囮
「【虫よけ火炎放射器作戦】はもう駄目だな。」
「何時そんな作戦名付けたのよ、この非常時に呑気なんだから。」
「うーん、こうなりゃ、直接やるしかない。」
そう言うと走は、近くにあった木の棒を手にした。
「これで近づいて来たところをぶっ飛ばす。見たところ、デカイけど所詮は蚊だ。体は脆そうだったしな。」
「危険すぎるわよ走!」
「しかし、他に方法がねーだろ。」
そうこう言っている内に、例の羽音が聞こえて来た。
「おっ、来たな。」
走は覚悟を決めたかの様に、棒を力強く握った。そして茂みの隙間から覗いて見た。すると、残り2匹の蚊が横並びにしかも周りを警戒するかの様に飛んで来た。
「奴等、横に並んで飛んでるぞ。」
「仲間が殺られたから警戒してるのかもな。」
「そーなると、うかつに攻撃できないわね。」
「何とか2匹まとめてやっつけれねーかな?」
「難しいな…」
3人の考えよそに、蚊達は着実に近づいて来ている。
「もう少し離れよう。音を立てるな。」
正一が小声で囁く。
「そ~とな、そ~と…ん⁉」
3人の視界に、来る途中にあったボロ小屋が入ってきた。
「気付かない内にここまで逃げてきてたのか…」
「しかし、壁に大穴空いてるからな…二酸化炭素だだ漏れで隠れ家にはならねーな。」
「中にも、ろくなもの無かったしね。」
目の前の大きな建築物もまた、朽ち果てており、走達の持ち物同様、役に立ちそうには無かった。
「くっそ、楽しみにしてた今夜のお笑い番組見れねーかもな…」
「走、アンタまた何呑気な事を言ってんのよ。」
「お前らあんまり騒ぐなよ、この非常時に…」
「だってよ、数少ない楽しみなんだよ。あーあ、こんな事になるなら録画しとくんだっただな、「野田ジンのアホ王様」。」
「あの番組か、俺も好きだよ。特に好きなネタが…」
正一が話の途中で黙ってしまった。
「どうしたのよっちゃん?」
「いけるかも…」
「えっ…?」
「危険だが上手く行けば纏めてやっつけられるかもしれないぞ。」
「本当かよっちゃん。」
「ただ、一番の問題が誰かか囮になる必要があるんだよ。」
「囮!」
「ああ、あの蚊をある場所に引きつける役がいるんだ。」
「どんな作戦なの、よっちゃん?」
「それはな…」
正一は考えた作戦を説明した。
「なる程な、それなら奴等を一気な潰してやれそうだな。」
「でも上手く行くかしら?」
「確率は五分五分…いや、もっと低いだろうな。」
「一か八かだ、やってみようぜ。」
「だから危険よ、そもそも囮は誰がするの?」
「俺がやるよ。言い出しっぺだからな。」
正一が名乗りを上げたが、すぐさま走がそれを静止した。
「いや、俺がやる。」
「走!」
「よっちゃんの足じゃ、そんなにもたねーだろ。むざむざ死にに行くも同じだ。」
「しかし…」
「しかしもかかしもねーよ。この中で足は俺が一番だ。それはお前らが一番よく知ってんだろ?」
「確かにそうだが…」
「俺を信じろ。必ず3人で生きて下山すんだ、いいな⁉」
「…分かった、俺等も直ぐに作戦の準備する。」
「決まりだな。」
「走…」
カエデが心配そうに走を見ている。
そして、3人はそれぞれ役割分担と覚悟を確認し。いよいよ作戦に取り掛かった。
2匹の蚊は尚も警戒しながら山中を飛んでいる。その前に1人の人間が飛び出して来た。それは走だ。
「おら来いよ!蚊の化け物!」
そう走が叫ぶと蚊は、揃って走に狙いをざため飛びかかって来た。
「(狙い通りだな)」
走は蚊に追われながら山道をひたすら駆け回っている。町と違い、コンクリートで舗装などされていない道は走るには不向きだったが、走はひたすら足を動かし続けた。
「はーはー…走りづれーな!」
走は走りながら後ろを振り返った。2匹の蚊は、後方を飛び回り、走を追っている。
とはいえ、そこは森の中な上、蚊の方もその巨体。走が走りにくいのと同様、木々が邪魔になり、飛びにくい様子だ。
「とにかく、俺の役目は2人からの合図があるまで、蚊を引きつけて時間を稼ぐことだ。それまで逃げ切ってやらー!」
走が駆け回っている最中、正一とカエデは、ボロ小屋で大急ぎて作業を進めている。
「カエデ、焦らしたくは無いが走も長くは持たない。急げ!」
「勿論よ、よっちゃんこそ、口よりも手の方を動かして。」
「おうよ!」
3人はそれぞれ役割をこなし、蚊との直接対決に挑もうとしているのだった。