缶
「蚊を追い払える!」
「出来るのか、齋木さん⁉」
「ええ、この状況下で嘘つくような狂言癖はないわよ!」
紫苑がはっきり答えた。
「で、どうやって追い払うんだ?」
「これを使うのよ!」
そう言うと彼女は、カバンからある物を取り出した。
それは缶状の物だった。
「何だそれは?」
「なんかテレビのCMで見た事あるような…」
「あれだ!ゴキブリやノミを駆除するやつに似てる!」
「そうそう、それだ!バ○サンだ!」
バル○ン、それは害虫駆除に用いられる品だ。
家の中に設置し、フタで軸を擦ると殺虫成分を含んだ煙が噴出し、またたく間に家中隅々まで充満する。それにより、見えない所に潜んだ害虫を駆除する。
彼女が取り出したのは、それによく酷似している。
「そう、それによく似ているけど、少し違うわ!」
「違うって、何が⁉」
カエデが聞く。
「これから散布されるのは殺虫成分を含んだ煙じゃなく、アロマ等柑橘系の成分を含んだ煙よ!」
「アロマ⁉」
「あっ、それって百貨店で蚊を追い払った!」
「その通りよ!」
百貨店で蚊と遭遇した食糧調達班。その時、紫苑が用意したアロマ等の瓶を投げて、蚊を怯ませた一件だ。当事者のカエデはよく覚えていた。
「これは私特性の物で、使うと柑橘系の様々な成分が広範囲に散布されるのよ!」
「こんな物いつの間に…」
「こういった事態を想定して、作っておいたのよ。役に立ちそうで、何よりよ!」
紫苑が少し自慢げに言った。
それに対し走は、
「でもどうせなら殺虫成分が散布されるやつを作ればよかったんじゃないか⁉」
と、返した。確かにそう思うのは当然だ。
その意見に紫苑は、
「理由はいくつかあるわ。1つ目は危険だからよ!」
「危険⁉」
「私達は地下で暮らしてたのよ。万が一、殺虫成分が地下に充満したりしたらどうなると思う?」
「あっ、確かに…」
「そう、パニックになるわ。それから2つ目。これは逃げる為の物。つまり、これから散布される煙の中か側を通るわけでしょ!?殺虫成分だと、私達にも影響が出るわ!」
「なる程…」
「そして3つ目。これが1番大事な事。それは、町中で使うことを想定し、関係ない生き物にまで殺してしまわない為よ!」
「関係ない生き物…」
「そうよ。殺虫成分を散布すれば、蚊を退治できるかもしれないけど、関係ない生き物まで殺してしまうわ。生物学を専攻するものとして、それだけはしたくないのよ。私達人間が生き残る為の犠牲だとか言う人も居るけど、それは完全な人間のエゴよ!そもそも、今の地球に絶滅危惧種がどれだけいると思ってるの?アホウドリ(アルバトロス)やウミガメが何故絶滅危惧種になってると思う?人間が乱獲してたり環境を破壊してたから…くどくどくど…」
紫苑は長々話し始めた。
普段の素っ気ない彼女からは考えられない姿だ。マイペースに見えて、彼女も彼女なりに鬱憤が溜まっていたのだろう。
高倉が適当な所で切り上げさせ、彼女のアイテムを使う事で、意見は固まった。
「それじゃあ、齋木くんの作ったこれを使わせてもらうとしよう。」
「ならば、他の所の人達にもこの事を連絡しないと!」
「そうだな。またモールス信号で…」
「両隣の所には、俺が伝えに行きます!」
「そうか、頼んだよ剣持くん。でも、危ないと思ったら直ぐに逃げるんだぞ!」
「分かってます!」
そう言うと剣持は、刀片手に隣の店舗に隠れている仲間の所に報告に向かった。
それから高倉が再びモールス信号で向かいに合図をし、作戦を伝えた。
各店舗のメンバーに一通り伝え終えてから、
「私が合図したら決行だ。チャンスは1度きり!用意は良いな⁉」
と聞き、それに対し皆顔を縦に振り答えた。
相変わらず、話が少々強引に進みますが、そう言う作品だと思ってお付き合いください。