匂い
突如現れた蚊の大群を前に、2人は一瞬トランス状態になった。
「なっ、なんでいきなり…さっきまで一匹もいなかったのに…」
「ひー!」
2人は逃げ出した。が、逃げた先にも蚊がいた。逃げる隙間はないかと船森は素早く辺りを見渡し、非常口を見つけた。しかし、このままではたどり着く前に蚊の餌食は必死だ。ならばと、船森は顔をニヤつかせた。
「なあ、「大の虫を生かして小の虫殺す」って言うよな?」
「?こんな時に何を…って、まさかふなも…」
ドン!取り巻きの男が言い終える前に船森は、彼を蚊の群れへと蹴り飛ばした。
「船森、テメーッ、!ヒィィぃ、ギャー!」
男に蚊が群がる。
「へっ、恨みたきゃ恨め!俺は生きる。まだ女抱いてねーんだからな!童貞のまま死んでたまっかよ!」
船森は、非常口に素早く入り込み、急いで非常階段を降りた。そして、外へと通じるドアを開いた。左右を見渡し、蚊がいないのを確認した。そして百貨店の外へと、一歩足を踏み出した。
「ヘヘ、助かった…」
そう思った瞬間、ザクッ!という音が聞こえた。
「へっ?」
船森は2歩目を踏む前に自身の頭部に違和感を感じた。両目を上へと向けると、そこには蚊が自分のつむじへと、垂直に針を突き刺していた。
「なっ…うっ嘘だ…ろ…そんな…まだ…して…ねーのに…」
この期に及んで船森はまだ己の性欲にくらんでいた。「因果応報」「自業自得」等の言葉が船森にふさわしい言葉だ。が、それを船森に伝える者は今、この場の何処にも居なかった。
そのまま意識が薄れていく船森。
その場に倒れた船森に更に、複数の蚊が集まり、彼を覆った。
再び百貨店店内、食糧調達班の所にも蚊が集まっていた。
「なっ…何でいきなり蚊がこんなに…」
「皆落ち着いて!」
「くっ、ここは安全だと思ったんだが…」
「たまたま居なかっただけよ。今の大阪に、100%安全な所なんて無いのよ。」
一同は、蚊の群れの近くに隠れ潜んでいる。今のところ、犠牲者は出ていない。
「どうする?何時までも隠れてられないぞ…」
「そうだな…ん!皆あそこ。」
大石が指し示した方には、防火シャッターがあり、その向こうには蚊がいなかった。
「あれを使わない手はない、蚊達もシャッターは開けられないだろう。」
「いいアイデアだけど、シャッターの近くにも蚊が何匹かいるぞ。無傷で通るのは難しいぞ…」
「それなら、いいものがあるは!」
と、齋木が小さい瓶を何個か取り出した。
「齋木さん、それは?」
「アロマや、香水よ。」
「アロマ?」
「そ、化粧品売り場から貰ってきたの。蚊は柑橘系等の匂いを嫌うの。化粧品売り場から、蚊が嫌う匂いの成分が入ったやつを集めてきたは。」
「へー、流石齋木さん!天才少女と言われた人!」
「だからそれは昔の話よ。でも、絶対追い払えるとは限らないはよ。変異種がいて、匂いに耐性を持ってる個体が居ないとは限らないんだから。」
「だけど、ここにいても見つかるのは時間の問題だ。やってみよう。」
「ああ、そうだな。」
意見は一致し、一同はアロマの匂いの効き目にかけることとした。念の為、皆の身体にもアロマの匂いを付けた。
「食糧はどうする?」
「置いていこう。荷物になるだけだ。」
「よし近松、ブライアンさん。僕が合図したら一斉に瓶を投げるんだ。」
「ああ、分かった。」
「オーケーでーす。」
「それじゃ、いくぞ!せーの!」
大石、近松、ブライアンの3人は防火シャッター近くめがけ瓶を投げた。
投げた瓶は大きな音を立てて砕け、辺りに匂いが広がった。
その匂いの流に合わせるかの様に、蚊達も防火シャッター前から一斉に離れだした。一先ず、効き目はあったようだ。
「よし、今だ!急げ!」
その掛け声と共に、一同は、防火シャッターめがけ駆け出した。
今年最後の更新です。来年のよろしくお願いします、良いお年を。