攻防
「良かった、2人共無事だったのね。」
カエデが安堵して言った。まだ助かったと決まったわけではないが、2人の元気な姿に緊張の糸が切れた。いや、正確には緩んだと言った方が正しいかもしれない。
そして、走と正一の2人はカエデの側まで辿り着いた。よく見ると、走は片手でスコップを握りしめていた。
「まあな。そっちこそ、無事のようだな。」
「えぇ、最も全員ではないけど…」
と言ってカエデは、百貨店の方に目をやった。そこには先程、蚊の餌食になってしまった男達の亡骸が横たわっていた。
それを見て、カエデの言わんとしていることを走達は、察し沈黙した。
その場の空気が少し沈んだのを感じた。
が、そんな空気もお構いなしにと言わんばかりに、先程の男が再びニューナンブの引き金を引いた。
ズガーン!
その場に爆音が響いた。その爆音に走達は現実の引き戻された。
爆音(銃声)の元の少し離れた場所では、男が走達のいる方の上空へ(正確には少し斜め上の方に)と、ニューナンブを構えていた。
銃声がまだ大阪の町に木霊し終える前に、走達の近くに、蚊が墜落してきた。墜落地点の周りに、血が飛び散った。
こちらも体に風穴を開けて、既に絶命していた。
「油断するな!!蚊はこっちの都合なんてお構いなしだぞ!」
男が叫んだ。
「すまない。助かったよ。」
「そうだ、今は身を守ることに集中するんだ!」
そう言って走はスコップを構え、正一も懐からライターとスプレー缶を取り出した。
それに続くように、大石達も再び臨戦態勢に入った。
蚊との攻防は続いていた。
とはいえ、戦況は銃火器を持った男達がいる分、人間側が圧倒的だった。蚊はどんどん数を減らしていく一方だった。
そうこうしている間に、蚊の数が3分の1程になった。すると、蚊は突如、踵を返すが如く、後ろを向き、そのまま撤退しだした。
「逃げる気か⁉」
「逃がすかよ!」
男達が撤退していく蚊の群れにライフルの銃口を向けた。
しかし、それを辰馬と呼ばれる男が、今度は右手を横に伸ばし、静止させた。
「いい、止めておけ。」
「辰馬さん…」
「イイですか?」
男達は銃口を下げながらも、少々不満げな顔をした。
それを見ても、辰馬は冷静に、
「無理に相手する必要はない。それにだ、銃弾だって無限にあるわけじゃないだろ。無駄打ちして、後に響いたらどうする⁉」
「確かに…」
「…わかりやした…」
男達はそう言うと、ライフルの安全装置をかけた。
そして、辰馬は走達の方へとやってきた。
「どうやらお仲間は無事だったようだな。」
「ああ、お陰様でな。」
「ねえ、その人は誰?」
カエデが訪ねた。他の食糧調達班のメンバーも同じ事を思っていた。カエデが尋ねなければ、他のメンバーが訪ねていたであろう。
「ああ、紹介がまだだったな。」
「この人は…」
正一が紹介しようとしたが、男は手のひらを向けて、止めた。
「その話は後だ。それよりも、今はアレを何とかしたほうがいいんじゃないか?」
男がある場所を指差す。そこは隠れ家に通じるマンホールの方だ。
そう、完全に忘れていたが、隠れ家に通じるマンホールでは、相変わらず男達が詰まったままになっていた。
「あっ、忘れてたな…」
「そうだった、確かにアレを先に何とかしないと…」
「そうね、走達も手伝って。」
「あっ、あぁ…」
まるでギャグ漫画みたいに、その場の空気が一転した。そして、その場にいる男手で協力し、何とか詰まった男達を引き抜く事が出来たのだった。
「フー、これで隠れ家に戻れるな。」
「ここが例の地下隠れ家に通じる、マンホールの一つか。」
「ええ、そうだ皆に辰馬さん達の事。紹介したいんですが、一緒に隠れ家に来ますか?」
「ん、あーいや、俺は…」
彼は少し迷った。すると周りにいる彼の仲間の男達が
「いいっすよ辰馬さん。行って下さい。」
「少し位、辰馬さんが居なくとも、俺等は大丈夫すよ。」
「そうそう、車の、特に護送車の中に居りゃ、暫くは大丈夫すよ。」
と、次々に辰馬に向けて、言葉を発した。
彼等の言葉を聞き辰馬は、
「お前等…ああ、分かった。それじゃ少しの間、行ってくるからな。すぐ戻ろけど、何かあったら、連絡をくれよ。イザという時は俺に構わず、お前等だけで逃げろ。いいな。」
「うっす!」
お前等は声を揃えて叫んだ。それを見て走達は、そのイザという時が来ても、彼は逃げなさそうだなと感じた。
こうして、新たに辰馬と言う男を加え、一同は隠れ家に帰還した。