防火シャッター
全員が、防火シャッターの向こうへと走り、次々と入っていく。そして最後の1人が滑り込んだ。慌てていた為か、入った途端、その場に前のめりに倒れ込んだ。
時間にして十秒もかからなかったが、その場にいた者達にはそれなりの時間に感じた。
「よし、これで全員だな!」
「早くシャッターを!」
「おう!って、スイッチはどこだ?」
「そこよ!そこ!」
カエデが指差す場所に、赤いボタンがプラスチックのカバーで守られるかの様にあり、下には「非常時以外押さないで下さい」と、注意書きがあった。最も、今がその非常時なのだが。
「よし、これだな。」
と、1番近くにいた近松がボタンを押そうとしたが、その前に何かがシャッターをくぐり抜けてきた。
「!うわー、来やがったー!」
そう、巨大な蚊だ。一同は、蚊の侵入を許してしまった。
侵入した蚊は、近くにいた新堂姉妹目掛け、一直線に飛来して行った。
「い、イャー!」
「くっ!」
蚊の襲撃に、悲鳴を上げる有希子と、彼女を庇うような体制をとる登紀子。大石と近松の今いる位置から2人は離れていた。
「新堂さん!」
「駄目だ、間に合わ…」
そう近松が叫ぶ最中、姉妹と蚊の間に割って入る人物がいた。
「2人共、伏せて!ハッ!」
齋木紫苑だった。彼女はスカートの中が見える事などお構いなしに、蚊の頭を目掛けて、見事な蹴りを入れた。
蹴りを受けた蚊は、シャッターの向こう側へと転がった。死んではいないが、かなりのダメージだったようで、まともに動けないでいる。
が、まともに動けない蚊を無視するがごとく、別の複数の蚊がこちらへと向かって来るのが視界に入った。
「早くシャッターを!」
「よし!」
と、近松は防火シャッターを作動させるボタンを、自らの拳で殴りつける様に押した。差し詰めそれは、ボクシングの試合で、相手の顔にストレートを打ち込む様な感じだった。
ボタンはプラスチックカバーが割れる音がするのと同時に押され、作動し、防火シャッターはガラガラガラと、大音を立てて閉まった。
「ふー、これで蚊はこっちに来れない。一安心だな…」
「そうだな…」
一同は束の間の安心を感じた。
新堂有希子は先程の礼を言おうと、齋木に近寄った。
彼女はシャッターの近くでしゃがみ、そして、その場所の匂いを鼻で嗅いでいた。
「齋木さん、どうしたんです?」
「アロマの匂いは、ここ迄来てるわね。」
彼女の言うとおり、アロマの匂いは、防火シャッターで塞がれてもキツイ匂いを残していた。
「どうやら、匂いでは一瞬怯ませる位は出来ても、完全に追い払う迄には行かないみたいね。」
「確かに、皆身体にもアロマを付けたけど、襲って来たからな…」
「奴等に対して匂いは、対策として不十分みたいだな。」
齋木と大石等が難しい顔をしている。その場の空気が固くなった。が、またも、そんな空気をぶち壊すかのように、
「まーまー、ミナさーん。ヒトマズたすかったんだから、よしとしましょー!Are you OK?」
と謎の外国人ブライアンが発した。流石外国人だけあって、最後の方はかなり綺麗な発音だった。
ブライアンの言葉に空気は軟化し、
「ブライアンさん…そうですね。考えてても仕方ない。食糧は又別に探すとして、今はここから抜け出す事を考える方を優先しましょう。」
「あぁ。食糧があるのは、ココだけじゃないからな。」
「よし、行こう。出きるだけ音を立てずに。」
一同は、食糧調達は一旦諦め、百貨店からの脱出を目指し、歩きだした。