朝
いよいよ大阪から脱出する為の、作戦を決行する時が訪れた。
「遂に作戦決行当日を迎えたな。」
「ああ、皆不安と緊張を隠せないみたいだ。」
「本当、全員朝からソワソワしてるは…」
走達の言うとおり、皆が皆何時もと様子が違う。
作戦が上手く行き、生きてこの大阪から脱出する事が出来るのか…
…それとも失敗して死ぬか…
2つに1つだ。不安と緊張を隠せなくても、当然と言えば当然だ。
「まぁ、朝と言ってもこんな地下じゃ、朝も夜も変わらないけどね…」
カエデの言う様に、この地下では太陽の光もろくに届かない。灯は三船が用意した発電機での灯が主だ。
今でこそ慣れたが、最初は走達も太陽光の無い生活に戸惑いを覚えたのだった。
食糧調達に外へ出た時など、最初は久しぶりの太陽光に面食らう事もある。が、次第に慣れ、太陽の元に帰った事に喜びを感じる位だ。
「まあな、ここで暮らしてると、今まで殆ど意識して無かった太陽の有り難みを感じるぜ。夏なんか、暑さに恨めしさを感じてたってのに…」
「確かに、そう言うのは失ってから初めて大切さに気付くのよね…お風呂にもろくに入れないし…」
「そう、しかも電気だって無限に使えるわけじゃ無いから、決まった時間に消灯だからな。」
この地下では、夜9時頃になると、見張り係が居る場所以外の所は、消灯する決まりになっている。それ以降、トイレに行く時などは各自、懐中電灯等を使う。が、それも電池が限られているので、気長には使えない現状となっている。
「そうそう、最初は刑務所か!って、思ったもんだ!」
「あたしは修学旅行の夜を思い出したけどね…」
「修学旅行か…懐かしいな…」
「今にして思えば、命の危険もなく、1日3食も食えるんだから、刑務所の方がマシかもな…まぁ、刑務所も風呂は毎日入れないらしいけど…」
「まぁ刑務所になんて、入らないに越したことはないぞ。塀の向こう側は、殆ど娯楽も自由も無いんだから!」
「そういう事!でも、この事件が無ければ、こんな風に、思いにふけることも無かったわけだから、何とも複雑な気分だな…」
「そうね……」
3人がアレコレと思いにふけている。
そんな空気を壊すように、
「やめだやめ。辛気臭くなってる。そういった事を考えんのは、生きてこの大阪から脱出した後だ!」
「「走…」」
「勿論、3人一緒にな!その時はまた、菓子とジュースを飲み食いしながらな!」
それを聞き、正一は亀山に行く計画を立てた日の事を思い出した。
ホンの些細な思い出たが、今の彼にはとても懐かしい思い出に感じた。あんな日常でも、現状に比べれば天国の様に思える。
「そうだな。3人で生きて帰ろう!」
「ええ、でも…3人じゃないわよ。ここに居る、仲間全員ででしよ!」
と、カエデが言った。それを聞き、2人は、この地下で会った人々の顔を思い浮かべた。
新堂姉妹・大石・近松・剣持・高倉に三船に御子柴・紫苑そしてブライアン!その他大勢の人々…
「そうだったな。作戦参加者は、俺等だけじゃ無かった。」
「カエデの言うとおりだ。皆で帰ろう!」
「おう!」
「ええ!」
3人は決意を新たにしたのだった。
そして走達は、集合場所に移動し始めた。
その最中、変な匂いを感じだ。
「ん!何か汗臭くねーか?」
「本当だ!」
「何なの、この匂いは!…」
臭いの元を辿ると、そこでは、
「フン!フン!フン!」
「791回・792回・793回……」
大石と近松それに剣持の3人が筋トレをしていたのだった。
近松は、ダンベル代わりの水が入った2リットルペットボトルを、左右の手でそれぞれ持ち、リズミカルに上げ下げしている。
大石は回数を口で数えながら、片腕で腕立て伏せをしている。時折、使う腕を変えながら。
そして剣持はというと、シンプルに素振りをしている。何時もの模擬刀を改造した刀でなく、何処で拾って来たか分からないが、細い角材を使っている。他の2人と違い無言だが、角材を降るたびに、「ビュッ!」という音が鳴っている。
「匂いの原因はコレか…」
正一がつぶやくと、大石達も走達に気が付いた。
「あっ、山口さん達、おはようございます!」
「おう、いよいよだな!」
「あぁ、それよりもこんな日の朝から何を…」
「見ての通り、筋トレだ!!」
「それは見りゃ分かるけど…何だって朝からそんな汗だくに…」
走達が疑問をぶつけた。
「今日は脱出作戦を決行する日だからな。今のうちにウォーミングアップをしとこうと思ってな!」
「イヤイヤ…ウォーミングアップってレベルじゃ無いと思うが…」
「まぁ実のところ、緊張して昨夜も上手く眠れず、何と言うか、じっとして体力を温存とか言ってられなかったのだ!」
「えぇ、僕等は体を動かしてる方が、気が紛れて良いんですよ!」
と、言った所が彼等の言い分だ。
3人も緊張を隠せないのは同じ様だ。
「それにだ、俺等は言わば、戦闘要員だ!怠けてなどいられないんだ!」
「その通り、責任重大だ!!」
彼等も彼等なりに、この作戦への、意気込みを見せているのだ。
「そうか…張り切り過ぎないようにな…」
「頼りにしてるわよ!」
「頑張るのは良いけど、程々に…」
走達は簡単にエールを送りながら、その場をあとにしたのだった。