臨戦態勢
二重扉を抜け、外に出た。大石と近松が、周囲を素早く見渡した。
「…大丈夫、蚊は少なくとも、この近くにはいないみたいだ。」
2人共、格闘技に精通しており、動体視力等には自身があった。尚、齋木も格闘技に精通してはいるが、長時間のパソコンや書き物を行う、研究漬けな毎日を送っている事もあり、視力はあまり良くないのだった…
それは兎も角、2人の言葉聞き、一同は安心感に包まれた。
今日の大阪の天気は、曇り空だ。しかし、電気が消え、薄暗くなっていた店内に比べれば、その天気すらも彼等には明るく見えた。
「あーやっぱ、外の空気は上手いな。」
「ムショ帰りじゃないんだから、大袈裟だそ。ほんの数時間位で…」
「いや確かに、そんな感じするな…」
等と皆が様々な感想を述べている。それに割って入る様に、
「皆さん、安心するのは隠れ家に着いた時にしてください。今はまだ、油断大敵ですよ。」
「大石君の言う通り。100%、蚊が居ないとは言い切れないは。近くに潜んでるかもしれないんだから。」
カエデが大石のセリフに続くように喋った。それを聞き、再び緊張感が戻って来た。
「…そうだな。安心するのは帰ってからだ。」
「確かに、まだ気を緩める時じゃない…」
「さあ、急ごう。但し、注意を怠るな!」
一同は隠れ家に通じるマンホールの周囲に集まり、近松が蓋を開けた。
「開いたぞ!」
「よしそれじゃあ…さあ、新堂さん達からどうぞ。」
「すみません。それではお言葉に甘えて…失礼します。」
「お先に。」
大石が新堂姉妹を始め、女性陣から先に行かせた。
「サスガ、ミスターオオイシ。ジェントルマンですね。レディファーストをワキマエテまーす。」
「ブライアンさん、大げさですよ。僕は当たり前の事を…」
そういいながらも、大石は少し照れくさそうにしている。
そんな親友を見て、近松も嬉しそうだ。
が、ふと大石の後方の空を見ると、何かの群れが飛来してくるのが、目に入った。いや、その正体は考えるまでも無い。火を見るよりも明らかだ。
それは、「蚊」の群れだ。
「かっ、蚊だ!蚊が来るぞ!それも沢山!」
近松が叫んだ。そう叫び終える頃には、蚊の群れは一同から数十メートル離れた辺りまで迫って来ている。
「マジかよ!」
「急げ!早く入れ!」
最早、レディファーストどころではない。皆が皆、我先にとマンホールに入ろうとしている。そのせいで、入り口が詰まってしまった。
「イテテテ、挟まった!」
「抜けねーぞ!」
「!バカヤロー!いっぺんに、入ろうとするからだ!」
男共が醜い小競り合いをしだした。
「早く抜くんだ。近松、手伝ってくれ!」
「おう!」
2人が挟まった男達を引っ張るが、スッポリと挟まっていて、思うように行かない。それを見て冷静さを失った数名が、その場から逃げ出し始めた。
「ひー、駄目だ!逃げろー!」
そう叫ぶと、もと居た百貨店目指し走った。中に逃げ込む気だ。
が、彼等は例の二重扉に手を付ける前に、上から飛んで来た蚊の針で、全員串刺しにされ、犠牲となった。その場に男達の悲鳴が響いた。
「おい、向こうにも蚊が…」
「くっ、いつの間にか、挟み撃ちにされたか…」
蚊の群れは着実に近づいている。逃げても無駄だと感じ、大石達は戦う覚悟を決めた。
「やるしかないみたいだな近松。」
「そのようだな大石。」
側でマンホールから抜けなくなった、情けない男達に齋木が近付き、
「これ持ってて。捨てたりしたら、承知しないわよ!」
と、1人に生け捕りにした蚊を渡した。困惑する男を尻目に大石達と共に、蚊相手に臨戦態勢に入った。
「齋木さん⁉」
「私も戦うは。無益な殺生は、したくないんだけど…仕方ないわ。」
「齋木さん…分かった。でも、無理はしないで下さいよ?」
「あなた達こそね…」
そんな3人の後で、カエデやブライアン達も、ナイフ等を手取り、に臨戦態勢に入っている。
皆が改めて覚悟を決めた。が、そこにエンジン音が聞こえて来た。今の大阪にこんな音がする訳はないが、そこ音はどんどん近づいている。
「なっ、何だ…」
「!見ろ、あそこだ!」
近松が指差す方向。そこから、エンジン音を発しながら、パトカーや白バイ、挙げ句の果は何と、護送車といった警察車両が自分達めがけて走ってくる光景が、目に入った。