると約束しよう」


「その時まで、お待ち申し上げております」


シーキョはそう言うと、頭を下げた。

大の男が馬の背に乗った蛙に頭を下げる光景というのは、いささか滑稽にも思えるが、僕たちは大真面目だった。


と、その時、急に大声が聞こえた。


「お兄様! 待って! 私も行きまーす!!」


場面に合わず能天気な声が聞こえる。

そちらを見ると、エルカがズボンに着替えて手を振りながら走ってくるのが見えた。


まさか。


エルカは着いてくると言ったのか?

僕の聞き間違いか?


思わずシーキョを見る。

シーキョは、ああ、またか。とでも言いたげに、少しだけうんざりした顔をしていた。


僕がエルカにしてもらいたかったのは、マダム・ベルへの口利きで、マダム・ベルには王国の大臣へとこの状況を伝えてもらいたいだけだったのだ。


着いて来て欲しいわけではない。


いや、感情的には来て欲しいが。

理性的には危険だ。


「だめだ、エルカ。私はお前を危険な目に合わせるわけには行かない」


理性が勝った僕がそう言うと、エルカはきょとんとした顔になった。


ああ、アホかわいい。


本当のことを言うと、たまにお忍びでエルカの様子を見に来ていた。


辺境の地に追いやられた末の妹の事が心配だったから。

服は泥まみれ、いたるところ生傷が絶えない、ややお転婆すぎるエルカを見るのは、僕の心の癒しだった。

ゆるくウェーブがかかった髪の毛もフワフワと女の子らしくてかわいいし、少し日焼けした肌は健康そのものだ。

僕は時間の許す限り、エルカを見ていた。


あれ、もしかしてこれってストー……


「お兄様は私に協力を頼んだじゃないですか! 助けてくれって! 誰が何を言っても、行きますから!!」


そう言うと、エルカは馬に乗る。


彼女が急に乗ったものだから、僕は逃げられず、尻に潰される。

あら、ごめんなさい。と言って、エルカは僕を持ち上げると、自分の頭の上に乗せた。


僕と同じ、金髪のくせ毛がくすぐったい。


「エルカ様! だめです!」


シーキョが止めようとするが、エルカも負けじと言い返す。


「じゃあ、シーキョがお母様のこと大好きで、いつも持ち歩いてる写真にこっそり話しかけていること、お母様にバラすから!」


シーキョは顔を真っ赤にしながら大声で言うエルカの口を慌てて塞ぐ。

そうだったのか、シーキョ。

だから、マダム・ベルを追ってこんな辺境の地へ。


「わかった、わかりました。ただ、これだけは覚えておいてくださいね。ベル様の一番大切なものは何かわかりますか?」


「お金と世間体でしょ、知ってるわ!」


シーキョの問いにエルカが得意げに堂々と答えるが、シーキョは首を横に降る。

一番と言っているのに二つ答えるところも、なんとも可愛らしかった。


「貴方です、エルカ様」


これにはエルカも、何も言い返さなかったようだ。

シーキョは真剣な顔をしてエルカに言った。


「約束してください。必ず無事に帰ることと、魔女の森の手間まで、陛下をお送りしたら、すぐに戻ってくるということ。危ないと思ったら、陛下を置いてでも逃げること」


エルカも頷く。


「わかった。約束します。絶対にお母様とシーキョと、イドメの元に帰ってきます」


イドメと言うのは、使用人の女性だ。


僕は自分を置いて逃げると言われたにも関わらず、彼らの愛情に目頭がジーンと熱くなった。

この子が周りに愛されていて本当に良かった。




とんっとエルカが馬を蹴る。

馬は夜の草原へと駆け出した。


エルカの表情は晴れやかで、その目はキラキラと輝いていた。

まるで星空を写したかのようなその瞳に、僕は思わず見入ってしまう。


「私、領地の外に出るのは初めてです! いつか大冒険してみたかったんです! ガリバー旅行記みたいに!!」


「そうかい」


ガリバー旅行記ってなんだっけ、と思いながらも、僕は、これから魔女を倒さなければならないと言うのになんだか少し気持ちは楽しかった。

エルカの明るさが移ったのかもしれない。


夜の草原を駆け抜ける、馬と少女と蛙。


空には不気味なくらい大きな月が浮かび、僕らを見ていた。


そして、僕らは、魔女の待つ城へと向かったのだった。




* * * *




魔女の城。

暗い部屋に、置かれたテーブルとイス。

そこには一人の美しい女性が座っている。


月明かりに照らされ、長い黒髪は艶やかに輝き、爪は真っ黒に塗られている。

赤い瞳を光らせて、手元の水晶を除いていた。


水晶には、草原を駆ける馬と少女、そして蛙の姿が映っている。


魔女、ジョーマは妖しく笑う。



ふふふふ。


待っているわ、旦那様。


ふふ、ふふふふふふ。



暗い城に、不気味な笑い声だけが響いていた。




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